サツマの祈り

松竹梅

サツマの祈り

「いこう、ノエル!」


 幼馴染のヨルに連れられて、ぼくは夕闇迫る街に出かけた。


 ぼくはこの街が好きだ。この街で生まれ、多くの人に触れた。

 お隣のセーラおばさん。街角にある古着屋のマリーヌさん。町一番のお金持ちで大きな畑を持つルドルフおじさん。裏に住んでいる双子のヨッタとニッタ。そして向かいに住む幼馴染のヨル。

 他にもいろいろな人が住んでいるけれど、みんなが優しい性格をしている。その影響か、ぼくも優しい性格に育ったと、自分の事ながら思っている。


 特にヨルとは気が合い、学園から帰ってきてからはよく2人で遊んでいた。裏のヨッタとニッタの目を盗んで庭を横切ってみたり、ルドルフおじさんをおだてて名産のロット肉をおごってもらった。マリーヌさんは挨拶をすると褒めてくれ、真珠くらいの大きさのキャンディをくれた。ルビーみたいに赤くきれいなそれを、通りを歩く人に自慢しながら歩いたものだ。


「おや、ヨルちゃん。またきれいなものを持っているねー」

「セリーヌさんにもらったんだー!挨拶したらくれたの!」

「そうかい!いい子にしたらきっとまたもらえるぞー」


 そういって街行く人からも真っ赤な宝石をもらうので、帰るころには両手で抱えきれないほどのキャンディがあった。さすがに全部持って帰ると、おかあさんとおとうさんに怒られてしまう。両親も優しいけれど、物をもらいすぎてしまうと「もらってばかりだと返すのが大変よねぇ」と困った顔をしてしまうのだ。

 なのでぼくたちは、もらったキャンディを街はずれの秘密基地に集め、両親の帰りが遅い日にこっそり食べに行くことにしていた。


 今日はミィの月の、ココの日。街の窓に反射する夕日が一番輝いて見えるころ、ヨルが迎えに来る。毎月この日がこっそり食べに行く日と決まっていた。

 この日の街はいつもと違う。普段は遅くまで開いている露店や飲み屋の光が煌々としてまぶしいけれど、この日はない。夕陽の赤が街を染め、暗い雰囲気になる。


 いつものように迎えに来たヨルとともに、基地を目指して街を出る。2人で探検したときに見つけた使い古しの家具やヤゲンの木で作られた小さな屋根、コボリウシの毛皮などで作った簡単なものだ。ひもや縄で固定しているだけ、非力なぼくたちにはこれが限界だった。でも、大きな木の枝葉に囲まれて目立たないその基地はうまくできていると思う。


「おいしーね!口に入れると気づいたらなくなっているし、どんどん食べちゃう!」

 その基地の一隅に、キャンディをためておく籠がある。屋根から顔を出し、沈んでいく夕陽を見ながらキャンディを食べるのが親のいないときの楽しみだ。ポケットから包み紙に入ったキャンディを出して口に入れる。この街に生きていて一番幸せな時間だ。


 ゴトッ。


 遠くないところで、鈍い音が聞こえた。2人で音のした方向を見る。葉の向こうで人影が声を潜めて話しているようだ。隠れて様子を窺い、息をひそめていると人影の話がうっすらと聞こえた。

「まったく、あの子には困ったものだ。あんなに元気に挨拶されるとわしらも昔を思い出してしまう」

「本当にそのとおりね、(ザクッ)街を駆け回っていたころが懐かしいわ」


 この声はセーラおばさんとルドルフおじさんだ。この辺りはルドルフおじさんの畑が近いのだ。畑仕事のときでもぼくたちのことを褒めてくれている。ヨルがくすりと笑った。


「あの子たちのおかげで(ザクッ)仕事の調子もいい、ありがたいことよ」

「そうね。あの子たちがいなかったら(ザクッ)なんてできないわ」

「(ザクッ)、こうして(ザクッ)のもあの子たちの(ザクッ)」

 何かしているのか、土を掘るような音が邪魔をする。もう少し近づいてみると、話がはっきり聞こえてきた。


「マリーヌの娘もいい餌を捕まえたものだ。あの子は喜んで食べているキャンディが」


 ザクッ。


「人の血でできていることも知らないのに」


 ガタッ。


 彼らのまん丸に開かれた目がこちらを向いた。ぼくから数歩離れたところ、ヨルの足にひもが引っかかってしまっている。外そうともせず彼女は様子のおかしい2人をじっと見ている。


「どういうこと」


 恐ろしいほど冷たい声が木々の間を抜ける。2人は少しだけ動じたが、すぐに優しい笑顔に戻った。


「なんだヨルちゃん、聞いてたのか」

「答えて」

「何のことかわからないね」

「答えて」


 ざわりとした空気が肌を撫でた。笑顔が2人から消え、冷ややかなものに変わる。

「どうってことない、マリーヌが君にあげていたのはわしが裏市場に流していた人間の血だ。裏の仕事を手伝ってくれるニッタとヨッタから買い上げ、畑で作った麻薬と混ぜているのさ。口に含めば恍惚とした気持ちになり、見るものすべてが輝いて見える魔性のキャンディ。君のお気に入りだろう」


 ニタリとした顔が歪み、下卑た笑いがこだまする。ヨルはたちまち青ざめた顔になり、吐き気を抑えるように口に手を押し付けた。彼女に2人が近づいてくる。

「これを知ったからにはあなたも材料になってもらわないと」

「安心したまえ、血以外もちゃんと大事に扱う。肉は露店、服はマリーヌに売ってもらう。少女の服は貴重だ、いい値段になるだろう」


 ルドルフが手にしたスコップを掲げ、震えて動けないヨルに近づいた。ぼくも基地の影から転げ出て、一目散に駆けだす。しかし赤茶色の錆のようなものがこびりついたスコップは、無情にも少女の首めがけて振り下ろされる。


「いい子にしてな、おやすみ」


 ドッ。


 振り下ろされたスコップは、豪快な音とともにはじけ、ルドルフは吹き飛んだ。セーラは何事かと驚くが、同じようにルドルフの上に突き飛ばされた。


 震えの止まったヨルが小さく呟く。

「おやすみなさい…悪い子のあなたたちは、永遠に」

 黒いオーラをまとったヨルは、先ほどの震えが嘘のように毅然として立ち、ぼくの横に並んできた。


「な、なにが起こったのだ?そいつはなんだ!」

「あら、見えてしまったのね、ノエルの事」

「ノエ・・・?」

「知らなくていいわ、あなたは死ぬのだから。その前に告白してくれてよかった」

 ヨルが手をかざす。待て、という声を上げる前に、ぼくの手に握られた鎌が彼らの命を削り取った。人形のように動かなくなった体を赤い夕陽が照らしていた。


   ***


「さ、街へ向かうわよ」

「いいのか?終わらせて」

「ええ、もう十分。この街でいい子のフリをするのも疲れたわ」

「結構好きだったけど」

「馬鹿言わないで、笑顔って疲れるのよ」

「どうせ震えてる間も笑ってたんだろ?殺す楽しみを抑えるようにして」

「あれは神聖な儀式よ。誰かを殺す間には祈りを捧げないと」

か。悪趣味としか思えないね」

「罪を告白することを祈ってるの。親も早く告白してくれたらいいのに」

「双子の前ではやめておきな、あいつらはやばい。この街のどの人間よりも」

「死神なのに死を恐れるのね、本当に不思議」

「ぼくは怖くない。怖いのは君に死なれることだ。君がいなければ、ぼくは生きられない」

「だから私を守ってくれるのでしょう?」


 ふっとはにかむ顔が目の前に現れる。今しがた、同じ笑顔を向けていた人を殺したとは思えない。

 だがそれが、死神のぼくと、親に捨てられたヨルが出会った意味であり、生きる意味なのだ。

「いきましょうノエル、この世のすべてに滅びの祈りを」

 2人並んで街に向かう。最も危険な故郷の街へ。

 すべての命に祈りを込めて。赤く輝く街に黒い夜の静けさを。

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サツマの祈り 松竹梅 @matu_take_ume_

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