鈴蘭図書館

小高まあな

鈴蘭図書館

 外を歩きたくて、でもあまり人目に触れたくなくて、人通りの少ない方にどんどん進んだ先に、その建物はあった。

 他の一般住宅よりも広く、デザインも凝っている気がする。門の所には、「鈴蘭図書館」と書かれていた。

 図書館。書籍を多数所有し、他者に閲覧させたり貸し出したりするところ。データベースがそんな言葉を引っ張り出してくる。

 気になる。しかし、入るわけにも……。と、外でぼーっと見ていると、

「よかったら中にどうぞ、大きなお兄さん」

 地球人の女性が二階の窓から顔をのぞかせて言った。

「玄関の鍵は空いているから。天井低いから気をつけてね」

 立ち去ろうかとも思ったが、好奇心が勝った。

「失礼します……」

 玄関の方に足を向けた。


 建物の中に入ると、ぎっしりと天井まで続く棚と、そこに本が置かれていた。そうか、これが、本か。

「初めての方よね? 一応、説明させていただくわね」

 一階に降りてきた女性が笑う。地球人の年齢はよくわからない。

 この星の建物は天井が低すぎる。頭を低くしながら女性についていく。建物の中にはチラホラ人がいて、思い思いに本をめくっていた。

 建物の奥にある小さな部屋に案内される。扉には受付と書いてあった。椅子とテーブル、この星の電子端末。

「どうぞ」

 促されて椅子に腰を下ろす。曲げていた首が痛くて、軽く回した。

「お兄さん、背が高いのね」

「ええ、まあ」

「それに素敵な髪色」

「はあ」

 見た目は地球人に似ているものの、三メートル近くある背も、このオレンジの派手な髪色も、クヴァラー星人にとっては普通のことだ。

 ただまあ、異邦人はこちらの方。五十日ほど前に、クヴァラー星が消滅し、この地球にやってきた。現在絶賛、移住許可を求めて交渉中。交渉は代表者がやっていて、我々は条件付きで自由に散歩をしている。病原菌検査とか、発信機つけるとか、遠くに行かないとか。なんかそういう感じ。その中にむやみに地球人に話しかけないというのもあった気がするが、話しかけてきたのは向こうだから仕方ない。

 我々に自由を許しているのは甘い気もするが、地球人は二百年かけて我々の身体を調べあげ、無害だと判断したらしい。下手に警戒されるよりはいいのだろう。

 地球人とクヴァラー星人では、時間の感覚が違う。我々にとっての一日は、地球人にとって四年。彼らにとって我々が来てから二百年ぐらい経っているのだ。その間放り出さず、話し合いをしてくれているのはなかなかに気が長い。

「ここは?」

 我々のことを知っているのは各国の代表者のみ。クヴァラー星人のことなど知らないであろう目の前の女性に問う。

「鈴蘭図書館。私、遠峰すずらんが作った、私立図書館です」

 すずらんは笑う。地球の言語を自動翻訳してくれる機械は、脳内に埋め込まれている。そこのデータベースには、図書館はほとんどが公的なものだと書かれている。

「宝くじが当たってね、ずっと夢だった図書館を作ったの。本に囲まれて生活したくて」

 本というのは少し不自由なものだと思う。一度に一人しか読めないし。

「最近は電子書籍が主流で紙の本はイマイチ……っていう感じだけど、紙だからこそわかることもあるのにね」

 そういうものだろうか。

「さて、ここにあるのは小説、物語だけ。ビジネス書なんかをご希望の場合は、駅前へどうぞ。閉館は十七時。飲食は奥のテラスだけOK。貸し出しは一人三冊。期限は二週間だけど延長は可。貸し出しの際は個人情報登録してもらうけど、閲覧だけならご自由に」

 何か質問は? と言われ、少し悩み、

「本を読む文化がない」

「あら、じゃあこれから楽しみがたくさん待ってるのね。羨ましい」

 素直すぎる言葉に気を悪くするどころか、楽しそうに笑うとすずらんは立ち上がる。

「それじゃあ、オススメ選びましょうか」

 歩き出すから慌ててついていく。

「好きな物語ってある? 映画とか、ドラマとかで」

 映画もドラマも縁がないが、

「英雄がドラゴンを倒す話とかなら演劇で……」

 ある種の神話。何度も見た。

「それは、好き?」

「まあ。ピンチから逆転すると、スカッとする」

「なるほど」

 すずらんは棚を眺め、

「これをどうぞ」

 一冊の本を手渡す。少し古い、箱に入ったもの。開けると、紺色の表紙に題名が金色で書かれていた。

「へー、綺麗なんだな」

 思わず呟く。表紙の手触りも良い。

「そうでしょう? 紙の本は装丁も楽しむものだからね」

 すずらんは笑い、手を伸ばすとページをめくる。

「これ、中学生ぐらいを対象にした冒険活劇。本が初めてならちょうどいいんじゃないかしら? もっと対象年齢低い本もあるけど……あなた、賢そうだからつまらないって言いそう」

 くすくすと笑う。よく笑う女だ。

「お好きな席に座ってどうぞ。何かあったら声をかけて」

 それだけ言ってすずらんが立ち去る。せっかくだし、近くの椅子に腰をおろした。

 視線を感じる。背も髪の色も、この星では目立つ。まあ、仕方ない。

 改めて本をめくった。


 その本には、三つの話が書かれていた。一つ目は時間がかかったが、最後の話はサクサク読めた。

「そろそろ閉館だけど」

 すずらんが声をかけてきたのは、ちょうど読み終えて、ぱたりと本を閉じたところだった。

「ああ、読み終えたみたいね」

「面白かった!」

 思わず声が大きくなる。それでも、誰かに伝えたかった。主人公の勇気のある姿、旅先で出会った人との恋、家で待つ家族、景色が浮かぶ描写、相棒の喋る剣との信頼感……。気づけば思ったことをばーっとすずらんに伝えていた。

「あ、すまない」

 勝手に喋っていたことに気づき慌てるが、

「面白かったみたいで良かった」

 すずらんはただ、優しく笑った。

「よかったら、何か借りていく?」

「あ、いや……」

 貸出期間は二週間。返しに来れるわけがない。

「ここには……今日、たまたま来ていて。普段は、遠くにいて……。だからしばらく来られないから」

「そう。残念ね。次はいつ頃この辺に来るの?」

「え、四年後……」

 馬鹿正直に答えたのは、他の本にも興味があったからだ。多分。

「じゃあまた四年後に」

「え?」

「覚えてたら来て」

 すずらんが笑う。なんでもないように。

「わかった」

 忘れるわけない。明日のことだから。

「もしもね、あなたが来た日に私がいなかったら……そこの絵あるでしょ」

 奥の壁の額縁を指さす。森の、絵?

「あそこにメッセージを残しておくから」

「メッセージ?」

「オススメの本とか」

 ああ、確かにそれは必要だ。自分じゃ何を選んだらいいか、わからない。

 それじゃあまた四年後に、と言ってすずらんと別れた。


 翌日、あるいは四年後、鈴蘭図書館に向かった。少し、早足になる。

 ドアを開ける。受付に向かうが、すずらんはいなかった。

 少しだけすずらんに似た女性が、こちらを見てちょっと驚いたような顔をする

「あ、あの、すずらん……さんは?」

「ああ」

 女性は悲しげな顔をすると、

「叔母は亡くなりました。わたしが今は引き継いでいます」

 そう、告げた。


 こちらにとっては一日でも、地球人にとっては四年。わかっていたが、まさかたった一日で会わなくなるとは思わなかった。

 そのまま帰ろうかとも思ったが、言いつけ通り奥の絵に向かう。メッセージがあると言っていたが……。

 躊躇いがちに額縁をいじっていると、

「うわっ」

 突然、壁が動いた。回転扉のように。そっと中をのぞくと、部屋のようだった。周囲に人がいないことを確認すると、中に滑り込む。壁は押して、入口は閉じた。

 壁の中には小さな部屋があった。壁が本棚になっているところは外と同じだが、天井が高い。二階までぶち抜きのようだ。

 ぐっと背伸びをする。楽だ。

 真ん中の机に何かある。近づいてみると、大きな兄さんへと書かれた封筒だった。これは自分へのものだろう。中を取りだし、目を通す。


「大きなお兄さんへ

また四年後と言ったけど、多分会えていないでしょうね。私の余命は一年だから。嘘をついて、ごめんなさい。

もうひとつ、言わなかったことがあるんだけど、お兄さんは噂の異星人さんよね? ネットで噂になっている、背の高い、四年に一度起きてくる異星人さん。

違ったらごめんなさい。でも、絶対そうだと思ってるのよね。私、死ぬまでに宇宙人見てみたかったから、その夢が叶って嬉しいの。だから、そういうことにしておいてね。

約束を破ったお詫びに、この部屋を自由に使ってください。仕掛け扉、面白かったでしょ? どんでん返しのある忍者屋敷に憧れてたから、建てる時に仕込んでもらったの。

ここなら天井が高いから身をかがめることもないし、周りからジロジロ見られることもないからゆっくり読めると思う。

図書館の管理は姪にお願いしてあるの。あの子は本が好きだから、しばらくは大丈夫だと思うけど……もしかしたら、いつかはこの図書館が無くなるかも。そしたら、この部屋の本は好きに持って帰っていいからね。なんだったら住んでもいいよ。ここの存在は誰も知らないから。あなたも内緒にしてね。

もう一枚におすすめの本、書いておきます。

それでは、良い読書を。

異星人のあなたが地球の本を好きになってくれたら嬉しいです。

遠峰すずらん」


 読み終わってため息をつく。

 こんな部屋を作るなんて不思議な人だ。本を読ませてくれるなんてありがたい。こっちのことを知っていたなんて。色々なことを思う。

 そして残念に思う。すずらんとは、もしかしたら友達になれたかもという気がするから。もう少し、会いたかった。

 おすすめの本リストを眺める。とりあえず上から順に読んでいこうか。時間はたっぷりある。

 友達になりそこなった地球人が、見せたかったものを、愛したものを、知りたい。

 そしたらきっと、地球を愛せるだろう。

 手紙にあったように、ここで暮らしてしまうのもありかもしれない。

 そんなことを思いながら、本棚へと、足を伸ばした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鈴蘭図書館 小高まあな @kmaana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ