04.それは牽制ですね
ハワード候爵は階段に出ると魔法で光の粒子を生み出す。それらは寄り集まって小鳥の形になり、ぐんと勢いよく飛んでいった。
偵察用の魔法だ。昔、お兄様の友人が教えてくれたことがある。小鳥の帰りを待たずしてハワード候爵はスタスタと階段を上がり始めた。
「あの、どこに居るのかわかったんですか?」
「13階の部屋に居るようだ」
13階か……。
私はげんなりとして階段の上を眺めた。延々と続く螺旋階段の先は見えない。
エレベーターもエスカレーターも無いため、3階から13階まで階段を上っていかなければならない。どこまで体育会系(物理)なんだ。
しかも、ゼエゼエ言ってる私とは違いハワード候爵は全く息が上がっていない。この人本当に司書官なんだよね?騎士並みに体力無尽蔵か?
候爵には早い段階で距離を離されてしまい、私は早足で階段を駆け上がった。息切れしながら13階に着き、もつれそうになる足をどうにか進ませて部屋の前に立つ。すると、2人の男性がこちらを見た。
1人は床に寝っ転がっている、銀色の長い髪にオレンジ色の瞳を持つ男。
彼こそがこの塔に閉じ込められている囚人ノア・モルガンで、なんと『Secret Library~秘められた恋と魔法~』の【隠しキャラ】である。
佳織の話によると、彼のルートは他の全攻略対象のルートをクリアしないと出てこないらしい。あらゆるルートをクリアした廃人のみぞお会いできる恋の相手。
そういや佳織もまだ会えてなかったなぁ。クリアできていない状態で彼を探して図書塔に近づくと、決まってハワード候爵に追い返されるらしい。悪役令嬢ならぬ悪役候爵だな。
……うん、現実逃避はここまでにしよう。
2人とも、私が来るのわかっててイチャコラしないで?
私は恐る恐る部屋の中に居るもう一人の男、つまり上司であるハワード候爵を見た。彼は床に寝っ転がっている囚人さんにまたがり壁ドンならぬ床ドンをしてもう片方の手で囚人さんの服の襟元を掴んでいる。
もう完全にお取込み中じゃん。このままそっと帰りたい。
しかし上司様はそう簡単には返してくれない。彼は囚人さんから離れると私に中に入ってくるよう指示してきた。
「モルガン、新任のフェレメレン司書官だ」
「おー?!女の子じゃん。前はオッサンだったからテンション下がってたけど嬉しー!」
え?囚人さんフランク過ぎない?本当に
ミステリアスな【隠しキャラ】の情報しかなかったからもっとこう不愛想な感じか心閉ざしたような静かな性格なのかと思ってた。それだけに、聞こえてきた声に耳を疑う。
彼の罪は今から数百年前に起こした大量虐殺。首都の住民たちを生贄に、終末を呼ぶとも言い伝えられるタチの悪い悪魔を召喚したのだ。その時に悪魔と結んだ契約と大量に吸収した魔力の影響で彼の外見は数百年経っても変わらず若いまま。
どれだけ処刑しても死なないため当時の王宮魔術師団の魔術師たちが力を合わせて生み出した彼への罰がこの図書塔と彼の体に刻まれた印。
私は改めて彼の顔を見る。さらりと揺れる銀髪は神秘的で、好奇心たっぷりに私を見つめるオレンジ色の瞳はどこか妖しさを感じさせる。人間だけど人間ではない。人間を魅了する精霊か悪魔、そんな雰囲気だ。
ハワード候爵に促されて囚人さんの前に立つ。最初の挨拶が肝心だ。私が2人にとって無害な小娘であることを知らしめよう。私は精一杯の営業スマイルを浮かべて彼に挨拶した。
「初めまして、シエナ・フェレメレンと申します。本日からよろしくお願い致します」
「よろしくねシエナちゃん。俺のことはノアって呼んでね」
「不用意に距離を縮めようとするな、モルガン」
ハワード候爵がピシャリと言い放つ。ノアは不服そうに口を尖らせた。
「いいじゃんこれから同じ空間で過ごすんだし? ねぇ?」
ノアはそう言って私に微笑む。その時、私の身体がぴくりと動いた。イケメンに微笑まれてドキッとしたのだろう。私も微笑み返す。
すると、隣でハワード候爵が小声で何か呟いていることに気づいた。
「灯せ灯せ灯せ。言の葉に姿を変えた
それが先ほど教えられた拘束の魔法だと気づいた時にはすでに候爵の手は本棚に触れており、塔全体に不思議な音が響く。すると目の前でノアが呻き声を上げて藻掻き始めた。
拘束の魔法と聞いていたが、これでは拷問の魔法だ。
断末魔にも近いノアの声に、私の頭は真っ白になった。
なぜ魔法を使ったの?!ノアは何も悪いことしてないし笑いかけただけだなのに!
まさか……自分以外に笑いかけるのもNGなの?!
「ハワード候爵!止めてください!」
私は咄嗟に本棚に触れる公爵の手を両手でつかみ、本棚から離す。塔に響く音が消えた。振り返ってノアの様子を見ると、気を失っているがもう魔法は消えているようだ。
「なぜ拘束の魔法を使ったのですか! ノアは何も悪いことをしていませんでしたよ?!」
「……」
返事は無い。代わりに冷たい目で睨まれ、私は少し怯みそうになった。
ノアを介抱しようと、逃げるように候爵の手を離した瞬間、なぜか候爵がもう片方の手を引き寄せ私の両の手を包んだ。
もしかして、怒りが収まらずこのまま私を砲丸投げみたいに吹っ飛ばそうとしてる……?
「は……離してください」
「……ゆめゆめ忘れるな。モルガンは人の命を奪った罪人だ。近づきすぎるなよ」
そう言って手を離してくれたハワード候爵は、溜息をついてノアを小脇に抱える。ノアは細身ではあるが華奢な方ではない。そんな彼を軽々持ち上げさっさと階段を上がるハワード候爵ってもしかしたらゴリゴリのマッチョなのだろうか?
私は自分の手に視線を落とす。候爵は意外にも、何か壊れやすいものに触れるかのように私の手を包んでいた。
何がしたかったのだろう?
彼なりに考案した嫉妬の炎を鎮めるための瞑想方法だったのだろうか?
さっきの言葉って、これ以上親しくするなっていう牽制なのだろうか?
頭がこんがらがってきた。
「フェレメレン、モルガンの部屋を教えるからついて来い」
「……はいっ!」
ライバル認定されてしまったかもしれない不安に駆られ足取りは重くなっていった。
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