第33話 天魔覆滅

「はあ……はあ……」

「はっ、はっ、はっ……」

「ぜあ……ぜい……」


 息が上がり頭がクラクラする。今直ぐにでも地べたに寝転がって一歩も動きたくない。しかしそうも言っていられない。ナムゾンを倒したからと言って、戦闘が終わった訳ではないのだ。

 そして弱りきっている俺たち三人を取り囲むアイテール解放の志士たち。魔人化し腕は武器へと変容している。

 にたりと笑い、その刃が俺たちの命を奪おうとする刹那、解放の志士たちは更に外側からの攻撃に葬り去られた。そこに居たのは魔人化した数名の騎士を引き連れたゼイラス王子だった。側近のビッシュさんガロンさんも魔人化している。


「……ありがとうございます」


 そう言うので精一杯だ。俺たち三人は互いの背を背もたれに、地面に腰を落とす。


「皆さん魔人化したんですね?」

「仕方ないだろ?こうでもしないと対抗出来なかったんだ」


 俺たち三人を庇うように、ゼイラス王子ら騎士たちが辺りを警戒してくれている。


「本当にこれ、元に戻れるんだろうな?」


 ゼイラス王子が不安そうに尋ねてくる。


「ええ大丈夫です。勇気くんと駒場さんで実証済みです。俺のスキルキャンセルで元に戻れます」


 しかしゼイラス王子は胡乱うろんな目を投げ掛けてくる。


「それ、二人ともアイテール人じゃないじゃないか」


 は! 言われて見れば! 「あははは」と笑って誤魔化す俺に嘆息するゼイラス王子。


「もう良い。こうしなければ勝てなかったのは事実だ」

「勝てなかった、ですか?」


 王子に言われて辺りを見回せば、戦闘が終息しようとしていた。

 ミアキス公が最後のアイテール解放の志士を、魔人化した自身の剣で一閃のもと葬り去る。


「まだ残っている敵はいるか?」


 敵を倒して直ぐだと言うのに、ミアキス公に隙はなかった。


「いえ! 敵影見当たりません! 全て殲滅しました!」


 探索魔法の使い手がそう答えると、五カ国連合部隊から勝鬨が上がる。相当の苦戦を強いられた。敵部隊の二倍はいたこちらも、生き残ったのは半分以下だ。


「良し、暫し休息を取った後、他部隊の応援に向かう」


 とミアキス公。残身とはこういう事を言うのだろう。常在戦場ってやつだな。流石勇者である。

 俺の横にいる勇者くんは、敵影なしと聞いてから地面に寝そべってもう動きたくなさそうだが。


「しかし強くなったな」


 ゼイラス王子は俺たちに回復魔法を施しながら、俺の成長に驚いた、と話し掛けてきた。


「まあ、本当に色々ありましたから、本当に」


 言いながら空を見上げていた。戦闘後の空はいつもくすんでいる。魔法などで大地や草木が燃え、風塵や燃えかすが巻き上がった結果だ。

 薄灰色の空だが、この向こう遥か遠くに地球が存在し、誰かが青空を見上げているかも知れないと思うと、ふと胸に郷愁が訪れる。

 もうすぐ帰れる、と涙が出そうになり、俺は話題を反らした。


「そう言えばセルルカ姫が近寄って来ないのはどういう事ですか?」


 ゼイラス王子が、ビッシュさんが、ガロンさんが、そして勇気くんが俺から目を反らす。どうやら触れてはいけない部分だったようだ。


「セルルカは、今度オリエンスの勇者の一人との婚姻が決まってな」

「へぇ、そうなんですね。おめでとうございます」


 セルルカ姫もこの戦いを生き残った。今は俺たちと距離を取り、生き残った女子同士で何やらキャッキャしている。そして勇気くんが膝を抱えて拗ねている。


「みんな!」


 ミアキス公が声を張り上げる。全員の耳目がミアキス公に傾注される。


「別部隊から連絡があった。今にも全滅しそうだと言う。我々はこれからその部隊の救援に向かう!」


 ミアキス公の言に異を唱える者はいなかった。

 俺たちは素早く一ヶ所に集まると、転移魔法の使い手によって件の別部隊へと転移していった。



 結果として俺たちの部隊は八ヶ所全てを周り、激戦を戦い抜いた。

 アイテール解放の志士のリーダーがいたのは確かに俺たちの部隊の所であったが、他八ヶ所が弱かった訳じゃない。各部隊にもサブリーダー的な存在がおり、リーダーナムゾンに匹敵する強さだった。

 それに対してこちらの部隊は半分が残っていればまだ良い方で、ほとんどの所でほぼ壊滅状態となっていた。

 戦闘も、少ない休息を挟みながら二日間ぶっ通しで行われ、俺たちは生き残った他部隊のメンバーを自部隊に吸収して再編成しながら戦い、最後、俺たちが戦ったサブリーダーは、残った解放の志士たちを自身に吸収し、山と見紛う巨人となって俺たちを攻撃してきた。


 その黒い巨人はまるで千手観音のようにいくつもの腕を持ち合わせていた。顔には全方位をカバーする無数の目。それでいてどんくさいという訳でなく、幾本もの腕が超高速で飛んでくる様は、正に戦艦砲である。

 ここに残った全部隊の騎士戦士たちは、全員が既に魔人化していたが、それでも何人かはこの攻撃を避けきれず被弾し、そのまま天に召される者もいた。


「無理ゲー過ぎる!」


 悪態を吐いた所で、敵が弱くなる訳じゃない。超高速で飛んでくる巨人の拳を避けながら、俺は一人愚痴っていた。

 ズゥンッ!! と俺の直ぐ横の地面に巨人の拳がめり込み、その度に山脈に地震が起こる。それによって巨人がバランスを取ろうと硬直するのが好機だと、全員で襲い掛かるが、残る腕によって振り払われてしまう。


「駒場さん!」

「分かっている!」


 駒場さんの大砲が巨人に直撃するも、腕の一つを吹き飛ばした程度で終わった。


「くっ」


 こちらに残ったのは100人弱の魔人化した騎士戦士たち。全員で一斉に必殺の一撃を放っても倒せる気がしない。


「ど、とうしよう?」


 勇気くんが弱腰になってこちらに尋ねてきた。


「どうしよう?」


 聞こえていない訳じゃない。考えているんだ。どうすればこの巨人を倒せるか。


「ミアキス公!」


 俺は最前線で巨人と斬り結ぶミアキス公に声を掛ける。

 前線から引いたミアキス公は、俺の作戦にOKを出してくれた。


「移動する!」


 ミアキス公の号で、全員がある方向に移動を開始した。巨人がそれに付いてくる。巨人を目的地まで誘導するのも命懸けだ。あまりにも一斉に目的地まで飛んで行っては巨人でも警戒する。付かず離れずの距離を保ち、徐々に目的地へと誘導する。実際、誘導中に何人かがその超高速の腕の餌食になった。


 犠牲を出しながらも俺たちは巨人を誘導する事に成功した。


「撃てぇ!!」


 ミアキス公の号で、長距離砲を有する魔人たちが巨人の足元へ一斉掃射を行う。その目的は巨人の足を削る事ではない。

 バゴッ!! 爆音とともに巨人の足元に巨大な空洞が口を開ける。アイテール解放の志士たちのアジトだ。

 アジトの天井をぶち破り、出来た空洞に足を取られた巨人は、そのままアジトの中にズルズルと呑み込まれていき、気付けば胸から下をがアジトの中に挟まって動けなくなってしまった。

 無数の手で直ぐにアジトから抜け出ようともがくが、そんな事を俺たちがさせる訳がない。


「かかれ!!」


 ミアキス公の号の元、騎士戦士たちが巨人の腕を一つ一つ潰していく。流石の巨人も身動きの半減させられた状態では超高速の攻撃など出来るはずもなく、一本、また一本とその腕が削られていき、夜が明けようという頃になってその腕は全て潰されたのだった。


「最期だ」


 無数の目を持つ巨人が苦々しげにこちらを睨んでいるが、動こうにも、動かせる手足が巨人にはもう無かった。

 そして勇者騎士戦士たちの総攻撃によって巨人の頭は吹き飛ばされた、巨人は黒い靄となって消え去ったのだった。

 昇る朝日が勇者たちの栄光を讃えていた。

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