宇宙戦艦ストライク号の模索
「スズキ字汚すぎぃ!読めないぃ!」悲鳴のような文句を言いながらチュンはページをめくっている。全5冊ある俺特製”ストライク号取扱説明書”を。
数分後に訪れる接近中の小惑星との衝突を回避するため、俺たちはストライク号を大昔のロケットの様に化学反応燃料を燃やして噴射、軌道を変えようとしている。だがなんせ万一の事態に備えて用意されている秘密機能ゆえ、よくわからない。い、いや一応俺も地球統合軍人の端くれ、そりゃあ訓練はしましたよ?・・・いつかって?えええと、まあ、200日前くらい?E子にどやされて渋々?・・・てええそうですよ!つまるところド忘れてるんですよ!綺麗さっぱり!。もう一人の艦長チュン中尉、こちらは俺と違って優秀な方で、概ねは理解してるっぽいのだが・・・それでもこれほどの化石装備となると「取説を確認しないと安心できない」とかとの事でやはり血眼でページをめくっているのだった。
え?ビクトリー号の時?あれは単に”爆弾”代わりに使っただけだって。テキトーにバルブを開けて中身をぶちまけ宇宙服の酸素ボンベと混ぜあった所へ置きタバコで点火しただけなんだって。ここでそれやったら自殺行為いや自爆行為なんだって。ムリムリ絶~っ対無理!。
と、いうことで今回は本来の用法「ロケット」として正しく使う必要がある。燃料「ケロシン」と「酸化剤」反応させて推進力を生み出すと言うが、どこをどうすればいいのかわからないため、こうして今マニュアルを必死で人力検索しているのだ。だが、くそったれな事に無能極まる”260日前の俺”は「目次、さくいん」という物を省略しやがったぼけが。どこだ・・・どこだ?どこに載ってる?「非常時の化学反応燃料使用について」は?
二人で必死に分厚い帳面をめくるが、目に入るのは関係ない内容ばかり。時間はじりじりと過ぎてゆく。もうあとわずかで俺たちは小惑星に自ら激突してお陀仏だというのに!いや待て落ち着け。ホントに260日前の俺は無能か?いやそうなんだろうけど・・・何か・・・何かないか? 手 掛 か り を残していないか?
・・・化学反応燃料・・・ロケット噴射・・・噴射・・・ ブ リ ブ リ !
「チュン!」俺は叫んだ。
「大声出すなスズキ 空気悪いし 頭痛いんだ」彼女はうんざりした調子で帳面から目も上げずに答えた。
「さっきの!さっきのアレ、あれ!」
「あれって何だ? ちゃんと言え 会話が代名詞中心になったら認知症の始まり」
「う●ち ブリブリ!」
「 は い ?」嫌悪もあらわなチュンに
「そういう落書きあっただろ?あれ何冊目だった?何ページにある?」
「そこがロケット関連の記述だと?」怪訝な表情になる。
「絶対そうさ!俺はバカだが、関係のない絵は描かない。
ロケットについての記述を見て”う●ち ブリブリ”って落書きした。
そういう連想をしたのさ。だからそこが目当てのページだ!間違いない!」
再び彼女は嫌悪120%のドン引きな顔になり「たぶんこれ この真ん中辺」
そう言って一冊のマニュアルを汚い物でも触るように人差し指でつついた。
無重力空間を漂ってきたそれを俺は受け取る。
失礼な。これ自体は別にばっちくないでしょうが。
冊子の真ん中あたりを開け、ペラペラとページをめくっていくと・・・あった!
ロケットを指さす取説キャラクターの股の下に描かれたう●ちと「ブリブリ」の吹き出し。俺の口元がつい緩む。うぷぷ。やっぱ面白いじゃんこの漫画。
内容は”もしもの時は⑧ 化学反応燃料使用について”
「あった!」俺は叫んだ。
「どこ?」チュンも身を乗り出してくるが「ほらここ!”う●ち ブリブリ”の絵!」
俺が指さすと「それが見たいわけじゃない!」彼女は激高した。え、あ、はい。
チュンは説明個所を読む間、何も言わなかった。そして、帳面を閉じるとなぜかしばらく沈黙した。その後「なんとかなりそう スズキ 急ぐべき 衝突は間もなくで 艦内空気も危険」俺に帳面を手渡しながら言った。
よし!だがもう時間がない!機関室へ行かなくては。中身は移動しながら読む!取説を抱えて立ち上がろうとした瞬間、視界がいきなり狭くなった!
え?立ち眩み?違う!無重力のはずなのに体が重い。力が入らない。頭は霞がかかったようだ。息が苦しい、いくら呼吸を細かくしても肺に空気が入ってくる感じがしない・・・マズイ!ついに!酸素濃度が!ヤバい領域に!祈る気持ちでモニターを眺めるが「リストアシークエンス 完了まで 165分 しばらくお待ちください」ぜんぜん進んでねーじゃねーかこのノロマ野郎!くそっダメだ。これじゃ艦内換気は期待できない!酸素はどこか他から手に入れないと!
俺はかすれる声を振り絞った。「ち、チュン!艦内空気が限界だ!ヘルメット被って宇宙服のボンベに切り替えろ!酸欠でやられる!」「わ、わかった」彼女のバイザーが下ろされたのを見て俺は「機関室へ行く。君はここで小惑星の見張りを続けて。連絡はヘルメット内の無線で」自分のヘルメットを小突くと中のスピーカーから彼女の返事が聞こえる。「スズキ 聞こえる? これ持って」小さなケース?のような物を差し出した。「なにこれ?」「きっと必要になる 早く行って」なんだろこれ?と思ったが、今はもうとにかく1秒が惜しい!。俺は主制御室から居室を抜け、機関室へ向かった。
機関室。といってもエンジンむき出しとかそういうのはない。他と同じくスイッチやレバーが生えた制御パネルが並ぶ狭い小部屋だ。むかーしの映画ではいかにもドワーフっぽいおじさんが”機関長”として機械の傍に常駐てのが定番だったというが、ストライク号はそうじゃない。ていうか当艦に限らず、生身の人間が稼働中の反物質リアクターエンジンに近づくのは極めてリスキーなのだ。うっかりすると対消滅に巻き込まれて己の存在がこの世から消えてしまう。だから大掛かりなメンテはドック入りの時に限られ、クルーがエンジンと対話するのはこうして主制御室か機関室のモニター越しにそのご機嫌を伺うって形になるんだな。
だがこの”化学反応燃料”は違う。ビクトリー号もそうだったが、そのタンクはここ機関室からアクセスできる。というわけで俺鈴木はここへ来た。
さてまずは・・・たんすの引き出しのような制御パネルを壁から引き出す。中にはボタンと対になったランプ、レバーがいくつか。説明書によるとコイツは艦の6面つまり上下左右前後に各4つ取り付けられた合計24個の噴射口に繋がっているとな?スイッチを入れるとすべてのランプが赤く点った。ちなみにこのシステムは完全独立、つまりスタンドアロンでコンピュータが復旧していない今でもそれに関係なく動作するらしい。あまりにアナログすぎてE子の手に負えないという事か。今に限って言えば、ラッキーだな。
次に「ケロシン」と書かれた四角いボタンを押すと赤>緑になった。
その隣、「酸化剤」と書かれた四角いボタンを押す・・・赤のままだ。もう一回押す。赤。マジかよ、焦った俺は何度も何度も押す、が、赤のままだ。その時ヘルメットから声がした。チュンの無線だ。「どうだ?スズキ」俺「問題が起きた」
チュン「もしかして 酸化剤がない?」「なんでわかるの?」俺は素っ頓狂な声を上げる。「そうか 無かったか」落胆した声が戻ってくる。
「スズキは省略したが 私マニュアル原本のあの部分覚えてる 液体燃料と液体酸素を同じ所に保管するのは安全上問題があるので 分離管理 と」
「そりゃ引火したら大爆発だもんな つまりここにはないって事?」
「それが・・・どうも換気システムと共用してるようなんだ」
「共用?・・・っておいまさか!」「そう その液体酸素 私たちが
呼 吸 で 使 っ て し ま っ た 」
「じゃ、じゃあ無い?無いの酸化剤?どこにも?てか非常用のなのに日常利用とか
なんだその間抜けな仕様!」俺はヘルメット内で叫んだ。
「いや、今が”非常”というより”異常”なんだ。通常なら換気システムには生成された酸素が補充される。だが動力源と主電源同時喪失という事態でそれが動かなくなった。乗員保護優先、艦内環境を維持するために、液体酸素のタンクが自動的に開く仕掛けだったらしい」俺の目の前が真っ暗になる。なんてこった、今なによりも必要な酸素を、先にスーハー使っちまっていたなんて!
「そんな、そんな!ここまで来て!燃料はあるのに!ロケット噴射出来ないっていうのか?」膝をつきそうになった俺に「落ち着けスズキ まだ手はある 」チュン「!」俺は顔を上げた「さっき渡したケース開ける」ケースを開くと、
小さなボンベが1本。「酸素だ こんな事もあろうかと 用意しといた」
ナニこの娘!こうなる事を予想してたっての?優秀過ぎない?
「ファインプレーだぜ!チュン中尉!」ただこのボンベ・・・
「けど少なくない?これだけで姿勢制御できるかな?」思わず弱音が出るくらい
その容器は小さかった。「スズキ ここは水中でも空中でもない宇宙空間。
どんな微弱な噴射でもやりさえすればベクトルは変化する。軌道は変わる!」
「わかった 信じるよ」どのみちもう他に手段はないんだ。肚をくくれ俺!
俺はそのボンベをパネルボタン下の挿入口に差し込んだ。赤かった「酸化剤」のランプが緑に点る。よぉしオールグリーンだ!。「いけるぞチュン!何番ノズルを開く?」「・・・・・・」返事はない「チュン!どうした? 応答しろ!」
「・・・あ、ああ、すまない。ぼーっとしてた」
「しっかりしてくれよ どっちの方向に噴射すればいい? 指示をくれ!」
「船外鏡で観測中 もう肉眼で表面が確認できるほど近づいてる 水平方向にゆっくり回転してる この分だと 地表に頭から突っ込む形に・・・・・・」
チュンはまた少し黙った。「チュン!」いったいどうしたんだ?
「あ、ああ。方位00ー04で下からくぐり抜ける。ノズルは51から54を点火」
俺は指示に従いパネル上の51から54のボタンを押した。「51から54点火した。
噴射は出てるか?」「確認する 51から54を点火だな?」
「そうだよ どうしたんだ?」「出てない」「え?」
「51から54ノズル 噴 射 し て な い 」また目の前が暗くなりかけた。
・・・ったく何度目だ。
「どうして!だってこっちのパネルには異常は・・・」
「たぶん船外 凍結か、ノズルに何か詰まってる」
・・・くそっ。くそっ!・・・なんか逆に腹立ってきた!。
うまく行く事なんてひとつもありゃしない!
なぜ?どうして!いつもいつも!俺鈴木の前には!
困難苦難災難が立ちはだかるんだ!?いい加減にしてくれ!
怒りの俺はヘルメットのバイザーを下ろして機関室を出た。
その空気が伝わったのか「スズキ!どうする気?」
チュンが焦った調子で聞いてくる。
何枚もの隔壁を手動で乱暴に開けながら「船外に出る」俺は言った。
「!!!」スピーカーの向こうで彼女が息を吞んでいるのがわかる。
通路の途中、”消火器具”と書かれたシャッターを開いた。
なんか使えそうなのは・・・おれは消火斧を手にした。
樹脂製の柄に、赤く塗られた刃が付いている。その反対側は
ピッケル状に尖っている。氷を砕くぐらいできるだろう。
最後の隔壁、エアロックを開く。空気が抜けるハッチの向こうに、星空が見える。
エアロックから伸びる命綱を宇宙服のベルトに繋ぐ。
「その昔 調子悪い機械はブッ叩いて直したっていうよな」俺の言葉に、
「それ何時代?原始人?」チュンがドン引きしてるのがスピーカー越しでもわかる。
俺は消火斧を手に星空に踊り出た。
つづく
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