宇宙戦艦ストライク号の凱旋




 透明なプラスチックでできた酸素マスクの内側が規則正しい吐息で曇っている。

・・・どうやら安定したようだ。俺は胸をなでおろした。



ここはストライク号の下部ペイロード。脱出艇に乗って一度艦を離れた俺とチュンは再び戻ってきた。ストライク号艦内はいまだ危険な状態だが、とりあえずこの脱出艇の室内には十分な空気がある。ただ、酸欠状態だった彼女には酸素吸入器をあてがう必要があったんだ。ストレッチャーに寝かせ体温が下がらないように毛布でくるんだが、無重力状態なので毛布が浮いてしまう。ベルトもう少し締めるべきか・・・。


その時彼女の体が動いた!大きく息を吸い込んで、吐き出しながら、微かなうめき声が漏れる。そして目を開いた。「チュン!」俺は呼びかけた。「聞こえるか?」彼女の切れ長の瞳がぼんやりと俺を見ている。「俺がわかるか?」「・・・・・・・」彼女は無言のまま、俺を見上げている。もし脳にダメージが行っていたら・・・間に合ってくれ・・・口を開こうとした俺の耳にあの声が飛び込んできた!「スズキ」

安堵の吐息と共に俺の全身から力が抜ける。


「目が赤い どうした」君の傍らで正座してひざまずいていたんだよずっと。そして「・・・泣いてた」正直に言った。嘘ついても仕方ない。

「子供か スズキ 歳いくつだ?」「28歳」チュンは大きなため息をついた。

「そういうのは 10歳で卒業しろ」「無理だよ」ああ無理だって。


彼女は周囲を見渡して「ここは?」チュン

「脱出艇。ストライク号の。もっと早く来るべきだったけど、いろいろあってさ」俺

「脱出艇?システムは復旧したのか?」チュン

「まだ終わってない。てかさっきからず~っと

 ” リストアシークエンス 完了まで 0分 しばらくお待ちください ”

で止まってるんですけど。大丈夫かなアレ?」俺

「よくそれで乗り込めたな。システムに連動されて外ハッチがロック状態のはず」

チュンは驚いた表情で言うが、

「なに君!知ってたの!?」俺がもっと驚いた。開いた口が塞がらない。

「説明書に書いてある だから言わなかった 脱出艇に避難できるなら

 真 っ 先 に 提 案 し て る」切れ長の瞳がジト目になる。

「・・・ですよね」あー君は本当に優秀だよ俺と違って。


「それでも強引に乗り越えた さすがスズキ」微笑んだチュンは身を起そうとした。俺は慌ててストレッチャーのベルトを解く。彼女は起き上がり、そこで初めて自分の上半身が裸にされていることに気づいたようだった。驚いた様子でまろび出た豊かなバストを隠そうと毛布を引き上げる。


俺は下を向いている。「・・・AEDを使ったんだ。」傍には剣道の銅鎧のようなAED、自動体外式徐細動機が転がっている。

「その・・・君・・・心臓が停まっていたから」


彼女はうつむいている。俺は慌てて言った。「でででででも服を脱がせて電極繋いだだけだから!ほほほら、今のAEDって自動心拍機能付きじゃん?ほほかはすこしも触ってないから全然触ってないから!」


心停止時の救命は1に胸骨圧迫による人工心拍、2に人工呼吸による酸素供給だ。大昔、2022年くらいはまだ人工心拍を人がやってたらしいが、

今は2222年。宇宙用AEDは剣道の銅鎧のような形をしていて中央に胸骨圧迫用ピストンがある。だから無重力で体重がかけられない宇宙でも、繋がれたセンサーとともに最適のリズムで心臓を押し続けてくれるのだ。それでも電極は直接肌に貼らなきゃいけないので仕方なかったんだよ・・・。


チュンはうつむいたままだ。毛布を握りしめた手が震えている。やがてその手にぽたぽた涙が滴っているのを見て・・・俺は観念した。


無理もない。こんな男に服を脱がされ、体を触られたのだ。彼女にとってどれほど恥ずかしく悔しい事だろう。でも。俺は数分前を思い出していた。


息も鼓動もないチュンを必死で泣きながら生き返らせようとしていた自分を。あの時の自分はほんとにみじめでださくてみっともなくてひたすら無力でただただ今そこに在るのにそこにいない君を呼び戻そうと必死だったんだ。地球から45億km離れたこの海王星宙域で初めて出会った君をいなくならせないために無我夢中だったんだ。


俺は口を開いた。


「・・・君が生きてて良かった。

還ってきてくれて、本当に嬉しい。

今はそれだけ、思ってる」


そして目を閉じ歯を食いしばる。これからきっと両頬が腫れ上がるほど

ビンタされる。グーかもしんない。だけど、それでも、


動かない君より

動いている君がいい。


死んだ君なんて嫌だ。

生きてる君じゃなきゃダメなんだ。


「うっ・・・えっ・・・ひっく」嗚咽するチュンの前で俺は座して目を閉じ、衝撃に備えた・・・が・・・来ない。いつまでたっても来ない?

と思ってたら!え?え?ええええええええええええ???


「スズキ!」

誰かが俺に抱きついてきたぞ?


「スズキが来てくれた!また助けに来てくれた!」

首の周りに腕が回されているぞ?


「ビクトリー号の時も!今回も!」

その・・・ 直 に 当 た っ て る んですけど!


「スズキ スズキ 私のヒーロー」俺の首にしがみついた黒髪の短髪が泣きじゃくっている。

「ひ、ヒーローは言い過ぎ。根拠レスなアゲは勘弁してって」さすがにそこまで言われると照れるを通り越して死にそう。恥ずかしくて。

「根拠なら山ほどある スズキが気づかないだけ」チュンは首を振った。

「いやほんとマジで勘弁して、第一俺は」

「君の教えを守っただけだよ?」

「??? 教え? 私の?」怪訝な顔をするチュンに、ここはどや顔で決めたい!


「 ” 諦めるのは 死んでからにしろ ” ってね!」


俺が言うとチュンは眉をひそめた。

「そんなの無理 因果が逆」


・・・・・・あのさぁ。




脱出艇のエアロックを開き、俺たちはストライク号の下部ペイロード内に出た。

ヘルメットのバイザーを開けると・・・あの淀んだ息苦しさは消え、清涼でさわやかな空気が流れている。呼吸ができる!換気システムが復活したんだ!ふと気づけばあちこちに物が”落ちて”散乱している。人工重力が作動している証拠だ!通路には明りが灯り、室温も氷点下から春の陽気に戻ってきている。もう宇宙服を着なくてもいい!



帰ってきた。ストライク号が。”俺たちの家”が。



通路を歩いているとふいにチュンが「スズキ 聞きたいことがある」話しかけてきた。

「ん?なに」振り向くと彼女は腕組みをして考え込んでいる。

「私にAEDを使ったと言ったな?」「そ、そうだよ」

「救命は人工心拍と人工呼吸が基本」「そ、そうだね」

「人工心拍はAEDに任せたとして、人 工 呼 吸 はしたのか?」「え?」


じん?・・・こう・・・こ・・・・きゅう?


切れ長の瞳がまっすぐに俺を見つめている。俺の目はバタフライで泳ぎだしそうだ。「そ、それは、まあ、いちおう」「したのか?」

「だ、だって!君息してなかったし!」「し た の か ?」

「・・・はい」俺は蚊の鳴くような声で言った。ああそうだよ。動かない君の肺に、俺は何度も息を吹き込んだんだ。泣きながら、祈りながら。

「・・・・」チュンは下を向いて黙っている。きまずい。そしてボソッと言った。

「ズルくないか」「はい?」

「私は意識の無い時にスズキに唇を重ねられたのに、そのことを覚えていない。

ズルくないか?」

「まず意識のある人に人工呼吸はしませぇん!!

そしてズルいとかそういうのも意味わかりませぇん!!」俺の懸命の抗議を

「 ズ ル く な い か 」暗い顔で鬼詰めしてくる。これは逆らえない。

俺は降伏した。「・・・はい、ズルいです。勝手に人工呼吸して、すんませんした」頭を垂れ、ダニの鳴くような声で言ったあと、恐る恐る顔を上げると・・・あれ?

・・・あれれれれれれれ?


チュンが目を閉じて、唇を突き出してきている!?

キュッと締まったウェストの後ろで両手を組んで、何かを待ってるように!


え?え?こ、これって?その・・・つまり・・・い、いいのか?

男鈴木28歳!・・・ついに・・・ついに・・・女性と・・・その・・・

俺は震えながら彼女の唇に顔を近づける。

ドッキングまで、あと3㎝・・・2㎝・・・1㎝・・・


「うぉらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!ざっけんじゃねぇぞクソ人間どもがぁぁぁ!」


艦内に轟く怒号が俺達を振り向かせた。モニターが一瞬輝き、そして消え、再び点灯すると、そこに・・・・・・

タンポポ頭がモニタ内から飛び出さんばかりの勢いでガチキレまくっている。


E子!よかった!復旧したんだ!


だがその顔は漫画の怒りマークで埋め尽くされている。

「 ” 強 制 遮 断 はすんな!” って取説の1ページ目に太字で

書いてあるだろうがよぉおお!」白目をむいて


「バカなてめぇ~らにもわかるよ~にイラスト付きでよおぉ!!」

歯をむき出し


「退避領域への自動保存が間に合わなかったらえれぇこっちゃなんだよ

てめぇらの安給料じゃ100回生まれ変わっても払えねえ大損害なんだよゴラァ!

死ぬかワレ死ぬのんかオォン?」中指をオッ立てている。


「・・・い、E子 その言葉遣いは」俺

「・・・あまりいい子じゃない」チュン


すると画面は再び消え、数回瞬いた後タンポポ頭が現れた。

「ジャンクデータ消去完了!リストアシークエンス終了♪完全復旧だよっ!」


「・・・じゃんくでーた?」俺

「・・・今のが?」チュン


「E子はいい子!とってもE子!マジメで誠実 嘘つかない!」

にっこにこでE子は指を振った。





「はぁ・・・とはいえ・・・めでたしめでたしってわけでもないんだよな」

溜息と共に俺がつぶやくと、チュンは頷いた

「そう 私たち ベース893を目指してた その航路を見失ってしまった」

「あちこち飛ばして飛び回ったからなあ」

ここはストライク号の主制御室。AIは蘇り、反物質リアクターは始動した。艦内環境も元に戻ったが、無限に物資があるわけじゃない。くどいようだがこの潜空突撃艦は一人乗り仕様。それを無理やり二人で使っているのだから。ドローン魚雷だってもう無い。今度あの宇宙電気毒クラゲに出くわしたら抗う術がない。補給整備は絶対に必要なんだ。

「とりあえず、E子」

「はいはい♪なにかな?」

「現在位置の座標を割り出せ。それとベース893までの航路を再設定だ」

「現在位置は1284界面の88・45・33。ベース893までの航路は設定済み 。所要時間はあと21分で~す♪」しれっと答えるE子に俺とチュンは目が点になった。「え?」「そんな近いの?」


それに「”航路が設定済み”ってどういうことよ?」俺

「鈴木が指示したんだよっ♪」E子。

「俺が?いつ?」「航行ログを検索中♪・・・はい!」音声データが再生される。

「”エンジン出力調整。0.5%プラス。進路そのまま。自動修正に任せる”」

俺の声だ。これって・・・重力の乱れを観測した時か!


「航路についての鈴木の指示はこれが最後。だからそれ以来ず~っと”’自動修正”してたんだよっ♪戦闘域加速中でも、敵と交戦中でも。システムダウンの時は”慣性航行”でまっすぐ進んでただけだから修正は簡単。ベース893への航路は見失ってなかったんだよっ♥」すまして答えるAIに俺とチュンは瞳をうるませながら、

「い、E子、お前」「とってもいい子!」


「えっへん!」タンポポ頭はモニタの中でふんぞり返った。

CGの顔から鼻がにょーんと伸びる。ピノキオみたいに。


「ベース893到着まであと9分♪そろそろ光学観測可能域に入りま~す」

E子の案内に、俺たちの胸は躍り上がった「マジで!見して見して!」

目の前に降りてきた船外鏡を覗こうとするとチュンにひったくられた。

「ほんとだ!まだ形はわからないけど 誘導灯だ!見えるか?スズキ!」

いやだから君が覗いてるなら俺が見れるわけないでしょう、ソレ一つしかないんだから。差し出された船外鏡をのぞき込むと、星空に交じって規則正しく点滅する光が見える。人工的なまたたきだ。あそこが、ベース893。


やれやれ。のんびり来る予定だったとはいえ、随分遠回りしたもんだよ。

これからどうなるのやら・・・。


「E子、入港準備。出力3%以下まで減速」

「了解~♪」



俺は鈴木。地球統合軍宇宙軍の中尉。ムーン級潜空突撃艦ストライク号の一人艦長。


乗組員は俺ひと・・・いや、違うか。

俺は船外鏡を手にはしゃぐ黒髪の短髪と、

モニタの中で大騒ぎするAIをチラ見する。



・・・仲間が、できていたな。

いつの間にか。



大切な仲間が。





宇宙戦艦ストライク号のシーズン1





あとがき

椎慕 渦です。この度はお読みいただきありがとうございました。

本話を以て、シーズン1完了とさせていただきます。


 ・ベース893はどんな所か

 ・彼らを待ち受けるオンライン査問とは

 ・シェーダーの起源、宇宙生態系の謎とは

  ・・・・・などなど


語るべきことは多々あるのですが、それはまたシーズン2へ持ち越しという事で。

それではその時に、また。


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宇宙戦艦ストライク号の受難 椎慕 渦 @Seabose

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