宇宙戦艦ストライク号の逃走


船外鏡の視界にドローン魚雷の推進炎が映る。黄緑色の燐光を振りまきながら追ってくるクラゲを目指して光の矢のようにまっすぐ進んでゆく。俺鈴木は心の中でカウントした。・・・5,4,今だ!


空間が歪むほどの爆発が拡がった。暗闇の宇宙空間を塗り替える程の輝きと共に。船外鏡を握る手が汗ばむ・・・やったか?だが目に映ったのは、無情にも不気味にのたうつ触手とそれをぶらさげるキモイ傘・・・やってない。2番魚雷の爆破が早すぎた。爆発は起こったが距離が遠すぎてクラゲ本体を巻き込むほどの規模には至らなかったようだ。もっと引き付けないと!


黄緑色の燐光が光る触手群がうねり裏側にキモいひだひだが付いた傘が開いたり閉じたりしている。くそっ、なんかせせら笑われているようで腹が立つ。だったら今度は2発ぶち込んでやる!俺は叫んだ。

「E子!3番4番魚雷装填! 3番は4秒、4番は6秒後に爆破設定!」爆破のタイミングをずらした。時間差攻撃だ。今度はかわせまい!。「設定了解!」「撃て!」


光の矢と化した2基のドローン魚雷がクラゲ目指して飛んでゆく。奴は電子機器を狂わせる。魚雷を命中させても触手に絡め捕られれば中の電子機器はダウン、起爆不能になってしまう。そうさせないためには捕まる直前に魚雷を爆破、その爆風に巻き込むしかない。さっきは遠かったが・・・今度は引き付けて・・・5,4,

・・・なっ!なにっ!?

それまで一定速度だったクラゲがその傘を大きく広げると中の溶岩色のグネグネから

ピンク色の光が溢れ、ひだひだから吐き出されて・・・ 加 速 し た だ と ?


3番魚雷がクラゲの傘部分に当って弾むのが見える。まだカウント3秒前、爆発は起こらない。すかさず触手に絡めとられ、3番魚雷は不発弾になってしまった。

まだだ!まだ4番魚雷が残っている!間に合え!・・・だがしかし!遅く爆発するようセットした4番魚雷は逆に奴のはるか彼方で見当違いの爆炎を上げてしまっていた。・・・こっちは起爆が遅すぎた。


失敗した。あの野郎、2番魚雷の攻撃でこっちが時間で爆破してくるのを見抜いたというのか?勘の鋭いやつだ、クラゲのくせに。


消沈のあまり舌打ちして天を仰いだ俺から船外鏡をひったくって敵を覗きこんだチュンがいぶかしげに聞いてくる「スズキ!見たか?今の」

いや船外鏡は一つしかないんだから君が持ってるなら俺が見れるわけないでしょうというツッコミを飲み込んで、

「魚雷を外したとこなら、見たよ」俺は力なく答える。チュンは首を振った。

「そこじゃない。爆発した後!」

「爆風で吹き飛ばせなかったのも、見たよ」俺

「違うって!その後!あいつ触手で爆風を巻き込んだ。 吸 収 するみたいに!ほら!」


「なんだって?」チュンが差し出した船外鏡を俺ものぞき込む。そこに見えたのは・・・もうほとんど消えかかった4番魚雷の爆炎を舐め捕るようにのたくる触手だった。ホントだ。どういう事なんだ?

「・・・私、勘違いしてた」チュンが言った。

「勘違いだって?」俺

「ビクトリー号が捕まった時、こんな風にいきなり追尾されて追いつかれた。」

「うん」

「次に、あの触手に絡みつかれてすべての電子機器がダウンした。」

「うんうん」

「最後に反物質リアクターエンジンの出力がみるみる減って、最後0になった」

「う?ん?・・・それって・・・」

「そう、おかしいんだ」

反物質リアクターエンジンは物質と反物質を突き合せた時に発生する対消滅という現象を利用して莫大なエネルギーを取り出す仕組みだ。対消滅の際反応する物質と反物質の値は等価となるので「物質+反物質=莫大なエネルギー+0」がざっくりとした式になる。そして対消滅は極めてデリケートな現象で、お互いの存在のバランスを取りつつ慎重に進めないと反応が一気に進んで莫大なエネルギーが一気に放出、つまり大爆発を起こしてしまう。防ぐ為にはきめ細かなコンピュータ制御が欠かせない。先に電源喪失でAIがダウンしたってことは、制御不能になったリアクターが暴走し莫大なエネルギーが一挙に吐き出されたはずなのに・・・いったいどこへ消えた??


「・・・あいつが吸い取った」チュンはつぶやいた。

「電気系統がダウンしたのは艦をマヒさせるため。でも同時に反物質リアクターも吸い取られてた。だから電源を失っても暴走爆発しなかったんだ。」


「あいつの食い物は電気だけじゃない。艦のエネルギーそのものだ。

エ ネ ル ギ ー を 養 分 と し て 吸 い 取 る 生 命 体 なんだ!」


俺の脳裏に”獲物をとらえたクモ”の絵面が浮かぶ。麻酔針を打ち込みマヒさせてから時間をかけて体液を吸い取る、その絵が。だが同時に疑問も浮かぶ。俺は言った。

「待ってくれ。それならビクトリー号自爆のエネルギーはどうして吸収されなかったんだろう?俺は化学燃料と酸素を爆発させて奴を細切れにしてやったんだよ?」

「わからないか?スズキ。程度の問題、さじ加減」チュン

「程度?」

「寒い時、私たちは焚火で温まる。だけど焚火そのものには触れられないじゃないか。奴も同じ。ゆっくり時間をかけてエネルギーを吸い取ることは出来ても、相転移の急激な変化には対応できないんだ」


俺は納得した。「なるほど。俺もワンタンメンが好きだが、出来たてを一気食いは無理だ。口の中大火傷しちまう。箸やレンゲを使ってゆっくり食べる。それと同じという事だな!」「待てスズキ。その例え意味不明。だいたいワンタンメンてなんだ?

あんなの食べ物じゃない!」チュンが真顔で言うので、「は?何言ってんのお前?ワンタンメンこそ至高だろ。ワンタンとラーメンが同時に食える。この世界にあれほどお得感と満足感の高いメニューないだろ!」俺も真顔になる。「それがおかしい。なぜ炭水化物を重ねて食べる?スシのネタにご飯が乗ってたら異常だろ?雲吞なら雲吞、湯麵なら湯麵、分けて食べるべき!」「炭水化物のかぶりは美味いんだよ!ラーメンライスとか、餃子ライスとか!俺はそれを食って今日まで生きてきた!俺の身体と人生の1/4ははカワサキ好来軒のメニューでできているんだ!」「餃子にごはん?マジありえない!スズキホントに人間か?」


「い~かげんにしゃがれ人間ども!!集中ってんだろ!敵は目の前だ~っ!!」

E子がブチ切れた。けだしもっともだ。





船外鏡の向こうには、どんどん接近する奴の姿がはっきり見える。うねうねと動く触手に赤黒い溶岩みたいな内臓?が蠢く傘部分。見た目は地球のクラゲそっくりだが、その生態は全然違う。遥か彼方の太陽の光はここには届かない。真空の宇宙空間しかないこの海王星宙域で、やつはエネルギーを発する物体を感知すると捕獲して消化吸収するという生き方を選んだ。獲物の少ない深海で深海魚がしつこく餌を探すように、その貪欲さは底なしだ。移動速度も衰える気配がない。追いつかれるのは時間の問題だろう。どうしよう?判断は一人艦長の仕事だが・・・こいつは参った。

ん・・・一人?


いるじゃないかここにはもう一人の”艦長”が。俺は口を開いた。

「チュン中尉、意見を聞きたいんだけど」腕組みをした黒髪の短髪がこちらをじろりと振り向いた「ストライク号の艦長はスズキ中尉!スズキが判断する!」

「君だって中尉で艦長だろ」

「いつも一方的に事を運ぶくせにこんな時だけズルくないか」

「君にはあいつと戦った経験がある。助言くらいくれてもよくない?」

少しの沈黙の後、彼女は

「・・・・・・私は、最初逃げようとした。もちろん戦闘域の最大加速で。でも掴まってしまった。ストライク号も逃げ切る事は難しいと思う。」


「もし捕まったら?」

「ストライク号の電気系統は全てマヒする。同時に反物質リアクターのエネルギーも吸い取られて航行不能になる。もう別の艦はない。この付近には友軍艦もいない。つまりそうなったら私達には死しかない。」チュンは残酷かつ適切な予想を言った。

「なら戦うか?」

「残りのドローン魚雷は?」

「4発撃ったから、残り2発」アース級とかもっとでかい艦ならペイロードに大量の魚雷を積み込めるが、あいにくこちとらムーン級の潜空突撃艦。搭載魚雷は6発しかないんだ。

「あいつを倒すには触手に絡みつかれる前に、吸収が間に合わないほどの大火力で焼き尽くすことが必要。さっきのスズキの攻撃は適切だった」

「外したけどな」

「それは間合いが遠かったから。でもベストなタイミングを探るためにドローン魚雷を無駄打ちする余裕はもうない」

「・・・・・・・」

俺たちは黙った。手詰まりの八方塞がりだ。その時!



「接近警報♥会敵まであと45秒~」

E子がキャピキャピ声で言う。

ヤバイ!クラゲがストライク号に追いつこうとしている!極限やばい!。

俺は決断した。


「逃げる」

「スズキ!話聞いてたか?逃げ切れないぞ!」振り向いた切れ長の目が丸くなる。

「わかってるよ。それでもここは逃げの一手だ。全力で奴を捲いてベース893へ向かう」

「だから!どうやって?」俺は答えずE子に指示を出した。

「E子、エンジン出力上げ!俺たちに多少ダメージ入っても構わん!方位0-3で最大加速!」「了解♪戦闘域で最大加速!みんなの無事と健康を祈ってるよっ♡」陽気なE子の返事と共に俺たちの体は見えない巨大なハエたたきで座席に押し付けられた!んがっ!見えてはいないがストライク号の推進ノズルからは彗星の尾のような光の束が噴出しているに違いない。その加速に押されて艦は中の乗員をぺしゃんこ寸前にしながらぶっ飛び中というわけだ。目玉が脳に食い込み、舌が胃にめり込みそうだ。

きっつ~!だが気絶するわけにはいかない!。次の指示を出さなくては!。

肺に空気が入ってるのを確かめながら俺はうめいた。「い、いーこ、ごば んぎょ らい  そうて ん ・・・ほうい いちぜろ・・・よん」

「了解!5番魚雷装填!方位10-4!」


ペイロードからドローン魚雷5番が発射体制に入る。目の前で子猫のように体を丸め俺の胸にめり込みそうにになってるチュンが息も絶え絶えに叫んだ。

「方位10-4 ?何・・・考え・・・てるスズキ!それ・・・方向が明後日!全然・・・違う!奴・・・は真後」「わ・・・かってる!君・・・は奴を見張れ!E子!ご・・・5秒後に魚雷・・・発射!同時にリアクターエンジンをき・・・切れ!

 完 全 停 止 だ!」「了解♥5秒後に魚雷発射♪リアクター完全停止!

確認するよっ 完全停止は出力ゼロだよ?すぐには再起動できないよ?

 いいんだねっ?」「いい!・・・や、やれ!」

数秒後、ドローン魚雷が発射され、ストライク号のリアクターエンジンは完全停止した。推進炎を上げた5番魚雷と、逆にノズルから光が消えた艦は互いにYの字型に枝分かれした軌道をすっ飛んでゆく。「スズキ、まさか、これって」加速から解放されたチュンが息を切らしながら振り向いた。


「しつこい野良犬には、肉を投げてやるのさ」俺も額の汗をぬぐいながら答えた。


「リアクターを停止すればストライク号の見掛け上のエネルギーは0に近くなる。

エネルギーを探してるあいつからは見えなくなるだろう。艦を見失えばドローン魚雷の推進炎の方にむかうはずだ!さっきの加速で十分な勢いがついてるから、後は慣性航行で飛び続けられる!チュン!奴の様子はどうだ?」

・・・頼む、これで諦めてくれ、魚雷の炎につられて、どっかいっちまえ!


彼女はしばらく黙っていた「・・・・・・魚雷の方を探してる触手もある・・・けど!」船外鏡を握り締める細い指が白くなる「だめ!!ほとんどはこっちを向いてる!クラゲ本体のコースは変わってない!」


・・・ダメか「ったくひっかかれよバカヤロー、クラゲの分際で疑り深すぎない?」歯ぎしりする俺にチュンが言ってきた。「スズキ」

「あいつが諦めないのは、この艦にまだ電気エネルギーが残っているから。それがあいつを誘い続けてる。”死んだふり”でやり過ごすなら”徹底”しないと・・・ごまかせない」どうやら同じ結論に達したようだ、彼女も。俺は力なく苦笑いする「それってつまり、 ほ ん と に 死 ね ってことだぜ?」チュンは何も言わずに船外鏡をのぞき込んだ。彼女も一人艦長だ。わかっているのだろう。これから俺がやろうとしてることが、 ど れ だ け や ば い 事 態 を引き起こすかを。


だが他に選択肢はない。今を生き延びるためには・・・これをやるしかない!。

ドローン魚雷はあと1機、ラストチャンスだ。その時!


「きゃほー接近警報!接敵まであと8秒だよ~ん!」E子のテンションはMAXだ。最悪って事だ。宇宙電気毒クラゲはどんどん近づいてくる!ストライク号のリアクターは停止した。もう加速はもちろん方向転換もできない!迷ってる暇はない!俺は叫んだ!

「E子!6番魚雷装填!方位02-01で発射!爆破の必要はない!燃料の続く限り飛ばし続けろ!」「了解!6番魚雷装填、方位02-01、起爆ロック!進め~♪」

ペイロードから最後の魚雷が放出され推進炎が点火される。


そして俺は艦の中枢、ストライク号のすべてを制御するAIに話しかけた。「E子」

「はいはい♡なにかな?」

タンポポ頭のキャラクターがにっこにこの笑顔で画面の隅から顔を出す。

「ごめんな」


言うや俺は主制御室配電盤のカバーを開け、”主電源”というプレートがついている、黄と黒の縞々で幾重にも”注意”と書かれたレバーを引き下げた。

次の瞬間、主制御室は静寂に包まれ、すべてが闇に沈んだ。


暗闇に眼が慣れるのを待たずに俺は、

「チュン、奴はどうした?餌に食いついたか?」目の前で船外鏡に噛り付く彼女に話しかけた・・・返事はない。「チュン中尉!」俺はもう一度強く呼びかけた。冷静な声が返ってくる。「・・・6番魚雷の推進炎を確認。方位02へ飛行中。そして・・・その後ろに・・・・・・いた!あいつだ!」声が明るくなった!

「魚雷の炎を追いかけてる・・・どんどん離れていくよ!成功だ!」


勝った。


制御室内に安堵の空気が満ちていく。俺達は強敵”宇宙電気毒クラゲ”をストライク号を破壊することなく撃退する事に成功したんだ。


だが同時に、制御室内には絶望の空気も湧き出てきている。なぜなら今、俺はストライク号を破壊したも同然の行為をしてしまったからだ。動力源と主電源を同時に失う非常事態を自ら引き起こしてしまったからだ。


照明も、

通信機器も

コンピューターも、

機関制御も、

航行システムも、

火器管制も・・・そして、


 生 命 維 持 機 能 も。


艦のすべては沈黙した。


リアクターの炎を失い、加えて電力も失ったムーン級潜空突撃艦は、今や制御不能の合金の塊と化し、与えられた慣性の勢いに押し流されるまま漆黒の宇宙を猛スピードで進んでゆく。




破滅の運命をどうすることもできない2人の乗員を乗せて。








つづく











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