宇宙戦艦ストライク号の受難
椎慕 渦
宇宙戦艦ストライク号の受難
「ついてねえ」ぼんやりと緑色に輝くモニターを眺めながら、俺はぼやいた。
探査パルスの結果は少なくとも一つの味方じゃない何かがこの星域にいる事実を示している。
ストライク号。地球統合軍ムーン級の潜空突撃艦。
250日前に外界面哨戒任務のために軌道基地を出港、
現在地球から数十億㎞離れた海王星付近を航行中。
西暦2222年。ようやっと地球内国家同士のゴタゴタを卒業し、
太陽系を出て外宇宙へ進出しようとした人類は、同じように考えて
”逆に太陽系に入ってこよう”と目論む連中が結構いるという事を知った。
で、太陽系を守るため、地球統合軍が創設され、
宇宙戦艦がわらわら建造された。このストライク号もその一隻。
艦長は俺、鈴木中尉。乗員は俺、鈴木ひとり。笑うだろ?だが現実はそれだ。
むか~しの映画とか見ると何十何百人の乗員を乗せた巨大戦艦がわ~ぷ航法?
とやらで宇宙を駆け巡る”お伽話”があったらしい。
だが現実はこれだ。行き帰りに年単位の時間がかかる孤独な単身赴任。
持ち物は”人間1名を生かして帰すだけの”機材と資源で精いっぱい。
航行も戦闘もワンオペレーション。一人店長、一人親方、一人管理職
・・・一人艦長というわけさ。
・・・ったくやってらんねえ。俺は服から煙草を取り出すと一本くわえ、
マッチを擦った。
「こら~~~っ♪船内禁煙!火気厳禁!」素っ頓狂な声と共に
船内スプリンクラーからシャワーが降り注ぎ、俺の口から一服と
安らぎとその他もろもろを奪っていった。
「E子はいい子!とってもE子!」モニタ画面の端からぴょこんと顔出す
タンポポみたいな頭のキャラクター。E子。この艦の制御AIだ。
地球から遥か離れたこの宇宙空間で”俺を生かすため”
いろいろ世話を焼いてくれている。今のように余計な世話も含めてだ。
「どーでもE子」俺が言うと「ムキ~!」ほっぺを膨らませて怒っている。
まあキャラはアレだがここでは唯一の友人だ。
「”ビクトリー”から応答は?」俺は最も近くにいるだろう友軍艦の名を聞いた。「なーし!」「呼び続けろ。こんなんうちだけじゃ手に負えん。
パルス探査の画像は?」当たり前だが宇宙は真っ暗だ。
だから探査波の反射から画像を合成する。
「今生成中・・・できた♪」
モニターに出てきた画像を見て俺は困惑した。
巨大な”クラゲ”のようなシルエットが写っている。
人工物か?・・・はわからんが、自然物とも思えない。
少なくとも小惑星じゃない。
「エンジンに火入れろ。それと・・・戦闘準備」
「了解~♪」E子の返事と共に発射口から
無人攻撃機”ドローン魚雷”が放出され、艦の周りに整列する。
船体に加速感がかかり、ストライク号はゆっくりと動き出した。
光学映像(つまり望遠鏡)が検出できる距離まで近づいて
ようやく俺はそれがなんだかわかった・・・ような気がする、と思う、たぶん。
だって目の当たりにしてもやはり巨大なクラゲなんだもん。ただ、
質感がメタリックというか、水銀のような表面をしている。
そしてそいつが伸ばす触手ががっちり抱え込んでいるのは
・・・青銀色の流線型の船体。船側に”ビクトリー”と書かれている。
応答できないわけだ。
巨大クラゲはまるで魚を捕らえるように
地球統合軍が誇る宇宙戦艦ビクトリー号を絡めとっていた。
「生存者は?」「エネルギー反応はな~し」でも生きてるならいる。
俺と同じ”一人艦長”が。「停船しろ。
ビクトリーの艦長だって間抜けじゃなかったはずだ。
あのクラゲにこれ以上近づくのはヤバい」
ストライク号は周りにドローン魚雷を浮かべたままクラゲの前に静止した。
さて・・・どうする?
「E子からおしらせ~♪」能天気な声「何だよ?」
「船内に電気的信号皆無!だけど空気振動波を観測!」「振動波?」
「誰かが、内 側 か ら 船 殻 を 叩 い て る 、てかモールス信号!」
「翻訳しろ!」
”SOS!助けて!”
やっぱり!生きてるんだ!よかった!
”でも来ないで!近づいてはダメ!”
どっちだよ?意味わかんね。
「う~埒あかないな。E子」
「は~い♪」
「・・・試しに一発撃ってみて」
「了解!1番魚雷、すすめ~!」
ドローン魚雷の一機がクラゲに向かってゆく。
すると素早く動いた触手が魚雷に触れた!とたんに
魚雷の推進炎が消え、触手にからめとられた!
確かに命中はした!が爆発が起こらない?。
どういうことだ?何が起こったんだ?
「E子からお知らせ~。空気振動波を検知!
モールス信号!ものすごい勢いで叩いてる!」
「・・・翻訳」
”撃った!撃ちやがった!このバカ!アホ!殺す気?私がここにいるのに!”
・・・めっちゃキレてる。てか今のは、いったい?
”こいつは電気毒クラゲ!”
ナニソレ?盆過ぎの海水浴場じゃあるまいし。
”こいつに刺された瞬間、艦のありとあらゆる”電気仕掛け”がダウンした。
機関制御も、電子機器も、生命維持も”
なるほど、そうか。さっきも魚雷の電子機器がすべてイカれた。
だから”不発”だったんだ。今どきの宇宙戦艦はすべて電気仕掛けで動いてる。
特にAIを駆動するコンピュータがダウンしたらどうしようもない。
しかし参ったな。こりゃ厄介だぞ。
・・・ん?ふと気づくと
あれほどやかましかったビクトリー号からのモールス信号が途絶えている。
まさか!何か起きたのか?
「E子からお知らせ!信号来た!弱いけど」「翻訳!」
”手疲れちゃった”
・・・あのさぁ。
ともあれ生存者がいると分かった以上、放っては置けない。
といってストライク号をこれ以上近づけることもできない。
・・・俺は宇宙服を着た。
ハッチを開いてビクトリー号を目指して泳ぐ。
推進用空気銃はどうにか使えるがそれ以外の電気仕掛けは一切NG。
いつもならバイザーに映るジャイロナビがないから方向を見失ったら終わりだし、何より生命維持装置が動作していない。酸素だけは酸素ボンベから供給されるが、宇宙服のヒーターが動作していないので超絶寒い。凍えそうだ。急がないと。
宇宙電気毒クラゲの触手の隙間を通り抜ける。無反応だ。
やはり電気仕掛けの無いものには興味がないらしい。
ビクトリー号の外ハッチのロックを手動で外した。
内ハッチを叩くと中から叩き返す振動が伝わってくる。
さあご対面だ。ビクトリー号の一人艦長に。
いかにも宇宙生活者の短髪の黒髪に上下のツナギ。
キュッと引き締まったウェストに手を添え、
切れ長の瞳が爛爛と燃えている。
・・・女の子?
俺がヘルメットを脱いだ瞬間、フルスイングのビンタが飛んできた。
・・・あのさぁ。
「きてくれてありがと。でもさっきの攻撃、ない」
チュン・チュンチュン中尉(チュが多すぎと思ったが黙っていた)は
憤懣やるかたないといった調子で言った。
「どうやって逃げる?スズキ」チュン
「来た時と同じ、宇宙服で」俺
「それ駄目、ビクトリー号もう半分以上潰されてしまった。
宇宙服の格納ロッカー全滅」
「マジかよ」
俺は考える。「・・・脱出艇は生きてる?あれはガスで射出できるはずだ」
チュンは首を振る。「駄目。アレも電気仕掛け。操縦のためにスイッチを入れたら触手に襲われる。」
俺はさらに考える。「なら脱出時までにあのクラゲを倒せばいい」
チュン「どうやって!?」
「ビクトリー号を自爆させて吹っ飛ばす」
チュンの切れ長の目が丸くなる。
「無理!自爆装置も電気仕掛け!」その時!
船内が大きく揺らぎ部屋の壁が歪んで亀裂が走った。
「クラゲの締め付けが強くなったみたいだ。
ビクトリー号はもう持たない。急ごう」
「スズキ!」
「脱出艇の準備頼むよ、チュン」
返事を待たずに俺はビクトリー号の機関部を目指した。
廊下は真っ暗。非常灯もヘルメットのライトもつかないのだから当然だ。
俺はスティックライトを折り曲げる。化学反応で光る電池いらずの灯だ。
これでどうにか進める。通気バルブが壊れたのか白い蒸気があちこちで
悲鳴と共に漏れ出している。いつ通路ことひしゃげてもおかしくない。急がないと。
機関室についた。宇宙戦艦は反応炉からのエネルギーが主動力源だが、
”万一の事態に備え”昔ながらの化学反応燃料も少し積んでいる。
俺は”ケロシン”とかかれたタンクのバルブを開け、
次に宇宙服の酸素ボンベを外して置いた。機関室の鉄骨が軋み悲鳴を上げている。
圧壊までもうそんなに時間はなさそうだ。
最後にヘルメットを脱ぐ。
全ての電気仕掛けが死んだ。
口やかましいAIも
勝手に水を吐くスプリンクラーも、
ここにはない。
俺はおもむろに煙草を口にするとマッチを点し、
安らぎの一服を堪能する。そして
吸 殻 を 消 さ ず に 放 り 投 げ、
脱出艇目指して一目散に走った!
脱出艇のハッチから彼女が待っていた。
「チュン!船を出せ!」飛び込んだハッチを閉めながら叫ぶ。
「でもアイツが!」操縦席に座ったチュンを
「いいから!」シートベルトをつけながら怒鳴った!
「知らないよアタシ!」チュンが操縦桿を倒すと操縦席のライトが次々と点り、噴射口から吐き出した炎に押されるように脱出艇は飛び出した。
すかさず電気を感知した触手が次々と追ってくる!
ちょっとでも絡みつかれたら終わりだ!。だがその時!
後ろで火の手が上がり、次々と爆発の連鎖が進む!
最後に船を揺るがすような大爆発が起きてちぎれた触手が漂う宇宙を、
脱出艇はひたすら飛び続けた。ストライク号を目指して。
「ふっふぅーん、フルハウス!」どや顔で手札を見せるチュンに、
ツーペアの俺は渋々トイレットペーパーを差し出した。
ストライク号には”ヒト一人を生かして帰すだけ”の機材と資源しかない。
地球までの残りの200日、公平に半分ずつ節約して使うはずが、
いつの間にやらこんな事になっている。やれやれ。
まあ、退屈はしないけどね。
独りじゃないし。
つづく
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