宇宙戦艦ストライク号の帰還


「嘘だろ!」


俺、鈴木中尉は絶叫した。悲痛な響きが艦橋内にこだまする。

目の前の薄緑色に光るモニターの画面の隅っこからぴょこんと顔を出したタンポポ頭がにっこにこの笑顔で返してくる。


「E子はいい子!とってもいい子!マジメで誠実!嘘つかない!」

「つけよ!嘘!たまには!俺の絶望の衝撃を少しでも和らげようとか

思わないの?君!」

「最初に真実を知る方が、後で噓とわかるよりもショックは少ないよっ。

コレE子の気遣い、思いやり!」

そりゃまあ確かにそうかもしれないが・・・だが今さっき

自分の目と耳に入って来た情報は、あまりにも過酷残酷冷酷なものだった。

「なんならもっかい再生する?地球統合軍本部からの指令書」

「して。もしかすると聞き違いかもしれないし。」


《地球統合軍司令本部より 潜空突撃艦ストライク号艦長 鈴木中尉へ以下の通り通達する。貴官の報告を本部は真摯に受け止めている。しかしながら主文の要旨である”宇宙戦艦のエネルギーを吸収し電気系統を麻痺させる敵性生命体”についてはいささか懐疑的にならざるを得ない。航行ログの提出及びヴィクトリー号爆破処理の件についてより詳細な調査の続行を命ずる。よって貴官の求める地球への緊急帰還はこれを却下するものとし、ストライク号は速やかにベース893にて補給整備の後、引き続き外界面哨戒任務に当られたし。》


聞きちがいじゃない。・・・・・・くそったれが。要するに「は?宇宙戦艦を絡めとる宇宙怪獣とかアタマ大丈夫か地球に帰りたいとか甘えんじゃねえとっとと飯食って働けボケ」という事だ。ここは地球から数十億キロ離れた海王星宙域。生きた人間を送り込む手間とコストを考えれば生かして帰すより死ぬまでこき使った方が効率がいいってか・・・ブラック軍隊め。


意気消沈の俺は目の前で薄緑色にチカチカ笑う忌々しいモニターに額を打ち付けた。何度も何度も。すかさずモニタ画面の片隅からぴょこんと顔を出したタンポポ頭が怒鳴ってくる。

「こら~!艦内機材は丁寧に使わなきゃダメ!」

「・・・俺のメンタルも丁寧に扱わなきゃダメなんですけど。このストレスはどこに吐き出せばいいんだよ・・・」

「自暴自棄よくない!いつでもポジティブ!なんでも前向き!これがE子のポリシー!」

「ど~でもE子 」

「ムキ~!」そう言って頬を膨らませたE子、この宇宙戦艦を制御するAIは

画面外に消えていった。



ここは宇宙戦艦・・・正確には地球統合軍ムーン級潜空突撃艦ストライク号の主制御室。もっとも”室”と呼ぶには狭すぎる隙間だけど。コックピットといった方がいいかもしれない。直径2mほどの円筒の筒。その内側は計器スイッチモニタパネルキーボードその他いろいろの電子機器と埋め尽くされ、俺はそれらをつないでいるケーブルの隙間に潜り込んでいる。そう、排水管に入り込んだネズミかゴキブリの様にね。航行、通信、戦闘、ストライク号の全てのコントロールはここから俺が管理し俺の判断で出されている・・・なんでかって?乗組員が俺しかいないからさ。俺は鈴木中尉。ストライク号の艦長。乗組員は一人。鈴木一人。はるか昔には”何十何百人もの乗組員を抱え、広々した艦橋でゆったり椅子?に構えて敵エイリアンと交戦する宇宙戦艦”なんつーおとぎ話があったらしい。だが現実はこれだ。行き帰りに年単位の時間がかかる孤独な単身赴任。持ち物は”人間1名を生かしておくだけ”の機材と資源で精いっぱい。航行も戦闘もワンオペレーション。一人店長、一人親方、一人管理職

・・・一人艦長というわけさ。


クソでか溜め息が止められずにコンソールに突っ伏した俺。その時

「スズキ」足元からか細く呼ぶ声がした。見ると宇宙生活者らしい短髪の黒髪に切れ長の目が不安げに俺を見上げている。ああそうだ、今は”彼女”もいたんだっけ。

「私の事は?何か言ってない?」チュン・チュンチュン中尉は唇を噛んで言った。





「やっぱり、艦を潰した責任、問われるのか」伏せられた切れ長の瞳が沈んだ調子で言う。短髪の頭はボーイッシュと言うか中学生?みたいな感じだが、その首から下はめちゃ仕上がってるというか、キュッとしまったウエストがツナギの下に隠されているであろう成熟したボディを想像させて、28という年の割にはウブな この俺鈴木の心をざわつかせるには十分だったりする、そんな女の子がそこにいるのだった。


チュン・チュンチュン中尉。俺と同じく潜空突撃艦ビクトリー号の一人艦長、だった。海王星宙域で外界面哨戒任務についていた彼女は、謎の巨大生物”宇宙電気毒クラゲ”という冗談みたいな怪獣に艦ごと捉えられてしまった。救助を呼ぼうにも通信を始めとした管内の電気設備はすべてダウン。そこにたまたま通りがかったのがストライク号。


ビクトリー号に生存者がいると知った俺は宇宙服を着て艦内に潜入。電気を使わず、艦内に化学燃料をぶちまけタバコで点火。奴を艦ごとこんがり焼きクラゲにしてあげましたとさ、というのが240時間ほど前のお話。


当然この事は地球本部に報告しなくてはならない。俺は今回俺とチュンがとった行動がいかに適切で的確で他にどうしようもなくやむを得ないものであったかを全身全霊全力で切々と記した報告書を作成送信した結果、帰ってきたレスが先ほどの過酷冷酷残酷なお返事なのだった。


「チュンにも来てるよ!でも本人しか見ちゃダメ~!」E子が朗らかに言う。いいよなAIは気楽で。まあでも機密保持の観点からすれば、一人艦長向けの通信が本人以外受信不可というのはもっともな仕様ではある。俺は口を開いた。

「大丈夫だよ。あの時は他にどうしようもなかった。それに、実際に船を爆破したのは俺だしさ」チュンは一瞬きょとんとした表情を浮かべた。そしてみるみる切れ長の目が吊り上がる。

「そう!やったの鈴木!私のビクトリー号吹っ飛ばした!私許可してないのに!勝手にやった!」

・・・うむ、実はそこを突かれると痛い。確かにあの時一方的に事を運んでしまったのは事実だ。チュンとは同じ階級で同じ役職だから命令権があるわけじゃなかったんだよな。

「つまり鈴木のせい!だから通信一緒に聞く!一緒に怒られろ!」

は?なんすかそれ。なぜそこで連れが必要ですか。やらかして職員室呼び出された中学生みたくなってるじゃないですか。


「データ開くのは生体認証だから本人以外無理だよ。とにかく聞くだけは聞かないと」言うと俺は制御室を彼女に譲る「う~」渋々チュンはコンソール上のキーボードを叩き始める。何か再生されているようだが当然こちらには聞こえない、俺はぼんやり外で待っている。


・・・タバコ吸いてえなあ。だが今俺の懐には一本の吸殻すらない。

なぜならストライク号の備蓄煙草はチュンとの賭けババ抜きですべて巻き上げられてしまったからだ。彼女は煙草を吸わない、が、”艦内の空気が臭いのか嫌”という理由で俺の安らぎをその恐るべき勘の鋭さで全部持って行ったのだった。AIのE子まで「それ鈴木にとってEこと!健康一番!」と大はしゃぎする始末。まあ元々そんなにスモーカーってわけじゃないので絶煙はやぶさかじゃないけどさ。

おっとチュンが出てきた。案の定のテンション低い表情だ。


「で、どうなの?」俺が聞くと

「・・・おんらいんさもん」

「オンラインサロン?って自己啓発系?」落ち込んでる兵士にそんなサービスがあるのか?「違うって!さ・も・ん!査問会!取り調べだよ!ベース893に出頭しろってさ」ため息と共にチュンはぼやいた、

「なるほどね。ベースにゃ強力な通信設備がある。地球からリアルタイムでお説教できるってか」なんにせよそこに行かない事には始まらない様だ。俺はE子に話しかけた。「ベース893まで航行する。推定所要時間は?」

「飛ばせば36時間、そうじゃなきゃ120時間」

「節約モードで行こう。怒られんのに喜び勇んでいく奴はいない」

「了解~」



ストライク号はのろのろ動き出した。





つづく

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