宇宙戦艦ストライク号の決意

「チュン!チュン中尉!」俺は力を失った彼女の体を抱いて揺さぶった。バイザー越しのその顔色は真っ青だ。そうだろう。だって今この主制御室、いや艦内の空気には酸素がほとんど残っていないのだから。ゆえに俺たちは艦内空気の呼吸をやめ、宇宙服内の酸素ボンベ呼吸に切り替えたはずなのだから。なのに今、彼女の宇宙服には酸素ボンベが繋がれていない。あるべきところになくてはならないものがないんだ。

彼女はずっとこのやばい艦内空気で喘いでいたという事になる。


いったいどうして?なぜこんな事に?その時、俺の脳裏に次々と記憶の場面が浮かんできた。


・・・マニュアルを読んだ後の奇妙な沈黙。

・・・都合よく現れた小さな酸素ボンベ。

・・・船外活動中に何度も途絶えた通信。


・・・ま・・・まさか・・・チュン・・・君は


ロケット噴射に必要な酸素を、


 自 分 の 宇 宙 服 か ら 取 り 出 し た というのか?


その時、抱き上げていた彼女がかすかに動いた!バイザー越しの顔がうっすらと目を開ける。「チュン!」俺は叫んだ。「す、ズキ 51-54ノズルは?」彼女は聞いた。

「異物は取った。噴射も完了した。衝突は回避された。小惑星は遥か後ろにすっ飛んでいった。危機は去ったよ。俺たちは、勝ったんだ!」俺は答えた。


「さすが スズキ」チュンは弱弱しく微笑んだ。「違う!違うだろ!君じゃないか!ストライク号を救ったのは!君が噴射のための酸素を作ってくれたんだ・・・自分の酸素を捨ててまで!」俺は叫んだ。「待ってろ、今俺の酸素ボンベを繋ぎなおす。少しでも新鮮な空気を吸うんだ」「それ だめ 酸素は スズキが」震えながら制止しようとする手を、俺は無視した。自分の宇宙服からボンベを抜く。バイザーの内側に警告灯が点るが知った事か!これが必要な人は今目の前にいるんだよ!だがしかし!抜いたボンベを彼女の宇宙服に繋ごうとした時、俺は見つけた。 


接 続 口 が 破 壊 されているのを。


「スズキ やると思った だから 先回り」彼女はまた微笑んだ。

なんだよこんな時に!ふざけないでくれ!笑えないよ!。

まだだ、なにかあるはずだ。彼女に空気を送る手立てが。

だが、俺鈴木の馬鹿な頭は回らない。ちくしょう、ちくしょう、

唇を嚙むしか出来ない。

「どうして・・・なぜ・・・チュン・・・こんな事」

バイザーの向こうから切れ長の瞳がまっすぐ俺を見ている。

「・・・」少しの沈黙の後、彼女は口を開いた。


「スズキは 何? 私たちは 何?」


え?哲学?禅問答?意味不明なんですけど!


「スズキは 統合地球軍の宇宙軍人 私たちは宇宙戦艦乗り 一人艦長」


ああそうだよ!だから何だよ?


「その使命は シェーダーの起源を突き止め ”宇宙生態系”の全容を解明すること」

「見たもの 聞いた音 得られた情報 全てのデータは 地球に持ち帰らなければ」チュンはうわ言の様に言う。


  「 だ か ら  全 滅 は  許 さ れ な い  」


「くだらねえ!そんな事で君を犠牲にしていいわけない!」俺は怒鳴った。

「スズキ強い どんな苦難にも負けない どんな困難も乗り越える 生き残るなら スズキ」チュンの言葉を俺は打ち消した。

「君だって賢いよ!すごいよ!君ほど優秀な奴はいない!君の助けがなければ、俺も艦も」

「艦? 自分の艦 私 守れなかった ビクトリー号」彼女の瞳に涙が浮かぶ。

「だから!それやったの俺だって!」彼女はかぶりを振った。

「私に スズキの勇気と度胸があれば 艦を捕えさせたりしなかった」

「艦長は 艦と運命を共にする 本当なら あの時」

「それ以上言わないでくれ!」俺は怒鳴った。彼女は微かに微笑むと

目を閉じた。抱きかかえた俺の腕から急速に力が抜けていく。青ざめた顔の唇が恐ろしい紫色になってゆく。酸素欠乏のチアノーゼだ!

「チュン!チュン中尉!」


・・・俺が強い?


馬鹿言うなよ!。俺は宇宙電気ドククラゲに出くわしても逃げるしかできなかった男さ。魚雷を1発も当てられずに無様に全弾打ち尽くした男さ。パニックに陥って艦の動力と電力を遮断した間抜けな男さ。紙マニュアルだって落書きとエロ絵ばかり。何一つまともにできなかった。君に出会わなければ今頃俺は・・・その時!頭に稲妻が落ちた。


  ” 彼 女 に 出 会 っ た 時 ”?


・・・・・・・・・・・・・・俺の

俺のバカアホ間抜けとんまクズゴミ死ね死んでしまえ化石になれ!

どうして気づかなかった? なぜ今の今まで忘れていた?


   脱 出 艇 の こ と を 


ストライク号の脱出艇。漂流前提の設備。水食糧医薬品はもちろん” 新 鮮 な 空 気 ”もたっぷりある。あそこだ。あそこに行くんだ!

俺は彼女を抱いて立ち上がった。脱出艇へ向かえ今すぐ!主制御室から飛び降り、居住ホールを駆け抜け隔壁を次々と開く。脱出艇は下部ペイロードだ早く早く早く!





下部ペイロード。ドローン魚雷は打ち尽くされがらんとしている。その片隅にコバンザメのような形をした脱出艇が静かに待っていた。チュンを抱きかかえた俺は駆け寄った。やった。たどりついた!。あの中はセーフゾーン。最後の希望。俺たちの楽園。これで助かるぞ!チュン!もう少しの辛抱だから!


俺は脱出艇のハッチに手をかけた。・・・開かない。ああそうかロックはパネルから解除か。俺はペイロードの壁のモニタパネルに駆け寄りボタンを押す。すると画面に文字が出てきた。残酷な文字が。



「リストアシークエンス 完了まで 82分 しばらくお待ちください」



次の瞬間俺は背中の消化斧を振り上げ、モニタ画面に叩き込んでいた。

「ふざけんなよ!! この野郎!!」

打ち込んだ斧の周りに蜘蛛の巣のような亀裂が走る。

「なんで緊急脱出の装備がシステム管理下にあるんだよ!バカか!」

俺は何度も何度も斧を振り下ろした。

「ふつー独立運用だろおがあ!ボケ!」

だが忌々しい文字列は消えない。俺をあざ笑うかのように消えない。


体の力が抜け、俺は斧を手放し、ついに膝をついた。


終わりだ。俺の酸素ボンベももうすぐ尽きる。だから力が入らなくなってる。目の前の景色がゆがんでいるのが、酸欠のせいでなく自分が泣いているせいだと気づくのに少し時間がかかった。


なんでだよ?どうして?俺は一つもうまくいかないんだ?どうして俺はいつも苦難困難災難に見舞われるんだ。神か?疫病神か?運命か?いったいどこの馬鹿だ?この笑えねーコントの筋書きを作っているのは?

くそっ、ちくしょう。こういうのなんて言うんだっけ・・・受難。



 宇 宙 戦 艦 ス ト ラ イ ク 号 の 受 難 



放心した俺はぼんやりと”乗り込めない脱出艇”を眺めていた。ビクトリー号と同じくガス式射出のカタパルトに固定されている。その脇に無重力に浮かぶチュンがいる。向かいペイロード内の壁には超絶吸着力を誇る表面移動機クロラーが数台待機している。床には繋留用の太いワイヤーが何巻きか転がされている・・・・・・・・・・・・俺は立ち上がった。


「あきらめるのは」口からブツブツ独り言が出る。


「死んでからだ」酸欠でボケたかもしれない。







ロックされた脱出艇ハッチの表面に、クロラーを3台貼り付けて固着ロックした。これでたとえ爆破衝撃がかかってもこいつらは脱出艇ハッチから外れる事はない。そのクロラーの金具にワイヤーを3本固定する。その3本のワイヤー反対側の端を、ペイロード内の鉄骨に巻き付けた。


ガス式射出カタパルトを調べる。こいつは手動で作動できるようだ。

俺は船外に続くペイロードの扉をこじ開けた。星で満たされた宇宙空間が拡がる。


チュンをおんぶして俺の体と安全ベルトで縛り付ける。そしてさらに命綱で脱出艇と俺たちを結び付けた。最後に俺はチュンを背負ったまま、脱出艇のガス式射出カタパルトの作動レバーに手をかけた。



俺鈴木はエリアアジア、ニポン地区、カワサキの生まれ育ちだ。ガキの頃はタマガワでよく釣りをした。ガキの俺は魚がかかるとテンパってしまい、よく魚に逃げられたもんさ。そんな時、親父は苦笑しながら、ええと

なんて言ってたっけ?


「行くぞチュン! 星空デートだ!」叫ぶと俺は、レバーを、引いた!


ガスで加速されたカタパルトが脱出艇のケツを蹴り飛ばす!船は砲弾の勢いに宇宙空間に飛び出した!俺とチュンを外に括り付けたまま!だが!

ストライク号と脱出艇は3本のワイヤーで繋がれている!

釣り竿と魚が釣り糸で繋がっている様に!


” いいか?釣り上げる時は焦っちゃだめだ。魚の唇は切れやすい。 ”


はじき出された脱出艇の勢いが、ハッチとペイロード内鉄骨を結ぶワイヤーをみるみる引き延ばしてゆく!そしてとうとうピンと伸びた!

その瞬間ワイヤーが繋がるハッチには、カタパルト加速された脱出艇の 全 質 量 が 集 中 す る !


” ほら針先に唇の破片がついてるだろ?簡単にちぎれてしまうんだよ ”


もぎ取られたハッチをぶら下げたワイヤーが漂っている。

それをしり目に俺とチュンをくっつけた脱出艇は艦から遠ざかってゆく。

釣り竿と釣り糸から逃れた魚の様に。




 星空が回る。ぐるぐる回る。チュンを背負った俺は脱出艇の表面を這いずり回っていた。だが!だが!目の前には穴がある。ハッチを失った

脱出艇の入り口がぽっかり黒い穴を開けて待っている!あそこだ!

そこまでいけば中に入れる!さっきのワイヤーの衝撃でおかしな回転がついた脱出艇は無重力空間でくるくる回り続けている。酔いそうだ。酔う?俺は得意だろこういうの!宇宙活動訓練Bプラスが泣くぞ。気合い入れろ!懸命に匍匐前進で進んだ俺はどうにかなんとかハッチの中に滑り込んだ。


内側のエアロックを開けて、閉める。操縦席に駆け込み、始動スイッチを押すと室内スイッチに次々と明りが灯る。よし!使える!。俺は操縦桿を握った。スロットルを開け、姿勢制御噴射を繰り返し、奇妙なダンスを踊り続ける脱出艇をどうにか落ちつかせた。


・・・終わった。



もう、大丈夫だ。




つづく




























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