第14話 元魔王領

「異世界の科学とかいう力についてもっと教えて欲しいんだけど」

「そう言われましても。わたくし、この世界に転生する前は文系の女子高生でしたので科学についてはあまりわかりませんの」

「それじゃあ、異世界のことについて書かれてた本に書いてあったんだけど『びーえる』という言葉の意味ってわかるかな?」

「ああ、それなら得意分野でしたわ」


 俺はエルモとレートの訳のわからない会話を背に、目の前に広がる赤い世界を崖の上から眺めている。

 砦でレートを仲間に加えた後、俺たちは一路元魔王領を目指した。

 途中の町で、砦から奪ってきた戦利品を処分し手に入れた金銭で、これから必要となりそうな大量の物資を買い付けながら。


 エルモはあの時、俺をそっちのけでレートと色々な話をしていた。

 そして話のついでにレートに「何者にも干渉されないような土地を知らないか」と尋ねたらしい。

 

「そりゃまぁ、ここならしばらくは誰も手は出さないだろうけどさ」


 レートがエルモに伝えた内容はこうだ。

 勇者たちを含む連合軍が魔王を倒したまでは俺たちも知っている話である。

 だが、そこから先が問題だった。

 俺はすっかり魔王領も魔王が倒されたことで解放され、王国をはじめとした国々が分割統治するのだと思っていた。

 だが現実は少し違ったらしい。


 元々魔族が住んでいた魔王領は資源が乏しく、魔族や魔獣以外の生き物が生きて行くには過酷な環境の土地ばかり。

 たとえその土地を貰ったとしても全く旨味がないばかりか、統治のために軍を常駐させる必要があっる。

 乏しい資源を回収するためにそこまでするとなると、たちまち赤字になってしまうらしい。

 なので、魔王軍に奪われた土地と、一部の資源が豊富な土地以外は、戦後結局そのままどこの国も手を出さないまま放置されることになった。


「僕たちだけで静かに暮らして行くには最高の場所だよ」

「こんな所で暮らしていけるのでしょうか?」

「あのなぁ。お前がここなら大丈夫だってエルモに言ったから来たんだぞ」

「それはそうですけれど……まさか本当に魔王領まで来ることが出来るなんて思わなくて」


 確かに彼女の言う通り、ここまでの道程は簡単ではなかった。

 いや、俺たちにとっては簡単だったのだが、普通の冒険者では何度も死んでいただろう。


 なんせまとまった『魔王軍』は壊滅したといっても、魔王領に闊歩している強大な魔族や魔獣は全滅したわけではないからだ。

 それどころか『魔王』というカリスマを失った魔族や魔獣は統率を失いやりたい放題を始めたとか。


 連合軍が魔王領を統治したがらない理由の一つは間違いなくそれもあるだろう。

 おかげでかなり数は減っているとはいえ、ここまでやってくるまでの間でも、軍隊レベルか勇者くらいの力でも無ければ倒すのに苦労するであろう魔獣と何回も戦う羽目になった。

 結果、俺とエルモの収納ポーチの中には倒した魔獣から剥ぎ取った素材が溜まって邪魔になっている。

 まぁ、別に容量的には問題ないのだが、現状この素材をさばくルートを俺たちは持っていない。

 しばらくは収納ポーチの肥やし確定である。


「それで『びーえる』というのはですね。殿方と殿方が……」

「なるほど、それで……えっ、そんなことまで……」


 後ろで行われている会話の内容が半分も理解できない俺は、目の前の荒野のどこに自分たちの拠点を作ろうかと考えつつ干し肉をかじって腹を満たす。


 完全に真っ平らで何もない所だと、周りから丸見えだし、巨大な魔獣が突っ込んでくると面倒だ。

 なので、少し先に見える森の中を切り開いて簡単な砦のようなものを作ろうと決めた。


 森の中は森の中で強力な魔獣が闊歩しているが、平野をうろつく巨大魔獣に比べれば防壁で簡単に防げるだろう。

 なにより森の奥なら、王国を始め他国の偵察部隊に見つかる可能性がかなり低くなるはずだ。

 やつらは魔王領の奥深くまでは入ってこないだろうが、万が一と言うことがある。

 特に勇者のようにこの世界へ召喚されてきた者や、レートのような転生者は途轍もない力をもっている事が多いと、賢者オリジが残した書物にも書かれていた。

 たしかに勇者は既に俺の敵ではないとはいえ、魔王を屠っただけの力はあった。

 異世界からの転生者であるレートに関しては今のところ特に強力な力があるようには見えないが、俺たちに力を隠しているだけの可能性もある。


「なるほど。この『尊い』という言葉はそういうときに使うわけだね」

「そうですわね。尊すぎて死んじゃいますわ! のように、推しキャラの……」


 やはりそんな力を隠しているとは思えないか。

 俺は腰を上げると、何やら盛り上がっている二人に向けて声を掛ける。


「お前ら、そろそろ行くぞ」

「えっ、もう?」

「もうじゃねぇよ。一体いつまでここに居るつもりなんだ? 日が暮れちまうぞ」

「本当ですわ。いつの間にか日の光が傾きかけてますわ」


 二人は慌てたように立ち上がると、体と服についた砂埃を払い落とし荷物を背負い直す。


「それでルギー。拠点をどこにするかきめたの?」

「ああ、あっちに見える森の奥にしようかと思ってな」

「うん、いいね。ルギーにしては結構考えたんだね」

「俺にしてはってどういう事だよ。それに俺は場所を言っただけで、どうしてそう決めたかは言ってねぇだろ?」

「言わなくてもわかるよ」

「以心伝心というやつですわよね? 憧れますわ」

「違ぇよ」


 俺は何やら頬を染めてキラキラした目で俺たち二人を見つめるレートを払いのけるように手を振るとエルモに「あの森まで飛べるか?」と尋ねた。


「もちろん」

「じゃあ頼む。今から歩いて行ったら日が暮れちまうし、地上をうろついてる魔獣が邪魔くさいしな」

「空だって飛行魔獣とか飛んでるけどね」

「打ち落とせば良いだけだから簡単だろ」

「ドラゴン相手じゃなければね」

「見える範囲にゃいねぇから大丈夫だろ」


 俺は森までの空を一瞥して答える。

 ドラゴンのように体の大きな魔獣は遠くからでも視認が可能だ。


「それじゃレート、ルギー。二人とも僕の手を握って」

「はいですわ」

「おう」


 エルモが広げた両手を、俺とレートがそれぞれ片方握りしめる。

 瞬間、俺たちの足がゆっくりと浮き上がっていく。


「じゃあいくよ! しっかり握っててね」


 そして、エルモのその言葉と共に一気に高度と速度を上げ、一直線に目的地の森へ向けて飛んだのだった。


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