第32話 次元扉のその向こう

「それで、その次元穴ってなんなんだ?」

「次元穴ってのは常設型の転移魔法装置だよ」

「転移魔法装置ってことは、この中はどこか別の場所に繋がってるってことか?」

「簡単に言うとそういうことだね」


 そんな便利な物があるなら、村と最近何度か飛んで行っている仕入れ先の王国にある町の間にも作ればいんじゃね?

 そう聞いた俺にエルモが答える。


「タダでさえ転移魔法ってのは大変なんだよ。僕だってあまり使いたくないくらいにはね。それを常時起動させるものを作りにはかなり時間が掛かるんだ」

「どれくらい掛かるんだ」

「最低でも数ヶ月はかかりっきりになるだろうね」


 今のエルモですらそれほど時間がかかるのでは、気軽に頼めないな。

 俺はそのことは諦めて、今目の前にある次元穴をどうするかに思考を切り替えることにした。


「とりあえずこの中に飛び込めばどこか別の場所にいけるってことなんだな?」

「そういうことになるね」

「じゃあいくか」

「でも気をつけてね。今のルギーならよっぽど事でもなければ大丈夫だと思うけどさ」

「出た先にドラゴンが束になっていない限り死にゃしねぇって」


 俺はエルモに「先に行くぞ」と声をかけてから思い切ってその漆黒の穴に向けて飛び込んだ。

 特に何の抵抗もなく、体になにか感じるようなこともない。

 なのに目の前の光景が突然切り替わる。


「明るい?」


 先ほどまでエルモの光以外は暗黒だった場所と違い、次元穴を抜けた先は薄っすらと水の中全てが明るいのだ。


「ルギー、大丈夫? って、これは」


 後から続けてやってきたエルモも、俺と同じようにその光景に驚きの声を上げる。

 周りを見渡すが巨大魚の姿は見えない。


「ちょっとサーチしてみるね」

「おう。あいつがこっちに入り込んだんだとしたらどこかに居るはずだからな」

「いた。この先50メルくらいの所」

「もう逃さねぇぞ。といっても鍵さえ返してもらえりゃ良いんだが」

「捕まえるんじゃなかったの?」


 俺はエルモの問いかけに首を振って否定する。


「あいつは第二回釣り大会にも出場してもらうつもりだ」

「出場って……まぁ、意味はわかるけど。それじゃあ鍵さえ見つかれば良いんだね?」

「おうよ」

「だったらもう少し先に行った所に落ちてるみたいだよ」


 エルモはそう告げると、俺を追い越し前に向かって泳いでいく。

 どうやら俺の鍵は、巨大魚に飲み込まれていたわけではなく、やつの体に引っかかってここで落ちたらしい。


「あったよ」


 水の底に落ちていた鍵をエルモが持って俺の方に戻ってきた。

 俺はそれを受け取ると、とりあえずズボンのポケットにしまい込む。


「しかし、ここはどこなんだ? エルモわかるか?」

「さっきサーチした感じだと、この先に階段があるみたいだよ」

「階段ってことはここは人工の場所ってことか」

「それはそうだと思うよ。だって次元穴でつながってたんだから」


 とすると、この場所がふしぎと明るいのも納得だ。

 ただ問題はこの場所を作った人物が、どうして池の底なんかを出入り口にしたのかだが。


「よっぽどここを秘密にしたかったんだろうね」

「エルモほどじゃないとしても、かなりの術者でもなけりゃ、魔族が闊歩する森にある池の底になんて潜るやつは居ないもんな」

「それで、どうするの?」

「どうするって、そりゃせっかく来たんだから、この奥に何があるのか確かめないで帰れないだろ」

「そういうと思った」


 俺たちは一つ頷き合うと、ゆっくりと水面へ浮上していく。

 水面が近づくにつれ、明るさがどんどん増していくが、流石に外というわけではなかった。


「ここは地底湖か」

「みたいだね。光ってるのはヒカリゴケみたいなものかな? もしかしたら魔法生物だったりして」


 水面を階段がある場所まで泳ぐ。

 そして自ら上がると、エルモと二人階段を登っていった。

 階段の中もヒカリゴケのようなものがそこかしこに生えていたおかげで、いちいち光源を魔法で作り出す必要もない。


 階段を10メルほど登ると、そこにはまっすぐ長い洞窟が存在していた。

 自然の岩場を掘っただけの一見雑にも思える作りではあったが、エルモの見立てでは魔法によって崩れないようにコーティングされているという。


「とても高度な魔法だよ」

「さっきの次元穴といい、この洞窟といい、いったいどんなやつが作ったんだろうな」


 俺たちは岩の洞窟をゆっくりと歩いていく。

 これほどの魔法を使う人物が作った洞窟だ。

 どこかに罠でも仕掛けられているかもしれない。

 自然と慎重になり、口数も減っていった。


「ルギー、あれ」

「あれって……扉か?」


 しばらく洞窟を進んだ先。

 突然ぽつんと一つの扉が、洞窟の横に現れたのだ。


「入る?」

「あたりまえだ」

「一応魔法の準備はしておくね」

「中には何の気配も無いな。罠の気配も無いけど油断はできねぇな」


 おれは扉の取っ手に手を掛けるとゆっくりと捻り引っ張る。


「鍵は掛かってないみたいだ」


 そのまま慎重に扉を開く。

 何の罠もないまま、開ききった扉の向こうには――


「ここって、誰かの部屋だったのかな?」


 俺は慎重に部屋の中に体を滑り込ませる。

 そこは大きめの机が一つ。

 かなりの量の本が並んだ書棚と、更に奥に続く扉が二つ。

 広さとしては十メル四方程度だろうか。

 立派な書斎にしか思えない部屋の風景がそこにはあったのだった。

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