宇宙戦艦ストライク号の回想


薄緑色のモニター画面が「CAUTION」の文字と共に点滅する。

警報ではない。それなら「WARNING」で真っ赤になってるはずだから。

せいぜい”注意せよ”くらいの勧告だが・・・いったい何だ?


いつもはチャラいAIのE子が事務的にマジ声で言ってくる。

「進行航路上に重力の乱れを観測。秒あたりプラス0.08アイン」

なんだ。”潮の流れ”が変わっただけか。俺も事務的にマジ声で答える。

「エンジン出力調整。0.5%プラス。進路そのまま。自動修正に任せる」別に緊張しているわけじゃない。仕事だからだ。ひとり艦長の。定められたマニュアルに沿って、訓練通り淡々と実行する。太古の昔より軍人の振る舞いなんてそんなもんだ。2222年でもそれは変わらない。


今ストライク号が出くわした状況は”重力の変化”。宇宙戦艦が進む宇宙は当然ながら”真空”だ。そこには空気も水もない。だから飛行機のように乱気流に煽られることはないし、船のように渦潮に巻かれることもない。その代わり宇宙に浮かぶ星々ー恒星、惑星、小惑星、彗星ーが持つ重力の影響を常にもろに受ける。太陽系の惑星は太陽を中心に公転しているため、その変化に合わせて艦の舵取りやエンジンの具合を調整していく必要があるってわけ。これが”巡航速度”のルーチンだ。


もっとも、やることといえば航行プログラムのパラメータをほんのわずか変更するだけなので、ストライク号の船体からはなんの変化も感じられない。加速感とか振動とかそういうのもない。そもそも戦闘時でもない限り壁や椅子に押し付けられるほどの急加減速なんてやらないもんだ。日頃いちいちそんなんやってたら壊れちゃうだろ艦が。結構デリケートな代物なんだぞコレ。


 目には見えない重力の大波小波をサーフィンのように乗ったり越えたりしながら地球統合軍ムーン級潜空突撃艦は「ベース893」を目指して漆黒の宇宙を進んでいく。現在宙域は海王星。地球の軌道基地を出港して260日。いつもと変わらない日常。俺は艦長。鈴木中尉。


 この俺がなんでこんなところでこんなことをしているか?

はしょってもいいが、せっかくだから順を追って話してみるか。

ちと長いが、まあ聞いてくれ。


 話は200年ほど遡る。今どきの子供なら基礎教育の歴史で習う範囲だ。


 200年前つーと・・・今は西暦2222年だから・・・2022年くらいかな。

当時世界はまだ国家間のゴタゴタを卒業していなかった。アメリカ、中国、ロシア、ユーロ。そして日本。いろんな国が自国の権益や面子を賭け、時に議論を、時に武力をぶつけ合っていたんだ。


 その一方で人類全体としての宇宙への進出は行き詰ってもいた。

止まらない温暖化による気候変動。誰もが地球に限界を感じ、宇宙に希望を見出そうとしていたが、実際やれたのは衛星軌道上に実験ステーションを作ったくらい。それすら老朽化が進み新造の目途は立たず、火星移住どころか月面基地さえ実現できていないありさまだったんだ。


映画やアニメは”異世界ファンタジー”や”サイバー空間”が主流になり、誰もが「宇宙?何の役に立つの?どうせ行けやしないんだし」と星の海への憧れを捨ててしまっている。そんな世の中だったという。


  しかし2036年、文字通り世界を震撼させる事件があった。


”シェーダー”。


 最初に異変に気付いたのは地球各地の農家だった。

「水も土も問題ないのに作物が上手く育たない」

次に気象台が「地球全体の気温が急激に下がっている」との調査結果を発表した。すわ氷河期か?温暖化の影響か?だがそれにしては変化が急すぎた。そしてさらなる調査研究が行われ、 最終的に科学者たちは気温低下の原因が「太陽からもたらされるエネルギーの減少」にあると結論づけた。 つまり


 ” 日 差 し が 弱 く な っ て い る ”と。


太陽の急激な衰弱化。この戦慄する現象は世界をパニックに陥れた。


  「敵国による環境攻撃を目的とした気象テロ。許しがたい!」

 「単に太陽黒点が拡がり氷河期周期が訪れただけ。正しく恐れましょう!」

 「驕る人類への天罰。神に許しを請い、祈るのです!」


様々な憶測が飛び交った。が、調査のため太陽と地球の間に送り込まれた

探査機が伝えてきた事実は・・・そのどれでもなかった。


  珪藻。


 原始的な植物性プランクトン。川や海に当たり前にあるあのヌルヌルが

信じ難いことに極限環境下の宇宙空間で成育繁茂していたのだった。

彗星が吐き出したと思われる氷の粒上に生え、大気がない真空にも関わらず太陽光を受け光合成で増えていく。それらが広大な膜となって地球の周りに広がり、サングラスの様に太陽から地球へ向かう光の量を減衰させていたのだ。


 ”シェーダー”と名付けられたこの藻膜を取り除かなければ、降り注ぐ太陽光は弱まり、カロリーを失った地球はいずれ冷え切って滅んでしまうだろう。核攻撃による焼滅作戦を始め、様々な手段が講じられた。が、増え続けるシェーダーを止めることは出来ず、地球はどんどん暗く冷えて行った。


 誰もが諦め絶望した2039年。奇跡が起きた。それまでどうやっても減る事の無かったシェーダーがなぜか急激にその量を減少させ、ついには消滅してしまったのだ。いったいなぜ?原因は?


 「敵エイリアンがやったのだ。これはそもそもエイリアンの侵略作戦の一環だったのだ!許しがたい!」

 「太陽の活動が変化して、珪藻が貼り付いていた氷の粒を蒸発させた。水分を失えば植物は枯れる。科学的には当然です!正しく恐れましょう!」

 「神が許しがたもうてシェーダーを取り除いてくれました。人類は許されたのです!。神の恩赦に感謝を!」


 様々な憶測が飛び交ったが、探査機が伝えて来たデータはまたしても

驚くべきものだった。


「珪藻は自然消滅したのではなく、何か他の”生物”に捕食され絶滅したと思われる」


食べ尽くされたというのだ。アユが岩藻を齧るように、オキアミがクジラに呑まれるように。何か別のそれも宇宙空間で活動できる生物がシェーダーを食べてしまった、と。


当時シェーダー対策の指揮をとった国際地球保護機関ガイアキーパー代表のシンドウ マサル氏は後の回顧録でこう語っている。


 「それは、有史以来続いてきた不動のはずの真理の大転換でした。

宇宙における珪藻の繁茂とそれを食べた何者かの存在は、

”水と大気のある惑星上でしか生命は存在し得ない”という常識を根底から覆したのです。そして同時に”宇宙空間にも生態系はある”という可能性をも示唆しました。地球もまたその宇宙生態系に組み込まれており、その影響を避けることは出来ない、と。あのシェーダー事件はこの事実を明確に示してくれたのです。我々は一刻も早く、外宇宙についてより深く正確に知らねばなりません。もはや地球上の国家間でゴタゴタしている場合ではなくなったのです!!」


時に西暦2050年。”国家”は消滅し「地球統合政府」が誕生する。


同時に外宇宙探査を目的とした宇宙開発も急ピッチで進められた。

特に反物質リアクターエンジンの実用化成功は、従来の宇宙船を”大地から離れるためだけのロケット花火”から”宇宙を移動する乗り物”に変容させる。航続距離は飛躍的に伸び、積載できる荷の量も倍増した。月面には地球比1/6の重力を生かした宇宙造船所が軒を連ね、多くの外宇宙探査船が建造される。製造に伴う雇用の増加は世界に好景気をもたらし、その期間は”幸福の5年”として経済史に記録された。



2057年、火星を目標とした最初の有人外宇宙探査、通称”火星チャレンジ”が行われた。火星と地球の距離が最も近くなる時期を見計らい、「ホープスター号」と名付けられたその船は、3人のクルーを乗せ火星を目指し軌道基地より出航した。しかし地球から4000万キロ、ちょうど火星までの中間地点で反物質リアクターエンジンがトラブルを起こし、船は遭難してしまった。幸い、事前に航路上に浮かべておいた補給物資とランデブーできたことで宇宙船は修理に成功するが、探検の続行は困難と判断され航行は中止。ホープスター号は地球へ緊急帰還する。この事故は人類に宇宙航行の難しさと、避難所としての”ベース”の重要性を知る教訓として刻まれることになった


かくして人類の外宇宙への旅は、まず身近な宇宙に万一の際の避難所そして定期的な物資補給地点としての”ベース”を多数設置することであるとの目標が新たに示された。エベレストを登る登山者にベースキャンプがあるように、火星までの航路上にベース1、ベース2、ベース3が設置され、そこにはクルーが10年暮らせるほどの生命維持資源と新たに船が一隻建造できるほどの資材と反物質燃料が常備備蓄されることとなる。


2060年、再び火星への有人探査に挑んだ「ホープスターII号」は2年の時を経て火星に到達。


2063年、人類はオリンポス山の頂上にその足跡を記したのだった。


有人火星探査の成功は、人類にふたたび自信と、そしてかつて抱いていた宇宙への憧憬を取り戻させた。子供たちの「将来なりたい職業は?」の答えは「宇宙船のパイロット!」が定番となり、映画やアニメには”宇宙SFもの”が倍増した。中でも人気だったのは”シェーダー危機”を扱ったストーリーで、各映画賞を総なめした「ガイアキーパー」などは全9部作+配信ドラマ化されるほどの人気だったという。


”シェーダーもの”が人気だったのは、ドラマチックな展開だけでなく、そのミステリアスな結末にあった。


「なぜシェーダーは発生したのか?」

「シェーダーを食らいつくした”いきもの”は何だったなのか?」


現実に残されたこの謎に答えを出そうと、世界中のクリエイターが想像力をフル回転させて様々なストーリーを生み出した。”エイリアンが地球に襲来する話””いままで神とされていた概念はそのシェーダーを食らう物だった話”等々。


だが、現実に残された謎は・・・やはり謎のままだった。地球を超冷却の危機に陥れた藻膜”シェーダー”はそのほとんどが消滅し、わずかに採取されたサンプルが月面の研究機関で保管されるのみとなっていた。

その宇宙空間でも生育する強靭な生命力は万一地球に持ち込まれる事態になれば生態系を激変させることは確実で、実験のためでさえその培養は固く禁じられていた。

しかし当時本格化していた「火星開拓計画」において困難な課題とされていた

「大気組成の変換と有機土壌の生成にこの珪藻を活用すべし」という主張が、

科学界と経済界から巻き起こった。シェーダー危機がすでにはるか昔の出来事として人々の記憶から遠くなっていたことも後押しし、結局地球統合政府は後者の意見を採用した。


2080年、火星にシェーダーが散布され、大気組成の変換が始まる。

2085年、火星にシェーダーが土着した事が確認され

、研究施設の建設が始まった時、事件は起きた。


火星の植民地が植えられたシェーダーごと消滅したのだ、もちろん研究施設も。スタッフも。跡地に残されたのは巨大なクレーターのみ。だが調査の結果隕石の落下ではないことが判明し、人類は2030年のシェーダー危機を思い出すこととなる。

またしても何者かがシェーダーごとコロニーを消滅させた、と。


この事故は人類にはっきりと「宇宙には生物がいる。それも敵性の何かが」という可能性を知らしめ、同時にその頃には木星を超えようとしていた宇宙探査船の武装化の必要性を議論させる事となった。「シェーダーの起源を探り、太陽系に入ってこようとする何者かに対応しなくてはならない」と。


  幾重にも装甲板を重ねた強固な船殻、

  有事には素早い戦術機動が取れる運動性、

  ドローン魚雷に代表される破壊兵器を備えた、


 宇 宙 戦 艦 の誕生である。


しかし戦闘用に施された重装備は、同時に可能乗員の制限という問題をも生むことになった。海上を進む艦船と違い、宇宙戦艦はその内部に人間を長期にわたって健康に生かし続ける環境を作らねばならない。重力、気圧、温度、湿度、・・・

数々の難題を克服した果てに得られた結論は、「艦は可能な限り少人数で運用することが望ましい」というものだった。艦のシステムを極限まで自動化し、その制御を

AIを駆動するコンピューターに任せる。人間はわずかなオペレーションと状況判断するだけでいい。つまり・・・乗員は一人でいい。


 一 人 艦 長 制 の誕生である。



この頃になると深宇宙探査もその範囲を広げ土星の外までに及び、各宙域に設置されたベースはその数575まで増えていたが、同時に航海期間も指数関数的に伸び、往復3年を超えるケースも出てきていた。それほどの長期航海の一人旅に耐えるには、身体の健康もさることながら、精神の安定性が重要である。よって宇宙戦艦の乗員選抜に当たっては「孤独耐性」の資質がなによりも重視された。


この”孤独に強い”という資質に優れていたのがアジア人、それもニポン地区の人々だった。彼らは100年前の時代から「ひきこもり」という独自の文化を築き、社会性を完全に途絶した状態でも心身に異常をきたすことなく何十年も暮らすことができるという驚くべき特技を持っていたのだ。並の人間ならば寂しさのストレスに耐え切れず

情緒不安定になるか、ひそかに持ち込んだ依存性薬物の犠牲になるところを、彼らニポン人は一人宇宙に放り出されても淡々と業務をこなし、誰とも会話することなく何百日も黙々と航海を続け、散歩から帰ってきたかのように宇宙から地球へしれっと帰還した。他民族にはできない芸当だった。ゆえに宇宙戦艦乗りにはアジア人、それもニポン人が多く採用されるようになったそうな・・・。


・・・で、かく言う俺、鈴木もエリアアジア ニポン地区 カワサキの生まれ育ち。他の連中と同じように20年教育を終えた後、地球統合軍に入隊した。

3年の訓練の後、軌道基地勤務を経てベース補給艦に2年、そして25歳の時、

ムーン級潜空突撃艦ストライク号の艦長として外界面哨戒任務に就くことになったってわけ。


「シェーダーの謎を解け。そして太陽系の外に何がいるか調べてこい」これがすべての宇宙戦艦に課された使命のはずで、先日の「宇宙電気毒クラゲ」はかなり重要な手がかりだと思うんだが・・・あのけんもほろろっぷり。地球統合軍指令本部はいったい何を考えているんだろう?


ま、末端の下っ端が考えてもしょうがねえか。ドラム缶の中のようなストライク号制御室でコードの束を枕にひと眠りしようかと身を預けた時、赤い光の明滅が閉じかけた俺のまぶたをこじ開けた。薄緑色のモニターが「WARNING」の文字とともに明滅している。



警報だった。









つづく













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