第34話 もう一つのダンジョン

 未だ黒い煙があがる村の残骸を見つめ、茫然自失のイアン。

 そんな彼の前に突然一人の人間族の男が現れた。

 こんな魔族が蔓延る地に人間が一人でやってくるなんて信じられないと驚くイアンに、彼は笑顔を浮かべながら口を開く。


 その男は自らを『ロギエ』と名乗り、これはあの森の先にある『ザカール帝国』という人間国家の仕業であると告げた。

 ザカール帝国は魔族たちには何の価値があるかわからないまま放置されている、手つかずの魔族領にある資源を求めてやってきたのだと言う。


 今まで人間族はこの地に住む魔族や魔獣の力を恐れて手を出してこなかった。

 だが、昨今人間族国家の間で様々な技術革新が進み、この魔族領の生き物を倒せるほどの力を手に入れた彼ら。


 ロギエはいやらしい笑みを浮かべたまま告げる。

 ザカール帝国だけでなく、この先次々に魔族領の周りにある人間国家がこの地に攻め込んでくるだろう……と。


 そして、彼は尋ねる。

 オーク族最弱と罵られて生きてきたイアンに「そんな奴らにも負けない力が欲しくないかしら~?」と。

 あまりの胡散臭さに最初こそ疑いのまなざしを向けていたイアンだったが、男の目を見ているうちにそんな疑心が不思議と消えていったという。


 『たぶんだが奴は何か俺の心を懐柔するような魔法を使っていたのだろう』


 だが、今となってはロギエの、その言葉を信じたのは正解だったとイアンは綴る。


 なぜなら――


「『なぜなら俺は、奴のおかげでこの魔族領でも屈指の力を手に入れる事が出来たのだから』か」

「ロギエってどこかで聞いたことがある気がするんだけど」

「俺は全く聞いた覚えはないけどな」

「うーん……あっ、思い出した。勇者パーティの中にロギエっていう付与術士がいたんだよ」

「村に来たときにはいなかったよな?」

「たぶん。なんだかロギエのことが美味く思い出せないんだよ」


 エルモは自分の頭を両手で抱えながら、なんとかロギエについて思い出そうと努力していたようだが、結局彼女が思い出せたのは彼の名前と付与術士であったということだけであった。


「今のエルモでも解けないほどの認識阻害魔法使いなのか」

「ううん、これはあの頃の僕が認識阻害されていたから記憶自体がないんだよ。今なら絶対に掛からないはずさ」


 俺たちはいったんロギエについては後回しにして、イアンの日記の続きを読むために、ノートへ目を戻した。


 その後イアンがロギエに連れてこられたのが、今俺たちがいるこの書斎だ。

 イアンの日記には「このダンジョンの中では何度死んでもすぐに蘇ることが出来る。どれだけ無茶な修行も行えるのだ」と書かれていて――


「つまりここって、僕たちが修行した賢者のダンジョンと一緒ってことでいいのかな?」

「全く一緒なのかどうかはわかんねぇが。イアンがここで俺たちと同じように何度も死に戻りを繰り返し修行をしたって日記に書いてあるしな」

「あんなおかしなダンジョンがもう一つあるなんて」


 俺たちは書斎中を見回す。

 言われてみればこの場所は俺たちが長い間修行に明け暮れたあの賢者のダンジョンの部屋に似ている。


「ここが賢者のダンジョンと同じだということは、そのイアンさんって人は僕たちと同じように強くなったってことだよね」

「だな。魔族の寿命ってのはよくわからないが、もしここに書かれているロギエってのがエルモの知ってるやつと同一人物だとしたらそんなに昔の話じゃない」

「だとするとまだこの元魔王領……魔族領にいるかもしれないね。でもだったら一体どこにいるんだろ」

「日記の続きに書いてあるかもしれないから読むぞ」


 そこからしばらく、日記にはこのダンジョンでの修行が如何に辛く孤独だったかが書かれていた。

 この地にイアンを招き入れたロギエは、このダンジョンの『使い方』を教えるとさっさとどこかに消えてしまったせいで、イアンはずっと一人無限のような時間を過ごすことになっていたのだ。


 どれぐらいの月日を修行に費やしただろうか。

 ある日、あのロギエと名乗る男が突然この部屋にやってきた。

 そしてイアンの姿を見てこう口にした。


「へぇ~。才能ある子だとおもってたけどぉ。この短期間でそこまで強くなるなんてねぇ」

「短期間……だと」

「そうよ。この中にいると外のことってわかんないから知らないでしょうけど、アナタがここに来てから外ではまだ半年も経ってないのよ」

「嘘だ」

「本当よぉ~。でも、おかげで間に合ったわ」

「間に合った? 何に間に合ったと言うんだ?」


 ロギエは前に見たような嫌らしいものとは違う、心底楽しそうな笑顔を浮かべ告げた。


「人族国家との戦争に……よ」


 

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