第33話 イアンの日記
謎の洞窟状の通路。
その途中に突然現れた扉の中にあったのは、書斎としか思えない部屋だった。
「こんな所に書斎があるなんて」
「ここの主とやらは、一々本を読むために池の底に潜ってきてたのか?」
「どうだろ。転移魔法が使える人ならそれで来てたのかもね。何かあった時のために次元扉はそのままにしてね」
俺はゆっくりと書斎の中を見回しながら、中央に置かれた机に近寄る。
机の上には数冊の本と、ノートらしきものが綺麗に並べられていて、持ち主の几帳面さを表していた。
「なんだか、ここってあの賢者の洞窟の部屋みたいだよね」
「ああ、俺もそう思った。でもあそこはこんな池の底でも洞窟の途中でもなかったし、別の部屋なのは間違いないだろ」
本棚に並ぶ本の中には、俺たちが賢者のダンジョンで見たのと同じような本が並んでいるようだ。
異世界人によって印刷技術や製本技術はそれなりに進んでいるおかげで、本というものは今でこそ町にある本屋で買えるようになっている。
だが、賢者のダンジョンにおいてあった本や、ここにある本はかなり古い書物ばかりだ。
中には製本もされず、巻物状になっているものや、紙ではない怪しいものに書かれている文献も見当たる。
「昔は罪人の皮を剥いで作った本とかもあったらしいよ」
「うげぇ。そんな本触りたくねぇぞ」
本棚を興味深げに眺めながら、軽い調子で口にするエルモに、俺は眉をひそめ本棚から距離を取る。
そんな俺にエルモは「ここにはないみたいだから安心してよルギー」と笑った。
「そうか。それなら安心だな」
俺は気を取り直して机の上に乗っているノートを一冊手に取る。
表紙の下側に達筆な文字で『イアン記す』とだけ書かれていた。
「これって日記だな」
「日記って誰の?」
「このイアンってやつのじゃね?」
「人の日記を見ちゃだめなんじゃないかなぁ」
「こんな所に置きっぱなしなのが悪い」
俺はエルモの制止を無視してノートのページを開く。
そこに書き記されていたのは、持ち主イアンの半生だった。
イアンが生まれたのは元魔王領――当時は魔族領と言われていたこの地の、人族の国に近い場所にある辺境の村であった。
種族はオーク族である。
オーク族は力が強いが頭が弱いことで人間界でも有名だ。
獲物を見つけると、何の考えもなしに突進していくために、魔王軍との戦いでもオーク軍を相手にするのは比較的簡単だったと聞く。
とはいっても、その突破力は強力で、罠にかけ損なったおかげで全滅しかけた部隊も少なくない。
「イアンってやつはそんなオーク族の中でも珍しく頭脳派だったみたいだな」
「その分力では劣ってたから苦労したようだね」
生まれたとき、あまりの早産で死にかけたイアンは、その影響か体の成長が遅れ、同時期に生まれた他のオークたちに比べると大人になってもかなり見劣りした体躯だったらしい。
そのおかげであまり狩りにも出られず、村の中では穀潰しのような扱いを受けていた。
ある日、いつものように狩りに出かけた村のオークたちが数日しても帰ってこないという事件が起きた。
捜索に行こうにも、村に残っているのは村の警備のために残った数人の男衆と女子供、老人。
それ以外はイアンしかいない。
「ではイアン。任せたぞ」
「は、はいっ」
村長からの指名で狩りに出たオークたちを探索するという任務を与えられたイアンは、内心かなり張り切っていた。
なぜなら今まで自分は村の穀潰し。
何の役にも立てていなかったからである。
細かい作業や労働はしていたものの、本来なら若い男オークがこなす仕事は全く出来なかったイアン。
彼の中に溜まっていた劣等感は既に溢れかけていた。
そしてイアンは初めて自分に与えられた大きな『仕事』に心を躍らせ村を出て、いつもオークたちが狩りをしている数カ所を順番に廻るために走る。
一つめの草原には彼らの痕跡はなく、二つ目の大河のほとりにも野営の後すらなかった。
残るは森だ。
この二カ所で得物が枯れなかった時に、最終手段として向かう場所である。
オークたちの足で一日ほど歩いた所にあるその森は、人間族の領地から近いこともあってエルフ族も住み着いていない。
なので森の獣たちを狩るには絶好の場所なのである。
ただし、森にやって来た人間族と遭遇し争いになる危険性があり、なるべくなら近寄らないようにしていた場所だ。
もしかしたらそこで人間族と何かあったのかもしれない。
イアンは心にわき上がる不安を抑えながら足を速めた。
だが、そこでイアンが見たものは――。
「なっ……」
森の手前に無残に転がる仲間たちの死体。死体。死体。
その体は鋭利な刃物で切り裂かれているものもあれば、何か鈍器の様なもので叩き潰されているもの。
炎で消し炭にされているものなど様々で。
「ま、まさか」
オークたちの死体の中。
イアンはそれに混じって所々にオークたちのものではない、壊れた武器や防具が散乱しているのに気がついた。
それを見た瞬間、イアンは踵を返し村へ駆け出す。
不安が胸を締め付け、急ぐ足を絡めさせる。
なんども。
なんども地面に転がりながらもイアンは走った。
本来なら一日かかるはずのその行程を半日もかからず踏破した彼の目に入ったもの、それは――
「あああぁあぁぁぁぁあっぁぁぁ」
全ての建物が焼かれ、破壊され。
オークたちの死体がそこかしこに転がっている。
彼のふるさとが無残に蹂躙された跡であったのだ。
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