宇宙戦艦ストライク号の絶望


船外鏡に映る黒い影―小惑星―は、何度瞬きしても、目をこすっても、消えることはなかった。「ぶつかるまで、あとどれくらいだろ?」自分の口から出た言葉に呆れ返る。我ながらなんつーバカな質問だ。答えられるわけがない。今ストライク号の動力と電力は失われ、電子機器もAIも沈黙している。まともに計測できる手段など無いのだから。


だがなんとチュンは時計を見ながら答えた。「光学目視できるという事は10000km以内。船外鏡像の大きさの変化と、かかる時間で割り出してみた。早くて30分、遅くても40分くらいで衝突」「すごいな君!優秀過ぎない?」俺は感嘆した。

「実際はもっと早いかも システム再起動の方は? スズキ」彼女の問いに、

「なんとかチャートは作ったよ。仮想環境に読み込んで動作確認は取れた。

もう少しテストしたいが・・・時間はなさそうだ。ぶっつけ本番で行くしかない」


「こいつに衝突するあと30分までに システムを復旧 反物質リアクターエンジンを始動 小惑星を回避する か」チュンはつぶやいた「難題だな」声に含まれる沈んだ調子に俺はわざとおどけて見せた「難題ならこれまでいくつも乗り越えてきた!。もう慣れっこだって~の!」


「・・・これまでいくつも、か」うつむいたチュンは言った。

「私が乗ってからこの艦は難題続き 疫病神だな」「もう!そういうの無しだぜ!チュン中尉!」俺は語気を強めた。「君は疫病神じゃない! もしそんなのがいたとしても!」チュンは驚いた顔で見ている。


 「 俺とストライク号が 追 い 払 っ て や る さ !」 


うわ恥ずかし!何カッコつけてんだ俺は!だが意外にもそれを聞いた彼女は、はにかんだような、変な笑顔を浮かべた。その微笑を見た瞬間、28という年の割にはウブなこの俺鈴木の心は更にざわついてしまうのだった。衝突まであと30分だというのに。「じゃ、じゃあ俺システムやるから、見張りよろしく、はは」なぜか出た照れ笑いを隠すように俺は、主制御室内、電算機エリアのパネルを外し、中の電子部品むき出しのメインボードを引き出した。中央制御コンピュータ”マエストロ”を。


意外かもしれないがこの地味な基盤がストライク号の全コンピューティングの基礎部分なんだ。むかーしの映画とか見るとそびえ立つようなでかい”マザーコンピュータ”が”専用ルーム”で宇宙船を仕切っているという描写がウケていたと聞くが、ストライク号はそうじゃない。オーケストラの指揮者に当たる中央制御コンピュータ”マエストロ”がまずあって、後は楽器、バイオリンやフルートみたいに、役割に応じて機関制御、生命維持、通信管制、火器管制などの各種サブコンピュータがぶら下がっている。”マエストロ”はそれらが正確にリンク連携できるよう調整する役目を担っていて、すべてのコンピュータが繋がった時初めてAIをロードすることができるんだ。つまりE子は”多数のコンピュータ群が奏でる楽曲”のような存在なのだな。だからまずはこのマエストロを起動する事が最初の一歩というわけ。


メインボードのスロットにメモリキューブを差し込む。さっき作成した「システム再起動チャート」が入っている。何万ものプログラムをどの組み合わせでどの順番で実行するかを記述した命令セットだ。次にさっきのノート端末から外したバッテリーを

起動電力としてつなぐ。主電源レバーはまだ戻せないからだ。このしょぼい電池だけでやりくりするしかない。でもこの容量じゃ1時間持たないだろうなぁ、そう考えて苦笑する。


 そ ん な 残 り 時 間 ね え よ   俺 た ち に ゃ よ


予想衝突時間まで、あと25分。


マエストロの電源スイッチを入れる指が震える。チャンスは一回きりだ。やり直しは利かない。仮想環境で動作することは確認したが・・・本物でも大丈夫なんだろうか。いやもし機械的な部分で故障が起きていたら…だ~迷ってんじゃねえ俺!行け!


・・・スイッチを押した。通電LEDが点く、俺は真っ黒のモニターを食い入るように見つめる。5秒・・・来い・・・来いよ・・・10秒・・・来いって!・・・画面は真っ黒・・・くそっだめか・・・その時!

モニター画面の隅にコマンドカーソルの点滅が・・・・・・・来た!

つづいてメッセージが表示される。


 「リストアシークエンス 開始しますか?(Y/N)」


よし!キーボードから「Y」を入力すると画面が流れ出しプログラムが次々と読み込まれてゆく。やった。ここまではOKだ!。次・・・ええと・・・なんだっけ?・・・ああそうだ、”マエストロ”の起動だ・・・これをやらなきゃ始まらないんだよ・・・メモリキューブを刺して・・・あれ?もう刺さってる?・・・え?すでに画面が動いてるぞ?


 お い 何 や っ て ん だ 俺 !

 

頬を叩いた。同時にぼんやり感が脳を抑えつけているのを実感する。まさか!

空気が悪くなっているのか?腕のタイマーの経過時間は120分、予想より早いじゃないか!。衝突までは・・・ええと、だめだ、頭回んない!俺は叫んだ「チュン!来てくれ!」宇宙生活者らしい黒髪の短髪が顔を出す。彼女も額を抑えている。俺は言った。「俺頭ボケちまった、手伝って」彼女は答えた「私も 頭痛いよ 酸素が少なくなってる」俺は帳面を差し出した「1ステップごとに確認しながら進める、作業工程を読み上げてくれ」「わかった」彼女の声を頼りに、俺はキーボードをひたすらたたき続けた。衝突予想まで・・・ええと・・・たぶん20分くらい?


とにかくやるしかない。


息苦しさと頭痛に悩まされながら、俺たちは何とかすべての命令を”マエストロ”に読み込ませた。あとは実行するだけで”マエストロ”はすべてのサブコンピュータを起動させリンクし、AIが動ける環境を構築してくれるだろう。そしてE子さえ呼び出せば

ストライク号は復活する。真っ先にすべきことは反物質リアクター始動と目の前の小惑星を全力回避だ。ああ、あとこの臭い艦内空気を一掃してさわやかな高原のエアーを1000リットル注文、かな。


「終わっ・・・た・・・か?」俺は額の汗をぬぐいながら言った。モニタ画面には、


 「機関制御システム>接続」

 「生命維持システム>接続」

 「通信管制システム>接続」

 「艦内環境システム>接続」

 「航法観測システム>接続」

 「火器管制システム>接続」


その他いろいろなサブコンピュータが”マエストロ”にリンクされ、待機している図が表示されている。あとはここにAIのE子をロードするだけだ。「ス、スズキ」船外鏡をのぞき込んでるチュンが小刻みな息をしながら言ってきた。「小惑星さらに接近 あと15分ないかも 急ぐべき」「わかってるよ、これから電源を戻して、E子を呼ぶ」俺は主制御室の配電盤を再び開けた。”主電源”というプレートが付いた黄と黒の縞々で幾重にも”注意”と書かれたレバーが引き下ろされている。

・・・大丈夫、すべて間違いなく進めているはずだ。頭痛い、めまいもひどい。

それでも、俺たちは、ちゃんとやったはずだ!・・・いける!


俺は、主電源レバーを、引き上げた。


モーターが回り、ファンが唸りだす。数々の電子部品が合奏するかすかな唸り音が

艦内のあちこちから響いてくる。制御室にオレンジ色の非常灯が灯る。

コンソールパネルやキーボードにか細いLEDの光が戻っていく。


一度死んだムーン級潜空突撃艦は今、息を吹き返しつつあった。


モニタ画面に


「リストアシークエンス 最終段階 AI.sysを開始しますか?(Y/N)」


おうよ!俺はキーボードの”確定キー”を勢いよく押した。ターンッ。


だがしかし!その直後!モニタ画面に出てきたメッセージは、

俺の顔と心を完膚なきまでに打ちのめし絶望でゆがめてしまった。

「・・・嘘・・・だろ。・・・ふざけんなよ畜生!」

絞りだすような叫びが漏れる。

それを聞いたチュンが「どうした?」同じく画面をのぞいて

「そんな・・・」絶句する。そこにはこう表示されていた。



「リストアシークエンス 完了まで 174 分 しばらくお待ちください」



・・・174分。


174分だって?


俺たちは今あと十数分で小惑星に墜落して木っ端みじんになる運命なんだぞ!

どうにかさせろよ馬鹿野郎!これじゃどうにもなんねえじゃねーか!


コンソールに突っ伏した俺の背後から「スズキ」呼びかける声に俺は振り向く。

たたずむ切れ長の瞳の彼女に力なく笑いかけた。「・・・ごめん」

「リストアにかかる時間を見落としてた。こんなにかかっちまうなんて。

・・・終わりだ。あれこれあがいたけど、もう打てる手が・・・ない。

AI無しではリアクターを始動できない。リアクター無しでは艦を動かせない。

艦を動かせなきゃあの小惑星を回避できない。衝突する」


チュンがまっすぐ俺を見ている。「スズキ」俺はうつむいた。彼女を直視できない。

「俺の・・・判断ミスだ。電気クラゲとやりあった時、他に手はあったはずなのに・・・君を巻き込んでしまった。本当にすまな・・・」「スズキっ!」

その瞬間俺の首は1回転回る勢いで揺さぶられた。

チュンがフルスイングのビンタを放ったからだ。

呆然とする俺に彼女は言った。「あきらめるな!」

爛々と燃える切れ長の瞳が俺を見据えている。


「まだ死んでない! 私たち生きてる! 諦めるのは 死んでからにしろ!」

「それ無茶ァ!しかも因果が逆ぅ!」頬を押えた俺は涙目で反論する。

「スズキは どんな困難だって乗り越えてきた 今度も絶対やれる!」チュン

「その根拠レスなアゲ止めてください!ていうかさぁ!」俺は言い返した。

もう我慢の限界だ。「その暴力必要?DVって言わないそういうの?

ビクトリー号の時もだけどだいたい君は・・・」そこで言葉を絶った。


・・・引っかかっている。

・・・何かが心の奥から出てこようとしている。・・・ええと

・・・ビクトリー号・・・ビクトリー号・・・電気宇宙ドククラゲ

あの時あそこで、 何 を し た ?


俺は叫んだ。「・・・そうだ・・・そうだよ!ビクトリー号!ビクトリー号だ!」

チュンが慌てる。「スズキしっかりしろ酸欠か? ボンベ吸うか?」

「ああ酸欠だ。やっぱ俺頭ボケてた。」

「何言ってる?」

「思い出したんだ。ビクトリー号で俺たちがどうやって奴を倒したか」

「”スズキが” ”私の” ビクトリー号吹っ飛ばした」チュンはわざわざ強調した。

「どうやって?」俺の問いに

「それは・・・あ!」彼女も気づいたようだ。

「ビクトリー号も今と同じようにリアクターと電力が消えてた。だから」

「”万一の時のために少し積まれている化学反応燃料”を使ったんだ」


当然このストライク号にも万一の時のために化学反応燃料が少し積まれている。


「今が万一の時だ。昔ながらのロケット噴射で艦の軌道を変える。

それで小惑星を回避する!」





衝突まで、あと10分以下。





つづく


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