第7話

 四月に、新潟空軍学校三期目のパイロット候補生がやってきた。俺たちと同じく中学を卒業したばかりの少年が三名。二十台半ばの男性が二名。女性はいなかった。

 一期二期と比べて極端に人数が少ないが、成年からパイロット適性のある人材を探すのは限界らしい。志願者も減っているようだ。

「……実に初々しい。俺らもあんなだったわけか」

 延岡が少年パイロット候補生たちを見て言った。

「俺たちも、まだ十六歳の餓鬼なんだけどな。延岡はもうすぐ十七歳か」

「海彦と延岡、コンバットフライトから顔つきが変わったよね」

 みちるが言った。

「みちるもな。いいのか悪いのか……」

「うーむ」

 延岡が複雑そうな表情をしていた。

 延岡の誕生日パーティのあとに、騒ぎがあった。

 俺と延岡が連れションに行こうとしたところで、悲鳴が聞こえた。

「ちょ、ちょっと! 離してってば!」

「お、お願いします! お願いします!」

 俺たちは走り出した。

「い、嫌!」

 俺たちは声の聞こえた給湯室に駆け込んだ。

 みちるが少年パイロット候補生に壁際に押さえつけられていた。みちるより背が低く体も細いが、年下の少年と言うこともあり殴るに殴れないらしい。

「この馬鹿野郎、なにしてんだ!」

 延岡が少年の後ろから首に腕を巻き付けて締め上げた。それでもみちるの体に絡み付いて離れないので、俺がみちるの肩を掴んでようやく二人を引き剥がした。

「なにごとだ?」

 延岡が眉間に皺を寄せて、まだぎりぎりと少年の首を締め上げている。声からは気が抜けていた。

「お願いです、水沢少尉! やらせてください! 俺、童貞で死にたくないんです!」

 少年は必死の形相でわけのわからないことを叫んでいた。

「はあ? なに言ってるんだ、こいつ?」

 みちるが真っ赤になって両腕で胸を隠していた。どうも、少年に触られたらしい。

「だ、だ、だから……あたしを抱かせろって、しつこくて……」

 延岡の腕の筋肉がさらに盛り上がった。

「待て、延岡。まだ落とすな」

 延岡の表情が能面のようになっていた。これはもう、最高潮に激怒している。

 俺は少年パイロット候補生の顔に自分の顔を近づけた。

「阿呆が、戦争だからってがっつきやがって。空軍の男は女性に対して紳士であれ、と言う教えをもう忘れたのか」

「で、でも……!」

 いや、陸軍でも同じだが。俺はため息をついた。

「延岡、この阿呆をブリーフィングルームに連れて行け。浅川大尉……じゃまた襲いかかりそうだな。三木中尉……いや、西前大尉にご足労願おう。きつく説諭してもらう必要がある。みちるは戻っていいぞ」

「……おう」

「う、うん……」

 延岡もみちるも、なんとなく不満そうだった。

「ああ、それから延岡。俺が西前大尉をブリーフィングルームにお連れするまで、なにをしようとおまえの自由だ。すぐに落とすのはもったいないぞ」

「おう」

 延岡がにんまり笑った。少年が悲鳴を上げた。

 次のF―2B型同乗飛行時に、少年は三木中尉に8Gマニューバをかけられて失神、エリミネートされた。浅川大尉は別に出かけてもいなかったが、少年と同乗するのを嫌がった。


 五月に大きな事件が起こった。

 海上自衛隊のこんごう型イージス艦が排他的経済水域を大きく迂回、柏崎沖に侵入しようとしたところを、同じ海自のおやしお型ディーゼル潜水艦の魚雷で撃沈された。

 新潟空軍及び陸軍のヘリコプターが生存者の救助に向かったが、イージス艦の乗員三百名、及び搭載されていたヘリコプターに搭乗していたと思われる陸上自衛隊員の全員が死亡した。新潟独立戦争史上、一度の戦闘での戦死者数としては最大規模になった。

 潜水艦は新潟西港新潟基地に入港、新潟軍に参加した。

「どえらいことになったな」

 西前大尉がうなった。正規パイロットとパイロット候補生の全員がブリーフィングルームに集合して、状況説明を受けた。

「イージス艦のヘリに乗っていたのはおそらく特殊作戦群でしょう。開戦から二年、日本政府はようやく本気で柏崎刈羽原発を攻略しようと考えたわけですね。いや、日本政府の場合は遅いのか早いのかよくわかりませんが。なにしろ、原発の原子力決死隊に直接攻撃をしかければ、即メルタダウンの危険性がありますからね」

 三木中尉が言った。

「しかし、日本海にいるサブマリナーに潜在的義勇兵がいて助かった。洋上からのヘリ発進、超低高度での海面上飛行侵入、特殊部隊による原発制圧。とっくの昔に想定されている敵の攻撃オプションだが、我々には海軍戦力がほぼ皆無で、対水上索敵が脆弱だった。佐渡のガメラレーダーで捉えられなかったら、やられていたかもしれん」

 西前大尉が重々しく言った。

「西港から聞こえてくる話によると、どうもこの時あるを予測して、文字通りダイブしていたようですね。おやしお型の乗員は七十名。全員が海自のイージス艦に向けて魚雷を発射するのに賛同していたとは考えにくいですが、おそらく家庭持ちの艦長が、かなりのところまで人心掌握していたんでしょう。大したものですね」

 三木中尉が感嘆の声を上げた。

「……しかし、一世代前とは言え、よくイージス艦を撃破できましたね」

 俺は思わずつぶやいた。

「イージスシステムは対空戦闘能力は極めて高いが、対潜戦闘システムは標準的なレベルにとどまる。対潜護衛艦の方が上だろう。おまけに潜水艦の艦長は、イージス艦の動きを不審に思って、堂々と通信を送って問い合わせたそうだ。もちろんイージス艦は秘密作戦中だから、なしのつぶて。そこで魚雷の発射を命じた。イージス艦はまさか友軍から撃たれるとは思っても見なかっただろうから、為す術もなかっただろうな」

 なるほど、そう言うことか。俺は戦闘機乗りだから、イージス艦の能力を過大評価していたらしい。

「最大の問題は」

 しばらく黙っていた浅川大尉が口を開いた。

「日本政府が、柏崎刈羽原発がメルトダウンを起こす危険性のある作戦を発令したことです。この動きが、アメリカと無関係であるとは考えられません。年明けに話題になったMOABによる空爆。これがそのまま実行に移されるかはわかりませんけれど、米軍の手で新潟軍を制圧される事態になった場合、アメリカが同盟国であると言う建前はともかく、日本は主権国家としての存在意義を問われることになります。陸海空すべてにおいて、これまでになく戦況は激化するでしょう。あまりこう言うことは言いたくありませんが……皆さんの奮闘を期待します。以上」

 浅川大尉は足早にブリーフィングルームを出ていった。空軍司令、あるいはその他との打ち合わせなどで忙しくなるだろう。

「イージス艦の乗員三百名、か……いよいよ親父の業も深くなってきたな」

 ブリーフィングルームを出てカフェに向かいながら、俺は言った。

 新潟陸軍と陸上自衛隊の間での戦闘では、これまでにそれを上回る戦死者が出ている。だが、一隻の船に乗っていた三百人が、一瞬で死んでしまったと言うのは衝撃だった。

「ごめ……あたし、気分が……」

 みちるの顔は蒼白だった。

「無理をするな。トイレに行け」

 みちるは近くのトイレに駆け込んだ。

 俺と延岡は、トイレの前の窓に寄りかかった。

「千人くらいの遺族が、一斉に泣いているんだろうな……」

「これは戦争で……俺ももう人を殺しちまったけど……うえ、やばい」

「延岡、顔が真っ青だぞ」

「泉も……」

「ああ、俺も我慢できない」

 二人で男子トイレに駆け込んで、吐いた。

 無理だ。最初からわかっていたが、俺には絶対に無理だ。こんなもの、俺一人で背負い込めるはずがない。誰が俺をどんなに惨たらしく殺したって、償えるはずがない。

 俺は胃の中のものをすべて吐き出して、胃液を吐き続けた。涙が出たが、別に悲しかったわけじゃない。ただ、体が苦しかっただけだ。

 顔を洗って外に出ると、みちると延岡が先に待っていた。

「悪い、待たせたな……」

「いや……」

 二人とも、あまり顔色はよくなっていなかった。俺もだろう。

「あの、海彦……泉知事だって、こんなことになるなんて思ってなかったと思うし……」

 みちるが気丈に慰めてくれた。

「考えがなさすぎだったんだ、あのいかれ親父は……日本政府の、いや日本人の核アレルギー体質をもっと考えるべきだったのに」

 親父は新潟県の地方交付税増額を日本政府に認めさせるために、まず柏崎刈羽原発を始めとする県内にある首都圏向けの発電所の送電をすべてを停止させた。東北地方太平洋沖地震のために廃炉となった福島第一原発と合わせて、首都圏に未曾有の電力不足が生じた。

 首都近県では大規模な計画停電が実施されていて、これまでにも死者が発生している。

 親父はここでやめるべきだった。だが、親父は日本人として絶対にやってはいけないことをしてしまった。

 柏崎刈羽原発にメルトダウンを発生させられる措置を施して、要求が受け入れられなければ新潟県のみならず日本の国土を放射能汚染させる、と日本政府を恫喝した。

 メルトダウン発言から三日後に、親父は日本政府に暗殺された。そして、新潟独立戦争が勃発した。

「ああ、畜生……こんなにひどい気分は関越トンネル戦以来だな……お袋が死んだ気持ちもわかるってものだ……まあ、俺は自殺なんかしないが」

 俺は窓ガラスに額を押し当ててうめいた。

「あの、あの、海彦……」

 みちるの方を見ると、どう言うわけか大粒の涙をぼろぼろこぼしていた。

「ど、どうしたみちる?」

 俺は驚いて声を上げた。

「お、お母さんと同じように死ねだなんて言って、本当にごめんなさい……お母さんも、海彦も、どれだけ苦しんだのか、考えもしないで……」

 みちるは目をきつく閉じていたが、涙は止まらなかった。

「そのことは、もう謝ってもらった。蒔絵にも」

「でも、でも……」

 延岡が、いきなりみちるを抱き締めた。

「泣くな、水沢。おまえが泣くと、ますます泉がつらくなるじゃねえか」

「延岡……」

「泉は望んであの泉知事の息子なわけじゃねえ。俺らも、好きで戦闘機に乗って人を殺してるんじゃねえ。こうなっちまったんだ。仕方ねえ。だからさ。泉が泉知事の息子だってことは、もうどうでもいいんだ。俺らは、仲間だ。戦友だ。水沢が泣くのは、俺らがくたばった時だけにしてくれよ」

 延岡は。本当に、俺が言いたいことを言い切ってくれた。

「……あ……うん……わかった……ごめんね、延岡、海彦……」

「だから、謝るなっての」

 延岡が笑った。

 二人は、しばらく抱き合っていた。俺は、それからにやっと笑った。

「……なあ。いい加減、お前たち二人付き合えよな」

 みちるが思いっ切り延岡を突き飛ばした。

「ななななに言ってんのよ!」

 みちるが真っ赤になっていた。

「ひでえ、少しは力加減を……うえ、苦しい……」

 延岡が咳き込んだ。

「どうだった、みちるのGカップの感触は?」

 俺はふざけた調子で言った。

「おう、すごいぞあれ。なんて言うか……いや、なんて言ったらいいかわかんねえな」

 延岡がいやらしそうな笑みを浮かべた。

「あ、あ、あんたらねえ! なに言ってんのよ!」

 俺たちはげらげら笑った。みちるの涙は、消えていた。


 六月。戦況は、浅川大尉が言ったとおり、激化の一途をたどっていた。

 新潟海軍においては、さらに三隻の海上自衛隊の水上戦闘艦艇が新潟軍に参加した。イージス艦はいない。

 潜水艦同様、新潟西港新潟基地に入港すると、半分以上の乗員が下船、原隊に復帰した。新潟海軍の艦艇は、定数の半数以下の乗員で操艦されている。

 海軍は、柏崎沖の水上及び水中の索敵任務に就いている。現在までのところ、先月と似たような作戦を海自が実行する動きは見られていない。三百名以上の死者を出しては、慎重にならざるをえないだろう。

 新潟陸軍の情勢は厳しい。

 徴兵によって陸軍兵士の数はそれなりに揃っているが、長い県境のどこから攻め込むのかは陸上自衛隊が自由に決められる上に、新潟陸軍には夜戦装備が不足している。新潟県内に橋頭堡を築かれるのは時間の問題だと言われていた。ただし、機甲部隊の侵入は許していない。

 航空自衛隊の波状攻撃は、毎回ほぼ確実に交戦状態になった。ただし、二個飛行隊四十機での攻撃は、去年十一月の一度だけで、以降は一個飛行隊十八機での攻撃が最大となっている。

 これは、おそらく新潟空軍の戦力を一気に壊滅させると、柏崎刈羽原発の原子力決死隊がパニックを起こしてメルトダウンを発生させるのではないか、と日本政府が懸念しているものと考えられている。

 F―2は撃ち減らされていった。新潟空軍パイロットでベイルアウトできたものは一人もおらず、全員が死亡していた。F―2A型の数は、三沢基地から飛来した時の半数以下に減っていた。ただし、航空自衛隊には新潟空軍の五倍の損害を与えている。

 俺と延岡、みちるはまだ生き残っている。

「んん……こうも葬式が続くと、さすがに参るな……」

 延岡が眉間を揉みながら言った。

 空港一階カフェで、俺たちは線香臭い耐Gスーツ姿で集まっていた。

 さっきまで、空港の遺体安置室にいた。亡くなったパイロットの顔を見ることはできなかった。肉体は、ほとんど原型をとどめていなかったからだ。

「……あれが、パイロットの死に様なのかなあ……蒔ちゃんは、きれいな顔でよかったね」

「馬鹿、いいわけあるか。あれが侍日本の自衛隊がやることか? 非道にもほどがあるぞ」

 延岡の声から気が抜けていた。

「あっ……ご、ごめん海彦……」

 みちるがあわてて頭を下げた。

「いや。確かに、最後のキスもできたからな。……なあ、なにか甘いものでも食べないか? 延岡は苦手だろうが、少しは気分も変わるだろう」

「おう、食おうぜ。俺らは、死んだ人間の分まで食わなくちゃならねえんだ」

「……あたし、そんな気分じゃないかも……」

「そう言うな。すいませーん!」

 俺たちは、チョコパフェやらなにやらを注文した。

「うおお、これは甘い、甘いな……」

「うーん……やっぱり、蒔絵の好きだったアントルメのケーキは絶品だったな」

「来月の海彦の誕生日にはまた頼んであげるから」

「俺はいいぞ。蒔絵の誕生日も祝ってやれなかったからな」

「泉、おまえなあ。自分で気分変えようとか言っておいて、そう言うこと言うなよな」

「ああ、悪い悪い。じゃあ、頼むぞ」

 みんなで笑った。

 アラートが鳴って、俺たちはがたんと席を立ち上がった。俺はパフェのグラスを引っくり返した。

「……あ、俺たちのローテーションじゃねえか」

「だな……」

 俺は両手で顔をごしごし擦った。甘いものを食べたばかりだと言うのに、疲労を感じる。

「みんな、無事に帰ってきますように……」

 みちるは両手を握りしめて祈っていた。残念ながら、俺に祈る神はいない。

「ブリーフィングルームに行くか」

「おう」

 仲間が戦っている間に、昼寝をする気にはなれない。

「おまえたち、寝ろっての」

 ブリーフィングルームに入るなり、三木中尉が笑って言った。

「三木中尉こそ、肌の色艶がよくないですよ? 彼女に言われませんか?」

 みちるがつんとして言った。

「あいにく今は独り身でな」

 三木中尉が苦笑した。

「嘘ばっかり。今は二股ですか、三股ですか、四股ですか?」

「本当だって。だいたい俺は二股だってしたことがないぞ。水沢は俺をなんだと思ってるんだ」

 三木中尉が顔をしかめた。

「え……じゃあ、本当に……?」

 みちるがものすごく驚いたように言った。

「先月まではいたよ。だが、別れた。それからはずっと一人だ」

「あ……」

 みちるも気がついたようだった。先月。五月。イージス艦の撃沈。戦況の激化。

「あ、あの、三木中尉、申し訳ありません!」

 みちるが頭を下げた。

「いいさ。因果は巡る、と言うやつだな」

 三木中尉が笑った。

「あの、あたしコーヒー持ってきますね!」

 みちるがブリーフィングルームをすっ飛んで出ていった。

「いや、驚いたな。俺がそこまでの遊び人だと思われていたとは」

 三木中尉が腕を組んで首を傾げた。

「若い女の子は、潔癖で残酷なんですよ」

 俺は笑った。みちると蒔絵に初めて出会った時のことを思い出していた。

「泉も苦労した口か?」

「三木中尉とはだいぶ意味が違いますけどね」

 野郎どもで笑った。

 この日のスクランブルも交戦になったが、死者は出なかった。みちるの祈りが届いたのかもしれない。


 七月に、浅川大尉が今までに見たことがないほど憂鬱そうな顔をして朝のブリーフィングにきた。

「ええ……本日、私は空軍司令官から辞令をいただきました。少佐への昇進です。あ、拍手とかはやめてください。もう、恥ずかしくて……」

 浅川少佐は重いため息をついた。

「そりゃ、十機撃墜ダブルエースともなれば、昇進くらいさせるだろうよ」

 西前大尉が笑った。

 先日の戦闘で、浅川少佐はイーグル二機を撃墜してスコアを十一機に伸ばした。新潟空軍と航空自衛隊のキルレシオは五対一になっている。

「西前大尉は、自衛隊時代の一尉から変わっていないのに、どうして私だけ二階級も……」

「だって俺、まだ四機しか墜としてないしなあ」

 西前大尉がまた笑った。

「私の戦果なんて、西前さんの援護があってこそですよ? 司令には、何度も何度も私を昇進させるなら西前さんも昇進させてくださいってお願いしてるのに」

「司令はパイロット経験のない幕僚上がりですから、そのあたりの機微には疎いんじゃないですか? と言うか、俺だって中尉になったのが謎ですよ。今の時点で、三機しか墜としてないのに。浅川少佐の後席に乗ってたからおまけかな?」

 三木中尉が首を傾げた。

「今後も、私以外の方々の昇進を強く働きかけていきたいと思います。申し訳ありません」

「謝るようなことか?」

「こんなに喜ばれない昇進も珍しいでしょうね」

 三木中尉が笑った。

「ねえ、昇進ってしたい?」

 ブリーフィングが終わり、空港一階カフェでみちるが聞いてきた。

「全然」

「給料が上がっても、使い道も思いつかねえなあ」

「でも、延岡は昇進したっておかしくないよね?」

 延岡はすでに四機を撃墜している。エースまであと一機だ。

「西前大尉がそのままなんだぜ? 無理だろ」

「だが、三木中尉を越えている」

「いや、スコアはともかく俺が三木中尉に及ぶと思うか?」

「まあ、そう考えるとね」

 三木中尉は、一番身近でありながら遠く高い壁だ。

「三木中尉って、新潟入りした時にはまだルーキー卒業したてだったんだよね?」

「二十二歳だったんだからな」

「とすると、実戦経験で言えば……俺らと二年も違わないか。ずいぶん差があるよなあ」

「ワルキューレ並みの天才だな。俺なんかじゃなくて、三木中尉を英雄カップルに仕立て上げればいいのに。美形だし」

 そうすれば俺の修正顔写真がテレビに映らないですむ。

「そう言えば、広報は熱心なのに、海彦はテレビ生出演もないし昇進もないね?」

「冗談じゃない。それこそ恥ずかしすぎて切腹ものだ。……ああそうか。みんなを差し置いて俺だけ中尉、なんてことになったら……浅川少佐の憂鬱な表情もわかるな」

「俺は別にかまわねえぜ?」

 延岡がにやっと笑った。

「ふざけるな。延岡もみちるも俺より圧倒的に腕がいいのに、俺が中尉で長機でござい、なんてやってられるか」

「そんなに差があるかあ?」

「ねえ?」

 二人が笑い合っていた。

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