第3話 かつて俺が死んだはずの洞窟へ
「本当にやるの?」
「ああ、俺は強くなる。そしてあのクソ忌ま忌ましい勇者をぶん殴ってやらないと気が済まない」
今、俺とエルモは小さな洞窟の入り口に立っていた。
婚約者である幼なじみを勇者一行に連れ去られてから二週間。
最初の一週間は勇者に相手にもされなかった悔しさと、キュレナの前で無様を晒したことの恥ずかしさで部屋から殆ど出る事も無くもだえ苦しんでいた。
その間、勇者一行に捨てられたもう一人の幼なじみであるエルモは毎日のように俺の部屋に食事を運んだり、様子を見に来てくれていた。
彼女は回復魔法は使えても戦闘は門外漢だったため、一人では王都まで戻ることも出来ず途方に暮れていたのだが、既に彼女の家もこの村からはなくなっているということで俺の家に招き王都まで行く商隊が来るまでの間面倒を見ることになったのだ。
キュレナと違ってエルモは素直で真面目。その上一方的に世話になっているのが心苦しいと家の手伝いを一生懸命やってくれた。
一週間ずっと部屋の中に閉じこもっていた俺を支えてくれたのはエルモだった。
「僕がこの治癒魔法が使えるようになったのはルギーのおかげなんだ」
「どういうことだ」
一週間経ったその日、ようやく心が落ち着き始めた俺に、エルモはそう語り出した。
この辺境の村を旅立つ直前だったという。
森の奥にある洞窟の前で倒れていた俺を見つけたエルモは、必死に俺を目覚めさせようとしたらしい。
そしてその時、自分の中に回復魔法を使える力があることに気がついたという。
「ルギーが入っちゃ行けない洞窟を探検するって聞いて、僕が止めても聞かなかったからこっそり追いかけたんだ。そうしたらルギーが洞窟の前で死んだように倒れててさ」
「ああ、あの時か。それで……」
俺はエルモの話を聞いてその日のことを思い出した。
洞窟の前で、まるで死んだように転がっていたとエルモは言う。
だが、俺はあの日本当に死んでいたのだ。
その日俺は村はずれにある、入ってはいけないと大人たちから口酸っぱく言われていた洞窟に興味本位で足を踏み入れたのだ。
前日準備をしているところをエルモに見つかり、彼女に必死に止められたにもかかわらず俺は洞窟に向かった。
洞窟の中の探検は楽しかったが、気がついた時にはあまりに奥まで入り込んでしまい、俺は迷ってしまったのだ。
少しの食料しか持たないまま洞窟の中を何日もさまよい続けた俺は、やがて食料も水も尽き……死んだ。
そう、あの時俺は何日も洞窟の中を彷徨い続けたあげく、確実に死んだはずだった。
なのに俺がエルモに発見されたのは、俺が洞窟に入って行ってそれほど時間が経っていない頃だったと聞いた。
ではあの洞窟の中で過ごした辛く長い日々は夢だったとでも言うのだろうか。
しかし俺はそれが夢では無いと気づく。
なぜなら洞窟の中に持っていったはずの食料が無くなっていたからだ。
そして、その代わり俺の腰にぶら下げていたバッグの中に、洞窟の中で見つけた小さな鍵が入っていた。
洞窟のかなり奥。
行き止まりになった場所にぽつんと置かれた箱の中で見つけたこの鍵は、あれが現実だったと俺に伝えるには十分な物で。
その後、まだ元気だった両親にこっぴどく怒られた俺はもう一度あの洞窟に入ろうと向かったが、入り口が子供ではどうしようも無いほど封鎖されていたせいで諦めざるを得なかった。
その事をエルモの話を聞いて思い出した俺は、勢いよくベッドから飛び降りるとベッドの下に潜り込み。
「うわっ、急にどうしたのさ」
「ここに隠してあるんだ」
「ベッドの下に何を?」
「鍵だよ」
あの日、大人たちに見つかって取り上げられてはたまらないとベッドの下にあの日手に入れた鍵を貼り付けておいたのだ。
俺はその鍵を手に取るとベッドの上に戻る。
「それ、どこの鍵なの?」
古めかしい鉄の鍵を興味深げに見るエルモに俺は「あの洞窟の中で見つけたんだ」と告げる。
「洞窟の中って、ルギーは前で倒れてたんだよ?」
「らしいな。だけど俺は本当にあの洞窟の中に入ったんだ。これがその証拠だよ」
「この鍵がどうして証拠になるのさ」
いぶかしげに鍵を見つけるエルモに、俺は初めてあの日起こった出来事を告げた。
今まで話さなかったのは、そんな荒唐無稽な話を誰も信じてくれないだろうと思っていたからだ。
「そんなことあり得ない」
「俺もそう思った。だからもう一度あの洞窟に行って確かめようとしたんだが」
子供の力ではどうやっても入ることが出来ないように固められた入り口を思い出しながら俺はエルモに語りかける。
もし俺の記憶が確かなら、この鍵があの洞窟の謎を解く『鍵』に成るであろうことを。
「じゃあその入り口の近くにあった鍵穴を確かめに行くって事?」
「ああ、俺も最初入って直ぐにそれを見つけた時は鍵穴だなんて思わなかったよ」
洞窟に入ってしばらく進んだ所に少し広くなった空洞が存在した。
そこには不思議な模様が壁一面に描かれていて、その中に小さな穴が空いている場所を発見したのである。
模様の一部か何かだとその時は思っていた、だが今思い返すとあの穴はこの鍵と同じ形をしていたように思えるのだ。
「今ならあの封鎖を退けて洞窟の中にいけると思うんだ」
「でも危険だよ」
「大丈夫。あの空洞までは一直線で迷う所なんて無かったからな。鍵が使えるかどうかだけ確かめたら戻ってくるよ」
「じゃ、じゃあ僕も一緒に行くよ」
エルモは鍵を持った俺の手を自分の手で包み込むように握ると決意を込めた目でそう言った。
それからの行動は早かった。
部屋から出た俺たちは村人たちの目を避けながら洞窟へ向かう獣道へ足を踏み入れた。
昔の記憶ではかなり遠かったはずだが、成長した俺たちにはそれほど時間も掛からずその洞窟の前にたどり着く。
「なんだこりゃ」
「ボロボロだね」
そこにはあの日子供の俺の行く手を遮っていた頑丈な壁は見る影も無く崩れ去り、まるで俺たちを待っていたかのように口を開けた洞窟の入り口が鎮座していた。
「どういうことなの?」
「さぁな。でもいちいち封鎖を解く手間が省けたんだ」
俺は親指をたててエルモに合図すると洞窟に入るべく足を向けた。
それがあれほど長い……長い命がけの修行の始まりだとは、その時の俺たちには想像も出来なかったのだった。
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