第4話 時忘れの洞窟
俺は懐かしい洞窟の入り口に足を踏み入れながら「エルモ。明かりを頼む」と後ろから付いてくるエルモに声をかける。
次の瞬間、エルモの小さな呪文詠唱が聞こえるとぼわっとした光が俺たちを包み込むように発生する。
初級の光魔法だ。
回復魔法を使える者は簡単な光魔法を使うことが出来る。
それは回復魔法自体が光属性の魔法だからであるからだ。
「光魔法ってこういうときに便利だよな」
「夜とか暗くなっても本が読めるから便利だよ」
「本か……学校一の秀才だったエルモと違って俺は本とか難しい言葉が一杯のやつはちょっとな」
他愛の無い話をしつつ足を進めていくと、やがて狭かった洞窟の中から突然開けた場所に出る。
魔法の光に照らされた壁面には、記憶の通り様々な模様が描かれていて――。
「あった、これだ」
記憶を頼りに模様を追っていくと、小さな穴が見つかった。
鍵穴だと聞かされなければそんなところにある穴がそうだとは誰が思うだろうか。
俺はポケットから例の鍵を取り出すと、ゆっくりとその穴に差し込んでいく。
思った通り鍵と鍵穴はぴったりで、一番奥まで差し込んだ後一呼吸入れてからぐいっとひねる。
ガチャッとした手応え。
と同時、突然地面が揺れ出す。
「地震か?」
「ルギー、あれ見て!! 入り口が!!」
エルモが悲鳴に近い声を上げて指し示すのは俺たちが入ってきた入り口だ。
それがゆっくりと左に動いている。
いや、違うこれは。
「この部屋が回転してる?」
「ど、どういうことなのさ」
俺たちが見ている間にもどんどん入り口が閉ざされていく。
今から戻っても間に合わないと悟った俺は改めて部屋を見回しそれを見つけた。
「おいエルモ、あそこを見てみろ」
「どこ?」
閉じていく入り口とは正反対の場所。そこは先ほどまでは不思議な模様が描かれていた壁だったはずである。
だが、その壁に今は不思議な隙間が開いて、どんどん広がって行く。
「もしかしてあれって隠し部屋かな」
「そうだ。あの鍵はこの隠し部屋を開く鍵だったんだよ」
「じゃあ鍵を戻したらこの部屋も元に戻るのかな?」
「ああ、多分な。とりあえずあの部屋に行ってみようぜ」
俺はエルモにそう告げると、真っ先に壁に開いた隠し部屋の入り口に飛び込んだ。
「すげぇ」
「うわぁ」
飛び込んだ部屋。
そこは壁一面に大量の書物が置かれ、机だけで無く様々な生活に必要な家具が設置されていた。
それだけでは無い。
「ルギー、こっちにはキッチンもあるよ。あっちはお風呂場かな? 魔導具で水も出るんだ」
「ここに誰か住んでたのか?」
「だろうね。でもこんなに村に近いのに、ここに人が住んでいたなんて聞いたこと無いよ」
「俺もだ。いったい誰がこんな所に……エルモちょっと来てくれ」
隠し部屋の中をうろうろと設備を見て回っていた俺は、机の上に一冊の本がこれ見よがしに置かれているのを見つけた。
綺麗に整理整頓された部屋の中で、仕舞われもせずそこにぽつんと置かれた本。
まったく意味なく置かれているとは到底思えない。
俺はその本を手に取ると開く……が、そこに書かれていた文字は今まで学校で習った文字と微妙に形が違っていて読めなかった。
仕方なくエルモを呼んでその本を手渡す。
「読めるか?」
「これはこの国の古語だね。魔法の勉強には必要不可欠だからあっちの学校で習ってあるよ」
「じゃあ読んでくれ」
「えっとね……これは日記かな」
エルモが読み上げたその本は、実際には本では無かった。
それはこの部屋の主である一人の賢者が書き残した日記。
彼の名はオリジ。
かつてこの国で最高の英知を持っていると言われていた賢者だったという。
様々な世界の謎を解き明かし、新たな魔法や魔導具を作り上げた彼であったが老いには勝てなかった。
「そのオリジが残りの人生をかけて作り上げたのがこの洞窟だってのか」
「そうみたいだね」
賢者オリジは世界中から様々な文献を集め、人里を離れたこの地で研究を続けた。
その頃のこの地は今と違いそれなりに便利な土地だったらしい。
長い月日の中で人の流れが変わり、今は寂れてしまったが、当時は世界中の知識を集めるのに便利な要地だったのだ。
「そして作ったのがこの洞窟か」
「多分ここに書かれている『時忘れの洞窟』というのがここの名前だと思う」
「時忘れ……」
彼はこの『時忘れの洞窟』が完成すると、その中に引きこもり外界との接触を断った。
いや、時折否応なく洞窟の外に出なければならない時があったため、その時には町に出かけて新しい知識を仕入れていたらしい。
「否応なく洞窟から出なきゃならなかった理由って何だろう。食料が切れたとか?」
「食料はこの奥にある畑で無限に取れるらしいから違うんじゃ無いかな」
「じゃあどうして」
「待って、続きに書いてあるかもしれないから」
賢者オリジが作り出した『時忘れの洞窟』だったが、実際に洞窟の中の時間が止まるわけでは無かった。
時を止める術を研究していた彼が発見したのは時を止める方法ではなく時を巻き戻す力。
「この洞窟に入った直後まで時を戻す。その力を使うためには自らの命を差し出さなければならない……って」
「まさか、俺があの日体験した事って」
俺は俺の中で全てのピースが嵌まっていくのを感じ、体を震わせたのだった。
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