第3話 天幕と柄杓
「んっ、それじゃ、チャルルは家畜に餌草やってくるから、片づけを始めててほしいの」
言って、チャルルは杖を手に群の前に行く。
家畜は柵などで囲ってはおらず、群れの数匹のリーダー格と思しき巨大な数匹にそれぞれ従って、付かず離れず、各々好んでいる距離感で蹲って、腹に溜めている草を口に戻しては反芻している。
そこに、アゥ~~~~、と彼女は気管を震わせるように吼えて、すかさずリーダーが応じて腰を上げた。
家畜を操るにはこのリーダーを掌握して、あとの群れを二次的に支配するようだ。
アクロは任された火の始末をしながらそれを観察する。
「へぇー、べんきょー熱心じゃない。 あんたも治ったらやる気になったぁ? でも、今はちゃーんと手元見ときなさいよねぇ」
家畜の毛の糸玉を使って、鉄板の焦げをこすり落としているトゥルルに指摘されて、視線を前に戻すと、掃いている先には何もなく左右に灰が散っている。
おっと、と声に出したアクロはそれを掃き集めて、天幕から離れて細かく散らす。
生活の跡だけが残る、まばらに草の枯れた荒野。
このままでいけば、自分はこの暮らしに組み込まれていくのだろうか、とアクロは地平線を見つめた。
双子が移動をすると決めたら、親友は律儀に駒をアクロに預け、視線の先の街まで歩いて去って行ってしまった。
別れ際、まだ分かれは言わねえよ! と言われたが、あれが少なくとも仲間としての最後の挨拶になるのだろう。
共に出世を助け合おうと約束したかつての学友たちを、それから半年もせず裏切る形になってしまったことに、後悔はあったが、機会があっても戻る気は起らなかった。
そもそも主君である大総督と馬が合わなかったという他ない。
評価もされていたし、期待も受けていた。
が、アクロは事が失敗しないようにばかり考えた提言をしたのが悪かったのだと思う。
大総督は常に成功を求めていたので、やらない事を常に薦めるアクロが目障りになり鬱憤を溜めていたようである。
しかも大総督の気質はともかく、手腕は本物だったのだから咎めようもない。
アクロが否定した物事を、今見える形でほぼ達成に導いていた。
だから今後もどうにかして、やる、ことを考え続けるだろうし、そうなるとアクロがもし戻っても、恐らくいつか、今度は本当に殺されてしまうだろう。
かと言ってこれはなぁ、とアクロはぼやいた。
チャルルを見送ると、手ごろな棒をトゥルルに手渡され、アクロは天幕内に敷いてあった絨毯や敷物を物干場に吊って叩いて塵を落としている。
それから比較的ましな地面を選んでそこに絨毯を転がし、縦に丸めて縛ってまとめた。
片足でも出来る範囲で荷造りを手伝わされているのだ。
一方、トゥルルは一抱えもある物入れの籠に細かな家財をすべて入れ込み、上に畳んだ毛布を積んで天幕の表に出す。
そして内部に何もなくなったのか、入口の覆いを上部で押さえつけていた縄を緩め、外すと中があけっぴろになった。
それから、天幕の解体にかかる。
何重にか上から、横から、斜めから、外側を張り巡らされて圧迫していた縄を次々と緩めて巻きとっていき、ついに天幕の外殻を担っていた防水加工された
側面には
天井にはさらに真ん中が開いた円形の
中に居たときは重厚で頼りがいのある天幕だと感じていたが、なんとも簡単な構造だとアクロはぼんやり見ていた。
と、それを見逃すはずもなく、トゥルルはアクロに外した天幕の生地を畳むように言う。
手が休まらない。
天幕の構造にはとにかく固定に縄が使われており、それを外すとそのままそれが取り外した材をまとめて縛る留め具に変わる。
何とも無駄がないなと感心。
アクロが最期の生地をまとめにかかると、その切れだけ残しておくようにトゥルルは走って補足しに来た。
外した材のまとめ、生地のまとめ、荷物のまとめをそれそれ作って、四角に配置し、トゥルルはその上に残した生地を渡す。
「きょーはこの下に寝ちゃうから」
天幕跡は、天井付きで簡易の露営に様変わりした。
すると、その頃には丁度昼が近づき、日差しが強く照り付けてくるのでその日陰に入る。
「おつかれさま、喉乾いたでしょー」
荷物から除けてあった水瓶から酌んだ柄杓を、トゥルルは松葉杖を置いたアクロに向けた。
「ありがとう。 それにしてもすごい勢いで片付いたね」
アクロは受け取ると一口含んで賞賛を述べ、それをトゥルルに返した。
「まーね、サルーキの中だと、多分あたし達が天幕建てるの一番早いしぃ?」
トゥルルも一口飲む。
アクロは空いた手を後ろにやって体重をもたれると、首を回して辺りを見つめる。
「ところでこんなに荷物をどうするんだい?
「ん?
眉をしかめたアクロは、放ってある? とトゥルルの言葉を繰り返した。
彼女は、そう、と頷く。
「あんまし人が来ない所に放しておいてぇ、必要な時だけ迎えに行くの。 だいたい、いつも目に留まる範囲にはいる感じよ」
「それって野生化しないものなの?」
んー、といってトゥルルは小首をかしげる。
「人に慣れた子はそうなってないしぃ、ならないんじゃない?」
どうやらこの扱いには人狼の経験則があるようだった。
そんなものか、とアクロが考えていると、トゥルルは柄杓を持ったままアクロの口に近づける。
「もーちょっと飲みなさいよ。 明日出発できそーだから、今からへばってもらっちゃ困るっていうか」
「ああごめん、頂くよ」
自分で持とうとしたが、トゥルルはそのまま縁をアクロに口付け、傾ける。
それで促されるまま、アクロは中身を飲み干した。
ふふっ、と満足そうに笑うと、彼女は陰を出て立ち上がった。
「それじゃー、
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