第29話:富士樹海ダンジョン②

爆炎に包まれる刀を横に振り、近くの根を焼き尽くす。火力は【エンチャント・火】のみと比べて格段に上がっている。何かいいスキルは思いつかないか……。モチーフがあれば……。何も浮かばないので一心不乱に剣を振る。根が切れ、葉が切れ、周囲の木が切れる。そして、ついに自分の魔力も切れた。エンチャント効果が全て消滅し、元の状態に戻る。ハエトリグサに甚大なダメージを与えることに成功した。後ろではどうにか香音が態勢を立て直し、回復魔法を掛けてくれる。この間、およそ1分。

「とどめだ!経験値になれ!」

俺は刀を握りなおして突撃する。残り数歩のところで足元に衝撃を感じる。直後、体に浮遊感を感じる。慌てて体制を整えつつハエトリグサの方に視線を向けると全ての傷が回復している。

「回復している!?」

周囲は戦闘など元から無かったかのように自然に支配されている。

「先輩!多分1分ごとに回復するやつです!」

「あれがモンスターにも適用されてるのか!逃げるぞ!【エンチャント・風】」

俺がエンチャントを掛けるのと同時に香音が補助魔法を掛ける。

同時に走りだし、一度戻ってから迂回して先に進む。後ろから執拗に根が追ってくる。全力で走り、根が追ってこなくなったところで立ち止まる。

「香音、大丈夫か?」

俺は振り返って香音の状態を確認する。しかし、そこに香音は見当たらない。

「香音?隠れて無くてももう大丈夫だぞ?」

茂みから出てくる様子は全くない。おそらくは迷子という最悪の事態だろう。

「やばい、何とかして合流しないと!近接戦闘は俺しかできないのに!」

とは言っても戦闘から離脱してから1分は経っているので痕跡では辿れない。だからと言って香音も同じ行動をする事に賭けてダンジョンから脱出したら香音が脱出しなかったときに更に合流が難しくなる。とりあえず歩き回ることにしよう。

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必死に逃げていたら先輩とはぐれてしまった。どうにか木の上に上って姿を隠す。暗い森の中、戦うには圧倒的に不利な状況で一人になるととても心細くなってくる。あの先輩は多分こんな状態でもダンジョンから出ずにどうにかして私の事を探してくれているだろう。脱出するわけにはいかない。どうしようかと不安になっていると涙が出てくる。

「どうして、これはゲームの中だからこんなに怖がらなくてもいいのは分かっているはずなのに……」

ローブの袖で乱暴に涙を拭う。泣いているわけにはいかないのに涙は止まらない。

深く息を吸い込み、どうにか心を落ち着ける。

「私も動こう。先輩に頼ってばかりはいられないから」

決意したタイミングで遠くで大量の木が薙ぎ倒されるのが見えた。多分あの先に先輩が居る。私は走り出した。


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