02.前世の記憶と知恵を絞り出して

 王立図書館の司書寮に私の部屋はある。部屋に戻って私はノートを取り出した。記憶を思い出してからというもの、私はここに思い出したことを書き残しているのだ。佳織がじっくりと布教してくれたおかげでその内容は攻略本級である。


 この世界を簡単に説明すると、この世界には魔法があり、魔力が高いものは王立魔法図書館の司書官になることが名誉とされた。


 司書官は王立図書館にのみ居る、司書兼官僚である職業だ。


 王立魔法図書館にある本は先人が培ってきた知識や魔法が込められており、読む人に新たな知識を与え、または助けの手を差し伸べるという。

 魔法が込められた本たちだから、魔法書同士が魔力の反発を招かないように管理には強い魔力を持った司書が必要で、そのため王立魔法図書館の司書官になるという事はとても名誉なのだ。


 主人公のジネットは公爵令嬢だが、元は孤児だ。それにはいきさつがあるのだが、それはまたおいおい説明しよう。彼女は孤児院に居たところ、跡継ぎが居ないエルランジェ公爵夫妻に引き取られて数百年に1度現れるという光属性の魔法を使える魔術師であることが分かり聖女候補となる。しかし、それは表沙汰にはなっていない。

 それは彼女の命が狙われかねないと危惧したエルランジェ公爵夫妻が望んだのだ。そもそも夫妻に跡継ぎが居ないのはエルランジェ公爵が国の平和のために討伐した魔術組織の一味にかけられた呪いがもとで。子どもがなかなか生まれず、生まれても10歳になる前に死んでしまうのだと言う。


 やがてジネットはメキメキと魔術の才を開花して王立魔法図書館の司書官になる。そこで彼女は5人の攻略対象と出会い恋と運命に翻弄されていくのだ。たしか、ルートによって聖女になるか司書官のままでいるか、それか王妃となるか国外に逃げるか違っていたわね。


 そしてそんなゲームに転生した私はというと、モブである。


 それも微妙な立ち位置のモブで、兄が攻略対象なのだ。兄のリオネル・フェレメレンは女性と見紛う美しい顔立ちに慈愛に満ちた微笑みが魅力的な人物だが、なんと【ヤンデレ担当】なのである。

 幼い頃に母を亡くし、またシエナも不慮の事故で失ったためにヤンデレになってしまったらしい。そう、私はゲームの中では死んでいるのだ。それがきっかけでリオネルは破滅の道を進むのだと言う。

リオネルは恋心を抱いた主人公を異様に束縛しようとする。それは、大切なシエナを不慮の事故で失ったため大切な主人公もまた死なないように想ってのことなのだが、彼のルートはハッピーエンドでもバッドエンドでもあまり良いエンドではない。

なんと、ハッピーエンドでは聖女と司書の間に揺れて疲れた主人公と国外に逃亡するのだが彼女の道を奪ったと悩み定期的にヤンデレの発作を起こし、主人公に嫌われ捨てられるのを恐れて逃亡先の屋敷の中に閉じ込めてしまう。ハッピーじゃねぇじゃんと思ってしまった。

 バッドエンドでは主人公は死んでしまう。悪役令嬢パトリシア・ヴォルテーヌがエルランジェ公爵に討伐された魔術組織の残党と手を組んで主人公を殺してしまうのだが、それに激昂したリオネルがパトリシアを生け捕り尋問の挙句無残な方法で殺すらしい。


 ゲームでシエナが死んだのは、友だちと遊んでいたときに誤って湖に落ちたのが原因。しかしなぜか私は助かったのでリオネルのヤンデレへの道は防げたはずだ。もしかして、これが原因で設定が歪んでヒロインがあんなことになってしまったのだろうか?


 私に布教してくれた前世の友人である佳織はリオネルへの思い入れが強く、このことについては詳細に教えてくれていた。


 それにしても、左遷となれば次にヘマすれば今度こそクビ。やっとなれた、前世でも憧れの司書なのに。

私は唇を噛んだ。この状況はもうどうにもできない。次の左遷先でどうにか頑張って1年後の人事会議で功績を認めてもらわないと、王立図書館内での勤務は絶望的だ。


 王立図書館の司書官をクビにされれば、その噂が回って他の図書館に行っても司書に慣れないだろう。

司書のままでいられるのであれば、私はなんだってする。


 うう……仕事でヘマはないかもしれないけど、左遷先では色恋沙汰に巻き込まれないようにしなきゃ。図書塔なんてゲームに出ていたのかな?

しかし、ハワードという名前は佳織の口から何度か出て来た気がする。


 ディラン・ハワード。


 公爵家の次期跡継ぎでその家は代々王家との親密な関係が続いているのだと言う。しかしなぜかディランは跡継ぎを渋っており、弟に譲ろうとしているらしい。仕事はできるし能力も買われているのだが、なぜか彼は図書塔に居る。噂では厳格過ぎて周りの司書たちが辞めてしまったとか彼ぐらいじゃないと図書塔を維持できる人はいないとか。


 私はノートをパラパラとめくってとあるメモ書きを見つけた。これだわ、ディランが継承を渋っている理由。そして、私がこれから気を付けなければならないこと!


 ディラノアかノアディラ?


 佳織が度々話していた気がするこのBLを匂わすワード。このメモが全てである。つまり、ディランは囚人であるノア・モルガンを監視しているうちに禁断の恋に落ちてしまったのだたぶん。しかし身分や性別の壁があるためにその恋は障壁が多い。司書官を辞めて家を継げば王立図書館は彼を図書塔という事実上左遷席には座らせられないだろう。そうなれば、ノアの傍にはいられないだろう。


 私は気合を込めて拳を握る。


 未来の上司さん、そして未来の監視対象さん、私はあなたたちの敵ではありません。むしろ、応援します!

 障壁の多い恋であるのなら、必ず実るよう尽くしますので!!どうか1年後には王立図書館に戻れるようにしてください!

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