第34話 帰還、違和感
「はああぁぁぁ~~……」
ディッキン城の自室で、俺はベッドに横になりながら長いため息を吐いていた。
「どうした?」
ややおざなりになりながらも返答してくれる駒場さんは良い人です。
「いや、魔族やアイテール解放の志士の侵攻は防いだって言うのに、こう、『勝ったー!』って感じがしないんですよね」
「まあ、そう言うものなんじゃないか? 俺も戦争なんて初めてだったからな。まだ勝った実感は無い」
と駒場さん。そうなのだ。勝ったからと言って、荒廃した生態系が元に戻る訳もなく、俺たちはいまだ他国から配給された保存食で食い繋ぐひもじい思いをしながら、アグラヴ所長が提示した刻限をまんじりと待ちぼうけていた。
『まあまあ、今までの戦いが非日常だったんだ。こののんびりした日常を謳歌しておくんだな』
とは俺の右手の甲のビシャールだ。アイテール解放の志士を撃退した事で、ビシャールがこちらに残る意義は失くなったので、他の魔族同様ズィールに帰れば良いものを、何故かビシャール一人だけがこのアイテールに残っていた。
「変な事言うなよ。まるでまた戦いが始まるみたいじゃないか。ねぇ、駒場さん」
「…………」
いや、駒場さん、そこは沈黙でなく軽口で返して下さい。え? ウソ? もしかしてまた戦いが始まるの?
『力のある者には、運命が相応のステージを用意するものだ』
「嫌だあああああ!!」
俺の絶叫は虚しくディッキン城に木霊したのだった。
俺が何とも無為な時間を持て余している間、駒場さんは日本と盛んに交信を行っていた。何やら真剣な顔付きで行っているので、容易には何かあったのか聞けずにいる。
そんな日々が数日続き、いざ駒場さんに話し掛けようという日に、コンコンと部屋の扉がノックされた。
「は、はい」
俺が返事をすると、侍女さんの声が扉の向こうから聴こえてくる。
「アグラヴ所長がお見えになりました」
との事なので、俺たちは謁見の間へと向かった。
謁見の間には既に俺たち以外、ミアキス公、ディッキン宰相や騎士たち、アグラヴ所長の姿が見られ、どうやら俺たち待ちだったようだ。
俺が素早くアグラヴ所長の横に付くと、アグラヴ所長の話が始まる。
『お待たせ致しました。アイテールを含むこの宇宙に対する我々ズィール人の不干渉の法が成立致しました』
アグラヴ所長の言葉に騎士たちが歓声を上げる。これで長きに渡り続いた魔族との戦いが、本当に終止符を打たれたのだから、その喜びたるや
玉座に座っていたミアキス公は、やおら立ち上がると、アグラヴ所長の所まで下り、互いに厚い握手を交わした。そこで謁見の間は更に盛り上がり、俺の涙腺は崩壊したのだった。
『本当に良いのですかビシャール? この機を逃せば、あなたの宿主であるコーキさんが死ぬまで、こちらに取り残される事になるのですよ』
ズィールの不干渉が決定したので、ビシャールもズィールに帰ると思ったら、こちらに残ると言う。
『ああ。ズィールに帰ってつまらない人生を送るのは、もう少しこいつに付き合ってからでもいいだろ』
軽口を吐くビシャール。一体何を考えているのやら。
ズィールはアグラヴ所長が戻った後、アイテールを含むこの宇宙の時間を加速させる。一瞬とはいかないが、ズィール時間で数日の内にこの宇宙は消滅するのだそうだ。もちろんこちらの時間は今までと変わらず進んで行くわけで、何とも不思議な話だ。そしてこちらの時間を生きるビシャールは長ければ数十年分、俺が生き続ける分余分に人生を送る事になるのだ。その間ズィールと連絡を取る事は出来ない。不干渉の法に反するからだ。
『……分かりました。では息災で過ごしてください』
ビシャールにそう言い残してアグラヴ所長はズィールへと帰還していった。
魔族との戦いの終結は、その日の内に通信魔法で大陸全土へと伝えられた。
ようやく訪れた平穏に、アイテール中が歓喜する中、俺、駒場さん、そして勇気くん、ついでにビシャールはディッキン城の俺たちの部屋に集まっていた。
「こんなにも早く地球に戻ってしまうのか?」
見送りに来てくれたミアキス公が名残惜しそうだ。なんだか嬉しい。
「もし困った事、手伝える事が起こったら、迷わず私たちを頼ってくれ」
マルセルさん、マルゴーさんには幾度となく戦闘で助けてもらった。ありがとうございました。
その他にもディッキン宰相を初め、騎士兵士たちが押し寄せてくれた。何だかまた泣いてしまいそうだ。
「高貴さん、駒場さん」
俺たちを急かす勇気くんはどこか所在無さげだ。
「ああ」
ミアキス公国の皆との別れを済ませ、俺と駒場さんが勇気くんに触れると、転移魔法でメリディエス王国のあの地下室へと転移した。
「良く来たな」
見送りに来てくれたのはゼイラス王子にビッシュさん、ガロンさん、そして数名の騎士だけだ。セルルカ姫の姿はなかった。
ここでも勇気くんはなぜか所在無さげである。何をやらかしたんだ勇気くん?
「向こうに帰っても元気でやるんだぞ!」
「はい!」
俺は王子やビッシュさん、ガロンさんと別れの挨拶を交わすと、勇気くんと駒場さんさんが待つ魔方陣の中央に進んだ。
「では、日本に転移します!」
俺と駒場さんが勇気くんに触れると、魔方陣が光り出し、俺たちは光に包まれる。ほんの数秒目を瞑った次の瞬間には、俺たちは地元のお化けビルの中にいた。
「……帰って、きたんだ」
そう声を発した勇気くんは、その場で泣き崩れ、俺と駒場さんは勇気くんが泣き止むまでその場で待ち続けたのだった。
俺たちがお化けビルから外に出ると、黒塗りのセダンが1台俺たちを待っており、その前に五百蔵さんが立っていた。
「良く戻ってきてくれました。早速だけど……」
「五百蔵さん、その話は後日にして頂けませんか?」
五百蔵さんが何かを俺たちに伝えようとしたのを、駒場さんが遮った。言葉に詰まる五百蔵さん。数刻、駒場さんと五百蔵さんが目で会話をしたかと思うと、
「分かったわ。話は明日、と言う事で」
そう言って五百蔵さんは後部座席のドアを開けてくれた。
俺と勇気くんは後部座席に、五百蔵さんが助手席、駒場さんさんが運転手となってセダンが街を走る。
「あの、駅前寄ってもらって良いですか? もしかしたら両親がまた行方不明者捜索のチラシを配っているかも」
俺が運転する駒場さんに頼むと、
「その心配は無いわ。ご両親は在宅中だと確認しています」
と五百蔵さんが返答してくれた。
在宅なら良いんだが。何だかこっちに戻ってきてからの五百蔵の奥歯に物が詰まったような言い方が気になる。
セダンは途中で勇気くんの家に寄り、勇気くんが自宅に帰ったのを確認すると、俺の家に向かった。
「では明日」
「はあ、明日」
変な挨拶で別れを済ませ、駒場さんと五百蔵さんはセダンを発車させた。
俺はセダンを見送り、その姿が見えなくなってから玄関のドアを開けた。
「ただいまあ!」
思わず声が弾む。前は二週間の別れで涙の再会だったのだ。数ヶ月も音信不通になっていた俺との再会はどうなるのだろう? そうドキドキして両親が玄関に顔を出すのを待ったが、返答が無い。
もしかして外出中か? でも五百蔵さんは在宅だと言っていた。俺は玄関で靴を脱ぎ、リビングのドアを開けた。
「おう、お帰り」
「お帰りなさい」
そこに両親はいた。だがその反応はまるで、今日買い物に行った息子が帰ってきたのを出迎えるかのようだった。
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