第2話 旅立つ婚約者と勇者に捨てられた幼なじみ

「おい、そこのお前」

「はい?」


 久々の再会にもりあがりかけていた俺に一人の男が声を掛ける。

 一行の中でも一番目立つ鎧を装備している男だ。


「貴方は?」

「俺はタイガ。この世界に召喚された勇者だ」


 こいつが勇者か。

 確かにこの国ではあまり見かけない黒髪黒目だ。

 顔立ちもどことなく幼く見えるが、聞いている話では俺よりも年上のはずである。


「話は伝令で伝わってると思うが、聖女を呼んできてくれ」

「聖女……? ああ、キュレナですか?」

「ほう。聖女の名はキュレナというのか」


 顎に手を当てて「なるほど聖女っぽい名前だな」などと呟くタイガの横で、エルモが驚いたような表情を浮かべていた。


 そういえばエルモとキュレナはこの村にいた頃仲が悪かった様に思う。

 二人が一緒に居る所を俺は一度も見たことがない。

 いや、一度だけ見たことがあったが、その時もかなり険悪な雰囲気だったと記憶している。


「おい君。聞いているのか? はやく聖女を、キュレナという娘を呼んでこい」

「そうだぞ。我々は忙しいのだ」

「あっ、はい。今呼んできます」


 俺は勇者に急かされ慌ててキュレナを呼びに行こうと振り返る。

 が、その必要は無かった。

 何故なら、振り返った先か当のキュレナがこちらに歩いてくるのが目に入ったからである。


「あれがキュレナです」

「ほう。美しいな」

「流石聖女と言ったところか」

「ここからでも聖女のオーラが見えるようですね」


 勇者一行が口々に初めて見るキュレナについて感想を述べる。

 それを聞きながら俺は、自分の婚約者が勇者一行から高い評価を受けていることに鼻高々だった。


「初めまして勇者様。そしてそのお仲間の皆様。私がこの度聖女の力を授かりましたキュレナと申します」


 俺とエルモの横を通り過ぎたキュレナが、勇者一行の前で優雅に礼をする。

 その所作はあまりに美しく、思わず見とれてしまう。


「話は聞いているな?」

「はい。光栄なことですわ」


 話?

 一体何のことだ。


 俺がその会話を不思議に思っているとキュレナが振り返った。

 そして俺に向かいこう告げた。


「私はこれから勇者様たちと共に魔王討伐の旅に出発するの」


 聖女としての力を得た彼女は、これから勇者一行に加わり魔王との戦いに身を置くことが決まっていたらしい。

 そんなことは一言も聞いていなかった俺はあからさまに狼狽してしまう。

 だってそうだろ。

 キュレナはおれの婚約者で、あと二年もしたら結婚してこの村で共に生きていくはずなのだ。


「行くな……キュレナ」

「無理よ。私は魔王を倒さなければならない使命を受けたのよ」

「じゃあ俺も一緒に行くよ。だから――」


 そうキュレナに伸ばした手が横からパチンと払われる。

 犯人は勇者だ。


「見苦しいね。君が聖女とどういう関係なのかは知らないけど、見る限り平凡な村人にしか見えないんだが。そんな弱者を連れて行けるわけ無いだろう」


 ドンッ。


 勇者の手が俺の胸を突くと、思いっきり後ろに吹っ飛んで転がってしまう。


「軽く突いただけなんだけどな。そんなに弱いんじゃやっぱり足手まといにしかならないよ」

「なんだと! 勇者だからって偉そうに!!」


 頭に血が上った俺は勢いで立ち上がると勇者に殴りかかる。

 だが、その拳は難なく躱されて、よろけた俺の腹に勇者の蹴りを食らってしまう。


「ぐはっ」

「できる限り手加減したんだよ。でもちょっと内臓をやっちゃったかな。えっとそこの……エルモちゃんだっけ? 治癒魔法で直してあげてよ」


 呆然とした表情で立ち尽くしていたエルモがその声を受けて慌てて俺に走り寄る。

 そしてその小さく華奢な手のひらを俺が腹を押さえている手の上に重ね――。


「ヒーリング」


 エルモの手のひらから不思議な暖かい何かが俺の体に流れ込む。

 その暖かさと共に徐々に腹の奥の痛みが消えていくのを感じた。


 これが回復魔法の力か。


「エルモ。お前いつの間にこんな魔法が使えるようになったんだよ」

「この村を出る少し前くらいだったかな。それよりどう? 体の調子は?」

「ああ、ありがとう。もう痛みは完全に消えたよ。しかしお前は凄いな。流石勇者パーティの一員になっただけはあるな……それに比べて俺は」


 俺は勇者に手も足も出なかった。

 いや、それ以前の問題だろう。


「違うよルギー。僕は勇者様の仲間なんかじゃ……」


 悲しげなその呟きを、勇者の声が遮る。

 その声にはあからさまに弱者を馬鹿にするような色が込められていて。


「そいつは俺たちの仲間なんかじゃないぞ。ちょうど聖女様が誕生した村の生まれだからって国が俺たちの道案内にと寄越しただけだ」

「まぁ、道中簡単な怪我を治すくらいはして貰ったがな」

「でもあの程度ならポーションの方が良かったかもしれませんよ」


 好き放題嘲るような声音で口々に道中での出来事を語る勇者とその仲間たちの態度に唖然としながらも俺はエルモに尋ねる。


「そうなのか?」


 勇者の言葉に驚いた俺がエルモに目を向けると、彼女は小さく頷きそれを肯定した。


「エルモ。これから先は聖女である私が勇者様の仲間としてついて行くから、あなたはそいつのお守りでもしてなさい」

「おいキュレナ。お前、幼なじみに向かってなんて言い方だ」

「いいんだよルギー……僕は……」


 キュレナに食ってかかりかけた俺の袖をエルモが引いて止める。


「エルモ。貴女は昔からずっと私には勝てなかったわね。やっと手に入れたらしいその回復魔法の力だって私の聖女の力に比べるべくもないほど弱すぎて話にならないわ」

「そうだな。彼女の回復魔法だと簡単な怪我でも時間が掛かりすぎて面倒だったんだよね。キュレナ、これからは伝説の聖女の力を得たという君を頼りにさせて貰うよ」

「わかりましたわ勇者様。聖女の力で皆を守ることが私の使命ですもの。今まで役立たずのヒーラーで皆さんも苦労したでしょう?」

「違いない」

「聖女様が現れなければどうしようかと皆で話し合ってた所だったよ」


 そんな会話をしながら、勇者一行とキュレナは村を出て行く。

 俺とエルモはその背中を追うことも出来ずにただ日が暮れるまでその場から動けずにいたのだった。

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