宇宙戦艦ストライク号の邂逅


「WARNING」モニタ上の赤い文字がせわしなく明滅する。脅すように。俺は黙ってコンソール上のキーをいくつか押す。明滅は収まるが、警告は片隅に残ったままだ。主画面を呼び出しAIに呼びかける。

「E子、状況説明」のんきな声が返ってくる。「E子からお知らせ~♪」

(・・・やばそうだ)俺は思った。何でもない時は事務的でまじめなくせに、

危険な時ほどチャラい態度になる。緊張をほぐすとかなんとか・・・

E子なりの気遣いだそうだ。

「進路後方から障害物!」

「後方?前方でも側方でもなくて?」

「そう!」

・・・なんだ、脅かしやがって。イレギュラーな礫岩じゃねえか。

「どっちにしろ通り過ぎたなら気にしなくていい。警報消せ」

俺がコンソール上の”取り消し”ボタンを押そうとした時、

「だめ!」E子が叫んだ。「通り過ぎたけど・・・

 距 離 が 変 化 し て い な い ! 」

 距離が?それって・・・つまり、


「追いかけてくる!当該障害物は本艦をまっすぐ追尾中!」


石ころは誰かを追い回したりしない。自然現象じゃない。

何か意思を持った何かってことだ。躊躇は時間の無駄遣い、

訓練を思い出せ、考える前に行動しろ。それが宇宙戦艦乗りの掟。

ええと”所属不明艦接近時の対応”は・・・俺は口を開く。

「探査パルスで敵を探れ。ついでに識別信号で警告。

この辺の友軍艦って誰かいたか?」

「な~し!唯一いたのは”ビクトリー号”」ああそれは先日お釈迦に

してしまいました。じゃあ・・・”地球の存在”ではなさそうだ。


探査パルスのデータがモニタに映し出される。いわゆる「レーダー」みたいなもん。ストライク号の位置を示す中心、その後方に赤い点が映し出される。こいつか。


「エンジン出力上げ、敵の速度に合わせろ。逃げ切ろうなんて思うな。

つかず離れずの状態を保つんだ。画像はまだか」「今生成中♪」

当然だが宇宙は真っ暗だ。よほど近づかなければ肉眼で目視なんてできない。

だから探査パルスの反射から画像を復元生成する。闇の中の物体をほぼ見た目通りに再現してくれるが・・・いってみればCG画像なので仕上がるまでに

時間がかかっちまうのが玉に瑕だ。レーダー画面に目を戻すと、

ん?さっきよりも赤い点が中心部に寄ってないか?。

「おいE子なにやってる!距離詰められてんぞ!つかず離れずと言っただろ!

加速だ!」俺が怒鳴ると「すでに通常加速域では上限で~す♪」

陽気なE子の返事・・・嘘だろオイ。

通常域とはいえ反物質リアクターエンジンの最大加速に追いつくだって?

その時「スズキ!」足元から鋭い声がした。切れ長の目が俺を睨みつけている。


「同じ、あの時と、ビクトリー号が捕まった時と、同じ!」

チュン・チュンチュン中尉が唇を噛んでいる。

「あいつが来た。宇宙電気毒クラゲが!」

宇宙電気毒クラゲ・・・もちろん仮の名称だが、他に言いようがない

巨大生物。宇宙戦艦ビクトリー号を船ごと絡めとって

コンピュータを始めとした艦の電子装備をすべてダウンさせてしまった怪物。

だが奴は俺たちが「何言ってる、あいつはビクトリー号と共に爆破・・・」

反論する俺の言葉を「スズキ!」チュンは遮った。


「どうして、 一 匹 し か い な い と 思 っ た ? 」


赤い点は更に近づいている。



俺は深呼吸を一度すると、E子に指示を出した。

「モード切替。戦闘準備」「了解♪ストライク号 戦闘域へ移行!」


耳に聞こえてくる唸り音と体に伝わってくる振動が艦内の隔壁が閉じていることを伝えてくる。通常照明は消え、残ったオレンジ色の光が狭い制御室を緊張感と共に満たしたのを確認すると、俺は座席の両脇からシートベルトを引っ張り出して体を固定した。”戦闘域”ではエンジンの出力がとんでもなく跳ね上がる。通常以上の鋭い加減速が可能になるんだ。ただし、その状態は中の人間にはキツイ。かなりキツイ。どれくらいかというと”弁当箱に詰めた豆腐が壁に叩きつけられる”くらいキツイ。ここは宇宙空間だがニュートン先生が見出した物体の運動法則からは逃げられないって事だ。したがって体をしっかり固定しなきゃならな・・・そこで思い出した。


この艦には人間1人分の設備しかなく、だが今 こ こ に は 2 人 い るって事を。


制御室の下から、宇宙生活者らしい短髪の黒髪にウェストがキュッと締まった上下のツナギが俺を見上げている。作り笑いのような笑顔を、チュンは浮かべた。

「だ、大丈夫!配管に掴まるし、何ならロープで縛りつけても」

俺は首を振った。「君だって”一人艦長”だ。戦闘域の加減速がそんなんじゃどうにもならないことぐらい知ってるだろ」そして決めた。躊躇は時間の無駄遣いだ。

俺は彼女に手を差し出した。


「来てくれ。席は一つ、ベルトも一組だが、二人で座ろう」


座席のクッションが膨らむ。衝撃吸収用に与圧がかかる仕組みなんだ。

俺は腰をうずめ、その上にチュンが座った。シートベルトを限界まで伸ばして

ロックする。制限幅ぎりぎりだったがなんとか二人の人間を座席に固定できた。



し、しかし・・・目の前に彼女がいるのでモニタ画面がみづらい・・・コンソールに手を延ばそうとすると・・・その・・・彼女の思いのほか質量がある胸に触りそうになってしまう。ていうかこの状態は・・・すかさず俺に跨った状態のチュンがじろりと振り返る「おいスズキ、ヘンな事したら殴るからな!フルスイングで!」な!

なにを言い出すんだコイツ!だが俺の口からついて出た言葉は「へえ、

そりゃ困ったな。俺今度セクハラで処分されたら7回目だよ。降格じゃすまないな」

嘘だ。大嘘だ。28という年の割にはウブなこの俺鈴木は、そもそもここ迄若い女性と密着したことなんかないんだ!なんだよこのしょうもない見え張りは!バカかバカなのか俺?だが彼女は本気にしたようで、みるみる怒りと軽蔑を凝縮したような表情が広がる。「最っ低!ベルト離せ!叩きつけられて死んだ方がマシ!」

「ウソウソ冗談だって!うぁ痛っ!」振り上げた彼女の後頭部が俺の鼻先を直撃したのだ。とほほ、涙出そう・・・「こら~~人間ども!遊んでんじゃね~!集中しろ!マジメにやれ!」E子がブチ切れた。さもありなんだ。



レーダー上の赤い点はさらに近づいて中心に重なりつつあった。



「E子、画像はまだか」俺

「出来てるよ~♪けど」E子

「けど?」

「・・・たぶん、目視できる」チュンが言った。恐怖を思い出したような声で。

「目視?嘘だろ?外は真っ暗」俺

「信じないならその眼で見てみろ」チュン

「E子、船外鏡」目の前に取っ手付きの除きメガネのようなものが降りてくる。

光学画像、いわゆる外を見る仕掛け「船外鏡」だ。微小なレンズをいくつも並べた

光ファイバーで、船外に繋がっている。潜水艦の潜望鏡のようなものを想像してもらえれば一番近い。・・・なに?ガラス窓とから見ればいいだろうって?

何を言ってるんだ君たちは?昔のSFアニメの見過ぎじゃないのか?

確かに大昔の映画には艦橋をガラス張りにした上「ここ狙ってください」と言わんばかりに表に晒すデザインの宇宙戦艦がバカ受けだったと聞くが・・・現実はこうだ。

ここ潜空突撃艦ストライク号の主制御室は艦の中心、装甲版を幾重にも重ねた奥の奥の奥~のど真ん中にある。のぞき窓はおろか、外の宇宙空間に出るためには、隔壁をいくつも開け閉めしなきゃならない。これは戦闘時の防御性の向上のためだけでなく、平時における宇宙線(有害な放射線の事)から乗員を保護するという目的も兼ねているんだ。そんなわけで表の景色を見るためにはこういう除き穴を通すしかないのさ・・・俺は船外鏡に顔を当ててレンズの焦点を艦の後ろに合わせる。そこに見たのは・・・


宇宙電気毒クラゲ。奴の姿だった。いや正確には 奴 以 上 の 大 物 だ 。


ビクトリー号を襲った奴とは違う。拡げられた触手は先端から黄緑色の燐光を放っている。メタリックな質感に見えた傘状の胴体は、その中心が真っ赤に燃える溶鉱炉のよう、中に何かドロドロしたものがうねっているのが透けて見える。くそキモい。

そして 移 動 し て い る ?! 。どうやって?ここは真っ暗で深海に近い雰囲気だが、断じて水中などではない。大気中でもない。何もない真空の宇宙空間なんだぞ!飛んだり泳いだりできるはずないだろう!だが奴は先端が黄緑色に光るその触手をうねらせてどんどん近づいてくる。あの燐光が推進力を生んでいるというのか?どんな理屈だよ?一瞬呆然自失したオレを「起きろスズキ!機会損失は勝機損失!」チュンが怒鳴って我に返らせてくれた。おうそのとおりだ。ありがとよ。


「E子、奴が追い付くまであとどれくらいだ?」俺は船外鏡をのぞき込んだまま聞いた。「戦闘域の加速なら3分はイケる!それ以上はエンジンと君たちの身体がダウンする可能性極大!」「じゃあ1分間加速。奴を引き離せ!」「了解!」途端に体が座席にめり込むほどのGがかかる。ぐっ、これは、キツイ。チュンの体重もかかるから2倍だ。俺の骨は耐えられんだろうか・・・だがこれなら奴も追いつけまい。スーパーカーのバックミラーに映る軽トラのように芥子粒になった筈・・・だがしかし!船外鏡を視界に入ってきたのはうねうねとのたくる触手!ぴったりとついてきやがる!。その上その大きさも芥子粒どころかでかくなったように見えるだと?

くそ、この速度でも振り切れないってか!。だったら!


「E子!2番魚雷装填!方位6-8!」その時俺の前で歯を食いしばっていたチュンが割り込んだ「スズキ!それ駄目!・・・き、効かない!忘れたか?」ああそうだった。こないだの戦いの時に放ったドローン魚雷1番は奴の触手に命中した瞬間電子機器がマヒして”不発弾”になってしまったんだ。・・・となりゃあ・・・俺は叫んだ。


「魚雷設定変更!目標到達の3秒手前で爆発するよう修正!」奴に触れられる直前に爆破してその爆風で焼き払ってやる!。「修正了解!」船体からかすかに振動が伝わってくる。ドローン魚雷がペイロードから射出されたのだ。俺は船外鏡越しに

宇宙電気毒クラゲを睨みつけた。野郎今度こそ!


「撃て!」


「了解!2番魚雷、進め~♪」








つづく

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