第15話 side キュレナ&ロギエ

 広い草原の真ん中でキュレナは未だに青ざめた顔で震えている勇者と共に動けずにいた。

 彼女の心の中に渦巻くもの、それは。

 いったいなぜ。

 どうして。

 そんな疑問の言葉ばかり。


 つい先ほど起こった出来事が彼女にはいまだに信じられなかった。

 キュレナの傍らで地面に座り込み震えている勇者の姿すら目に入っていない。

 彼女の目はこの場を去っていった二人が消えていったほうを見つめたまま。


「は~い、聖女ちゃ~ん♪ なにしてるのぉ?」


 そんな彼女の耳に突然脳天気な声が飛び込んできた。

 ゆっくりと視線をその声の方に向ける。

 そこには胸元を大きくはだけた白いシャツと真っ赤なストレートパンツを身につけた細身の男が、自らの前髪を指先でくるくるといじりながら歩いてくるのが見えた。

 肌着は着ていないのか、白いシャツから骨張った地肌が見えている。

 その男は踊るような足取りでキュレナの元までやってくると、彼女と隣で震えている勇者を面白いものを見つけた子供のような顔で覗き込む。


「おやおやぁ。これは一体全体どうしたのかなぁ? 勇者ちゃん、顔真っ青じゃな~い」

「ロギエ! あなた今までどこで何をしてたのよ!」

「なによぅ。そんなに怒鳴らなくてもきこえてるわよぅ」


 ロギエと言われたその優男は、大げさにのけぞるような仕草をし、両耳を手で押さえるふりをする。

 おちゃらけたその姿にキュレナの眉尻がどんどん上がっていく。


「あなたね! ふざけるのもいい加減にしなさいよ!!」

「ふざけてなんかないわよぅ。アタシはタダこの状況はいったいどういうことなのかなーって教えて貰いたかっただけなのよぅ~」


 わざとらしい動きで草原に倒れている勇者たちを見回して、ロギエは最後にキュレナの目を見つめる。


「魔王と戦った時ですらこんなにボロボロになってなかったのにねぇ」

「ルギーよ……」

「ルギー?」

「前に貴女にも話したことがあるでしょ。私の婚約者だったルキシオス」

「だった? 貴女がずっと望んでいた婚約破棄は成功したってこと? それにしては浮かない顔ねぇ」


 キュレナはふざけた動きと表情でそんなことを言うロギエに、また切れそうになりながらも話を続けることにした。

 ロギエはいつもふざけたような言動と行動をするが、勇者パーティにとってはなくてはならない補助魔法使いである。

 幾多の戦場でも、あの魔王との戦いでも彼の補助魔法や妨害魔法にはかなり助けられたのだ。


 ただ、そのふざけた言動と、時折ふらっと居なくなる自由気ままな性格にキュレナはいつもいらだちを覚えていた。

 今日も早めに村に向かうために町を出ると決めていたのに、ロギエだけは町で遊んでから行くと言って別行動をしていたのである。


「婚約破棄は出来たわ……あっちから婚約破棄してきたのよ」

「良かったじゃな~い」

「全然良くないわよ!!」


 キュレナはその瞳に涙を浮かべるとロギエにことの顛末を自分のわかる範囲で語って聞かせた。

 自分の作戦は途中までは上手くいっていたこと。

 勇者とルキシオスとの決闘が始まったこと。

 一瞬で勇者が聖鎧を壊されて、それに怒った仲間の二人もルキシオスと、エルモに倒されたことを。


「あら? ということはこの破片が聖鎧の残骸なのかしら? 聖なる鎧もこうなるとただのゴミねぇ」


 ロギエはそう呟きながら足下にばらけた破片を足で踏みながら嗤う。

 仮にも神が授けたと言われている聖鎧を『ゴミ』扱いするとは。

 ロギエの言動に驚愕に満ちた表情を浮かべるキュレナの前で、彼は落ちている欠片を拾い集めだす。

 そして呆けている勇者の体に残った聖鎧の残骸をも引っぺがすと、その全てを山積みにした。


「これで全部かしらね? まぁ別に少しぐらい『抜け』があってもかまわないけどぉ」

「一体何をするつもりなの?」


 ロギエが一体何を始めるのか全く理解できず、キュレナは彼の顔を見上げながらそう尋ねる。

 そんな彼女にロギエはニヤリと少し馬鹿にしたような笑みを浮かべると――


「そんなのきまってるじゃないですかぁ。聖鎧を修理するんですよぉ」

「こんな状態の聖鎧を? いくらあなたが少しくらい鍛冶スキルを持ってるといっても神具なのよ!」

「神具だろうがお鍋だろうがいっしょよぉ~。そおれっ! レッツ! コンバイン~~♪」


 くねくねとした気持ち悪いロギエの動きに合わせて、彼の体から不可思議な虹色の雲状の何かが湧き出してきた。

 そしてその虹色の雲はそのままゆっくりと山積みにされた聖鎧の残骸を包み込む。


「そんな……信じられない」


 キュレナの目の前でバラバラになっていた聖鎧の破片が次々と組み合わさっていく。

 やがてその全ての欠片が一つに集まり、ヒビだらけではあるが元の形を取り戻した聖鎧が完成した。

 その聖鎧の周りをくるくる周回しながら何かを確認していたロギエだったが、おもむろに立ち止まると、今度は大きく手を広げる。


「さてと、それじゃあいくねぇ~。デ・リペアラ~♪」


 広げた両手の手のひらから、今度は虹色の光があふれ出す。

 その光が次の瞬間、虹色の雲で包まれた聖鎧に向けて一気に照射され……。


「う……そでしょ……」

「アタシ嘘つかない~♪ ってのも嘘だけどぉ~」


 キュレナの見つめる先で、ヒビ割れだらけだった聖鎧がみるみるうちに元の姿に戻っていく。

 いや、元の姿よりももっと――傷一つ無い新品の様に修復されて行くではないか。


「流石のアタシもつかれちゃったわ~」


 聖鎧を包んでいた光が消え去り、新品同様のそれが地面に転がったとたんロギエはわざとらしい口調でそう告げてその場に座り込む。

 その顔には全く疲労感の欠片も見当たらないのだが。


「さてと。アタシつかれちゃったからぁ~。休んでいるからその間に聖女ちゃんはあっちの二人を治療してこっちに連れてきてちょーだい」

「えっ」

「そして全員が揃ったら詳しい話きかせてもらうわぁ」


 ロギエはそれだけ言うとその場にゴロリと横になる。

 何か文句を言いかけたキュレナだったが、こういうとき、ロギエには何を言っても暖簾に腕押しだと知っている彼女は一度大きく嘆息すると、しかたなく立ち上がり倒れている二人に向けて歩き出した。


 そんな背中を片目だけ開いて見送ったロギエは、その視線を空に向け呟いた。


「これは久々に面白くなりそうねぇ」


 と。


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