旦那がキライ

しろくじら

貴方を見てきたから気づくこと


私は旦那がキライだ。


付き合って5年、結婚して10年。付き合い始めてから長年経った今でもニコニコ、私に笑顔を向けてくる旦那がキライ。それ以外の顔ができんのか己は。


帰ってきたら笑顔でただいまって言う旦那がキライ。疲れてるのに、わざわざ心配させないように笑顔で言ってくるの、わかってんだから。


働き方改革で残業がなくなって給料が下がって、小遣いを減らしても笑ってる旦那がキライ。好きだった缶コーヒーを飲まなくなったの、知ってるんだから。


たまの休みに、少ない小遣い貯めてたのを私に渡してきてさ、髪を切ってくるように言ってきて、帰ってきたらクラッカー鳴らして「誕生日おめでとう!」とか言ってくる旦那がキライ。歳が、また一つ増えたんだよ?また来年も祝いたいねーとか、嬉しくなんかないんだから。


「ただいま〜。遅くなった〜。ほいっ、ケーキ」


そうやって、笑顔で、嬉しそうに、ケーキを見せてくる旦那がキライ。


「ん?いらないの?」


「…いる」


私が好きなのがチーズケーキって知ってるくせに。断らないの知ってるくせに。普段買ってこないような高そうなケーキとか、なんで買ってくるの。


ふん、まぁいいや。今日はそんな旦那に、私のキライぶつけてやろうと思う。ちょっとした嫌がらせだ。なんで今日かというと、今日は旦那が私に告白してきた日なんだよ。きっと旦那も忘れてるに違いない。


「おっ!今日、ご飯作ってくれたんだ!ありがとう!」


嬉しそうに言ってくれる。たまにしか作らないって言いたいんでしょ。そうやって感謝してくる旦那がキライ。子どもみたいに目をキラキラさせて、私の作った料理を見てる。


旦那は玉ねぎが大嫌いだ。味とか食感とか、とにかく苦手と聞いた事がある。付き合いたての頃に、牛肉と玉ねぎの炒め物を出したことがあった。旦那は引きつった笑いで無理矢理、そして何とか食べていた。その時に玉ねぎが苦手とカミングアウトしてきた。犬のような人だと思った。


私は問題なく食べられる。そして今回の嫌がらせは夕食のメニューにある。ここまで言えばわかるだろう。そう、玉ねぎオンリーのメニューだ。料理途中、涙が止まらなかったけど、旦那への、嫌がらせをした後の驚きの顔を想像して耐え切った。


なおも嬉しそうに料理を見て席につく旦那。食べてから驚くが良い。


ん?食べてから驚くがいいって、見た目で分からないのかって?ふふっ、笑止。わかったら手をつけないかも知れないじゃあないか。


まずは定番のカレーだ。みじん切りにして1時間かけて飴色になるまで炒めて、数時間煮込んだもの。肉や人参なんかを大きく切って、具に意識を向けさせ玉ねぎの存在感を消す。流石に玉ねぎが入ってるのがわかるかも知れないだろうが、目的は旦那への嫌がらせ。口にさせる為に、食べてもわからないくらいにするのがいいんだ。きっと嫌々食べるだろう。

次に付け合わせ。サラダにも玉ねぎを使用している。食べなかったら嫌なので、食べさせるために淡路島産の玉ねぎを食べやすいように薄くスライスして、水にさらしてやった。ドレッシングにも玉ねぎを混ぜている。元々甘い玉ねぎではあるが、特有の香りも水でうすくなって相当食べやすくなっているはずだ。

そしてハンバーグ。玉ねぎがわからないように粗挽き肉にフードプロセッサーをかけたこれまた淡路島産の玉ねぎを加えて香辛料で香りを誤魔化した。さらにトマトソースで煮込んで完全に玉ねぎ感を消した。これで知らぬ間に玉ねぎを大量に摂取することになった旦那は気分を害するに違いない。


そう思ってたんだ。


裏切られた。


旦那は嫌な顔一つせず、嬉しそうに完食した。食べてる時はのちに絶望する顔が拝めると楽しみだったから私も笑顔だった。食べ終わって、この料理には玉ねぎが大量に使われている事を伝えた。そしたら凄い笑顔。もう、普段の笑顔が100点なら、今のは200点。テンションも半端ない。私の手を取って、ありがとうって言ってきた。


私が求めてたのと違う。私の頭の中では、気分が悪くなって沈んだ顔が浮かんでいたが、見事に裏切られた。「僕のためにこんなに工夫して作ってくれてありがとう。君と結婚して本当に良かった」とか。


そんな事を言ってくる旦那がキライ。恥ずかしくて顔が真っ赤になるじゃあないか…結婚して10年にもなるのに、どうしてそんな事が平気で言えるんだ。

あー…今夜はいつもより寝るのが遅くなりそうだ。明日も仕事なのに夜がどれだけ遅くなっても私が寝るまで寝ない旦那が、キライ。


私より早起きする旦那がキライ。昨日の夜はすごく遅かったはずなのに、起きたらエプロンつけて目玉焼き焼いてた。なんかすっごい笑顔。朝日の太陽より眩しいので目を逸らしてしまう。なんか顔が熱いな。赤くなってたって、勘違いすんなよ。寝起きで火照ってるだけ。火照ってるだけ。別に、なんか、恥ずかしいとかじゃないんだからな。

くそっ、目玉焼きのくせになんて美味しく感じるんだっ!

そんな私を見ながら微笑んでコーヒー啜ってる旦那がキライ。


出て行く旦那がキライ。……いや、じゃなくて、えっと……


思えば私はいつから旦那がキライになったんだろう。

あ。そうだ。あの時だ。


旦那と付き合う。なんてのは向こうからの告白からだった。自分が嫌いすぎて捻くれていた私。自分が嫌い。ってのが口癖だった。そんな時に言ってきたのが旦那。


あぁ、そうだ。私が自分を嫌わないように、旦那がジブンを嫌うように提案してきたんだった。


昔のことすぎてすっかり忘れていた。


今日からは、少しだけだけど、素直になってみようかな。


こんな日に限って帰ってこない旦那がキライ。こいつもなら帰りが遅くなることがあれば言わなくても連絡してくるくせに、今日は連絡がない。心配なんかしてないけど、えーと、むしろ居なくて清々するけど。けど。


piririri piririri


私を驚かせる旦那がキライ。病院から電話がかかってきた。なんかアブナイらしい。アブナイってなに?

ドキドキさせる、旦那が嫌い。意識ないってなに、こんなドキドキ、いらない、いらない、早く着いて、早く、早く、早く


案内された部屋で管だらけになってる旦那が…。なんか動かないの。なんかぴっぴぴっぴうるさいの。でもそんなの耳に入ってないの。見た瞬間に肩揺さぶった。なんか看護師とかが押さえてきた。わけわかんなくて声上げた。おい起きろー!今日からちょっと素直な私が迎えにきたんだよっ!起きないと損するよっ!夜だけど、寝ちゃダメだよっ!そっちに私は居ないよ!


ちょっと目を開けてこっちを見た旦那。ありがとう。って。ごめんね。って、声が出せなくて、口を、ガンバって、動かして、私に、伝えようとしてる、旦那がキライ。言わなくてもわかるから、お願いだから…


両手に収まるくらい小さくなって、私に運ばせる旦那がキライ。ここ数日、まったく寝てないんだよ。どうしてくれんの、ホント。


あの笑った顔のまま、喋らない旦那が嫌い。もうその顔が動かないって知ってんだから。


静まりかえったこの部屋で、その笑顔の前に小さな箱に入ったあなたが嫌い。



私を独りにした旦那がキライ、キライ、キライ


ホントに嫌い。



こんなに辛いなら、旦那なんていらなかった。一緒になんていなきゃよかった。ホントに嫌いだったらよかった。


もう一度、もう一度でいいから、あんたのその笑顔が見たい。


優しい旦那に甘えすぎた、最後まで素直になれなかった、そんな自分が大っ嫌い。

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