宇宙戦艦ストライク号の遊泳

ハッチから艦外へダイブした俺の頭上に星空が広がる。頭上と言っても今の上下左右前後は自分の”頭から見ての相対的な感覚”でしかない。ここに重力は無いんだ。慣れない人はあっという間に平衡感覚を失くして酔ってしまうだろう。宇宙軍だとそれはマズい上に許されないので「宇宙活動教練」として新兵の頃からゲロ吐くほど鍛えられる。ただ、じつのところ俺は結構好きなんだよね、宇宙活動。


皆が苦手な空間認識も俺はジャイロナビ無しで何となく出来ちゃったし、方向喪失のためにわざと全方位くるくる回転させられた時も気分が悪くなることなく復帰できちゃったし、「お前三半器官異常じゃね?逆に」と鬼教官に言われちゃったくらいで、訓練評価はおおむねBプラス以上だった。まあなんつうか才能?と気取るつもりはないが、サンダルにジャージでコンビニ行くくらいの気持ちで宇宙活動ができるというのは、この俺鈴木の数少ない”取り柄”なのかもな。


命綱が伸び切って俺はハッチの方へ引き戻される。祭の屋台で売ってるヨーヨーゴム風船のように。姿勢を整え、艦の装甲版の上に着地する、あらよっと。さて時間はないぞ。


俺は今船首部に立っている。ストライク号は宇宙戦艦としては”ムーン級”だ。


全長300m、全幅50m、全高600m。でかい?いやいやちっこいでしょう。アース級とかジュピター級に比べたら全然カワイイもんだぞ?。形は・・・前後よりは上下に長いんだけど・・・そうね・・・何と言ったらいいかなぁ・・・あ、

「マンボウ」って魚知ってる?水族館で見たことない?アレにそっくりだわコレ。

半楕円の船体の上下にヒレみたいなペイロードが伸び、船首部には魚の口のようなドッキングポート、船尾にはバースト放射用ノズルがずらっと並んでいる。この中に乗員1名を太陽系の果てまで生かして連れて行くだけの設備と資源と反物質リアクターエンジンと装甲板と武器が詰め込まれていて、それだけでもういっぱいいっぱいという、実にプチでミニでささやかな”小型艦”なのですよ。とはいえ、俺は結構気に入ってるけどね。このデザイン。


これからやるべきことは、ストライク号の上部ペイロード付近にある51から54までの噴射ノズル4基の調査。目下原因不明の詰まりで動作不良を起こしている。大方氷塊が張り付くとかだと思うんだけど・・・動き出そうとした俺の頭上にいきなり

暗闇が拡がった!暗闇?俺は思わず命綱を握り締める。

ここは太陽から45億km離れた海王星宙域。確かに届く陽の光は果てしなく弱く”昼間”の要素は一つもない闇の世界だが、星のきらめきが見えないわけじゃないんだ。真っ暗闇なんておかしい。目を凝らした俺は、その更に先、暗闇の再果てが星空と境界を作っているのを見て理解した。それがこれからぶつかろうとしている小惑星の”地平線”だという事を。でかくない?!何が小惑星だよ!大惑星じゃんか!


艦はどんどん近づいている。減 速 な し でその天上に広がる地表に着陸しようとしている。一般的にごくありふれた言い回しで表現すると”墜落”って言いますよねソレ・・・ヤバいでしょ!はやいとこロケット噴射して艦の軌道を変えないと!


俺は命綱を「クロラー」に繋ぎなおした。これは艦表面を移動する機械で、岩の表面を移動する巻貝のようなものだ。理屈はわからんがヤモリの手のひらとかそんなのが応用されていてロックすると装甲板にがっちり吸い付き爆破衝撃がかかっても外れない。命綱の長さはせいぜい10数mなので艦外作業の時はマストアイテムなのだ。

取っ手を掴み、レバーを握ると、クロラーは電動の振動を上げながら俺を引いて動き出した。


上部ペイロード、マンボウの上のヒレ?の付け根当たりに着く。噴射口51から54つうと、この辺のはずなんだが・・・周囲を見回した俺の目になにやらぼこぼことした塊が映る・・・あれか。やっぱ氷の塊が付着したんだな。ヘルメットに灯を点し俺はそれに近づいていったのだが・・・照らし出された”それ”を見て・・・絶句&立ちすくんでしまった。


・・・・・・・・タイヤ?


い、いやいやいや!ないでしょう、それはそれだけは。目をこすろうとしたが無理だったヘルメットのバイザーがあるから。だが、しかし、これは・・・

直径1メートル?幅30センチくらい?ドーナツ状の黒い物体で、中央には放射状の模様が付いた貝殻みたいな丸い円盤がハマっている。アルミホイールみたいに。

それがいくつも重なって噴射口の上に積みあがっているのよ。


俺鈴木はエリアアジア、ニポン地区カワサキの生まれ育ちだ。ガキの頃タマガワでよく遊んだものだが、河川敷近くのスクラップ場に置いてある古タイヤの山?あんな感じで目の前にあるんですよ。地球から45億km離れたこの海王星宙域に。

うーん見れば見るほどタイヤだ。ラジアル溝までついてやがる。恐る恐る手を伸ばして触れてみたら・・・その瞬間!タイヤが膨らんでモゾモゾ動き出し、ラジアル溝から黄緑色の燐光が漏れ出した!え?え?


 こ い つ 生 き 物 だ !


しかもこの光、見覚えがある。黄緑色のこの燐光!あの宇宙電気毒クラゲの触手で光っていたのと同じだ!てことは・・・赤ちゃん?幼生体ってやつ?

親クラゲ、あの野郎!・・・艦を追いかけながら産卵してたってのか?それが孵化して取り付いて、”噴射のエネルギー”を吸い取るためにここに集まってきたという事か。


冗談じゃない。このロケット噴射は俺たちが生き延びるために絶対必要なんだよ。お前らにチューチュー吸わせるわけにはいかないんだ。どいてくれ!俺はその古タイヤみたいな”クラゲ幼生体”を手で押しのけようとしたが、こいつらお互いにもそもそ動くばかりで埒が明かない。なんかでガツンとやってやらなきゃ。そこで背中に背負ったアレを思い出した。


持ってて良かった 消 火 斧 !


俺は両手で斧を握ると「おらぁ!」気合と共に振り下ろした!笑っちゃうことに触感までタイヤだわこれ。ゴムの塊に斬りかかってるみたい。その衝撃でタイヤの山は艦から浮き上がり、怒ったように黄緑色の燐光を発しながら漂っている。だがその辺はやはり”幼生”なようで、それ以上は何もできず、やがてタイヤの群は宇宙空間にふわふわ散っていった。51と書かれた噴射口が顔をのぞかせる。そして白光に輝く噴射炎が噴き出てきた!よし!よおっし!あと3基!


俺は隣のタイヤの山を斧で薙ぎ払った「うぉりゃあ!」クラゲ幼生体の群れが吹き飛び、52と書かれた噴射口が炎を取り戻す。


しかし・・・まったく・・・なんで・・・地球から遥か離れた最先端の宇宙戦艦でこんなガテン仕事せねばならんのよ?。早くもつっぱ張ってきた腕を振り上げる「どっせぇい!」う~いてて。だが53クリア!あとつぎラストぉ!


・・・筋トレしなきゃなあ。斧を振り過ぎて背筋が痛いよ。E子に口うるさく言われてたんだけどなあ。あと息切れもしてきたぞ。宇宙服の酸素ボンベもそろそろ心細いんじゃないか?「ふんがっ!」最後のタイヤの山を宙空へ吹き飛ばしてやった。54噴射口が点火され、俺の周りには4つの火柱が天井へ向けて立ち上っている。ふぅ終わった。


その時!俺の身体が甲板から浮き上がった!え?え?ばかな!磁石靴履いてるのに?

みるみるうちに立っていた場所が遠くなっていく!あ、そうか!俺が浮き上がったんじゃない!ストライク号が遠ざかっているんだ!チュンの言ってた事は正しかった。

4つの噴射がもたらす勢いが艦の軌道を変えている!そして俺は宇宙空間に置いてけぼりにされようとしているんだ!やばいやばいやばい何とか戻らないとやばい!


・・・・・・な~んてね、ご安心ください、こんな時のための”命綱”ですよっ。

それはクロラ―に繋がってる。あれの吸着はこの程度じゃびくともしない。

ピンと張ったこの命綱をたどっていけば戻れるし、なんならこのままストライク号に引いてもらってしばし宇宙遊泳でくつろぐってのも・・・・・・おい。


おいいいいいいいいっ!!!!


ピンと張った命綱が53番噴射口の炎で チ リ チ リ 炙 ら れ て い る ぢゃないですかああああっ!やばいやばいやばいマジやばい戻らないと!。俺は全力で命綱をたどる。命綱はいろんな素材で複数階層で構成されていて、そこには金属ワイヤーも含まれており、ちょっとやそっとでは切れたりしない。だが、だが!ロケット噴射はそれ自体がバーナーカッターみたいなもんで、それはつまりちょっとやそっと以上の切断力であるわけでって・・・ああああああ!みるみる表面の被覆は燃えて溶けてほっそいピアノ線みたいなワイヤーも赤くなってるぢゃないですかあああああっ!



俺は懸命に命綱を両手で手繰り寄せる、あと10メートル、8メートル、5メートル、

そこで気が付いた。噴射炎を上げる53番噴射口、その傍に命綱の端を加え込んだクロラ―、そこから伸びてる焼かれながら切れかかった命綱。

俺このまま命綱を上っていくと・・・


俺自身が噴射炎に突っ込む形になってこんがり炙られてしまうんですけど。


その一瞬の躊躇が命取りだった。


真っ赤になったか細いワイヤーは”プツン”と言う音は宇宙空間ではするはずないので俺の心に聞こえた心象の響きだが、ついに切れた。


 焼 き 切 れ た。


あっという間に俺鈴木は、お釈迦様に見捨てられたカンタダのごとく、上に向かって落ちて行った!というより俺を置いてストライク号がえらい勢いで離れていく!


眼下をストライク号の装甲板が流れていくのが見える。なんとか!何とかどこかの何かに掴まるんだ!俺は手を振り回してもがいたが・・・だめだ、届かない!このまま艦から離れてしまったら二度と戻ることは出来ない。腕にも足にも何も引っかからない・・・だめか。ダメなのか…その時、頭の中にチュンの言葉が浮かび上がる。


” 諦 め る の は   死 ん で か ら に し ろ ”


おうそのとおりだ。ありがとよ!。俺は背中を手を回し、背負っていた消火斧を再び手に取った。ピッケル側を表にして流れていく装甲板めがけ振り回す。かかれ、かかれ、ひっかかれ!どこでもいいから!


「カツン」と言う音が宇宙空間でするはずないのでこれまた俺の心象の音だが、手ごたえがあった。そしてがくんと身体が急停止する。片手では取り落としそうになった

消火斧を慌ててしっかり両手で握る。や、やった!ひっかかかった!どこに?


それは通信用か観測用の細いアンテナロッドだった。グニャグニャしなりながら俺とストライク号をかろうじて繋いでいる。(折れるなよ折れるなよ折れるなよ)心の中で念じながら俺はどうにかアンテナ根元部までたどり着いた。や、やった。ここまで来れば安心だ。周囲を見回すとそこは上部ペイロードの先端だった。どうやら根元から飛ばされ、ここまで流されたという事らしい。


後ろを振り向くと、暗黒の巨大な黒い影が見える。大きすぎて動いてるかどうか判別しにくいが、さっきまで感じていた圧迫感はない。たぶん、”遠ざかっている”。


乗り越えた。危機を乗り越えた!接近する小惑星への衝突軌道を回避したんだ!

体中の力が抜けた俺はしばらく遠ざかる小惑星をぼんやり眺めていた。が、

おっとそうだ。チュンにも知らせてやらなきゃ。主制御室でやきもきしてるだろう。ヘルメット内の通信回線を開く。

「チュン、聞こえるか。こちら鈴木。噴射口51から54の異物を排除、噴射を確認した。艦の軌道も変わった。小惑星は通り過ぎていく。もう大丈夫だよ」

近くにあったクロラ―に掴まり艦首部のドッキングポートを目指して移動を始める。


これで一安心だ。もっともまだリストアシークエンスは終わっていない。あと1時間以上あるだろう。心配なのは艦内空気だが、俺もチュンももう宇宙服内の酸素ボンベ呼吸に切り替えている。それまでの時間くらいなら何とかもつはずだ。そんな事を思いながらふと気が付いた。彼女の、チュンからの 応 答 が 無 い 事 を。


「チュン こちら鈴木 どうした?応答しろ」俺はもう一度呼びかけた。

「・・・・・・・」やはり返事はない。故障?

いやサーというノイズはかすかに聞こえてくる。機械は正常だ。


・・・何か胸騒ぎがする。俺はハッチを開けエアロックを解除し隔壁をいくつも乗り越え居住ホールを飛び越え主制御室に入り、そこで見つけた。

無重力に弄ばれ力なく室内を漂う彼女を。


「チュン!チュン中尉!どうしたんだ?!」俺は駆け寄り、そして気が付いた。





彼女の宇宙服に、酸素ボンベが繋がれていない事を。




つづく


































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