第28話 悪手
悪手だった。
ディッキン城でマゾーレットを取り逃がした事がだ。
マゾーレットを取り逃がした事によって、ミアキス公国は完全にアイテール解放の志士に目を付けられてしまった。
各国でアイテール解放の志士が猛威を振るう中、どうやらミアキス公国を主戦場とするアイテール解放の志士は五倍はいるらしい。
他国と比べ小国であるミアキス公国に、五倍の戦力を投じているのだ。マゾーレット一人を取り逃がした事がどれだけ尾を引いているかが分かる。
悪手だった。
アイテール解放の志士にとって、ミアキス公国に俺がいた事がだ。
ディッキン城でマゾーレットが召喚した黒いドラゴンを倒した事で、俺の『謙虚』のレベルが100を超えたのだ。
これによって俺は貫通ダメージなどの一部の攻撃を除いて、敵の攻撃を100%無効にする事になった。決して倒れない盾の完成である。
アイテール解放の志士たちによる猛攻も、俺と言う盾が防衛ラインと機能している為に、攻めあぐねていた。
悪手だった。
両者にとって悪手が重なった事は、更に悪手だった。
アイテール解放の志士がミアキス公国を攻めあぐねる事で、戦場には更なる魔物を投入する事になり、ミアキス公国の土地は荒れた。
大地から獣の姿は失くなり、野菜なども土地の全てが戦場となった為に荒らされ、収穫量がほぼ0となっていた。
今は他国からの支援物資で食い繋いでいる状態だった。
アイテール解放の志士としても、ここまで攻めあぐねるとは想定していなかったようで、使える魔物がいなくなり、自ら戦場に姿を表す事が増えてきていた。
そしてそんな時、俺一人が踏ん張った所で、戦場の仲間全員をカバー出来るはずもなく、ミアキス公国は飢えと戦によって屍山血河にまみれていったのだ。
公国内の主戦場は、ディッキン城周辺から、東の港町コウに移っていた。
アイテール解放の志士が公国内の獣のほとんどを魔物化させ、我々がそれを撃ち破った事で、アイテール解放の志士たちはまだ生き物の豊富な海へと戦場を変えたのだ。
浜から続々と半魚人が現れてくる。
「撃てぇ!」
ミアキス公の号令で、俺の『風林火山』で強化された槍隊が光弾を撃ちまくる。
どんどん撃ち殺され、黒い靄となって消えていく半魚人たち。しかしその後ろの海から、更に続々と半魚人たちはやって来ていた。
「くそッ! こんなジリ貧の戦いを強いられるなんて!」
誰かが毒づいているが、それを諌める者はいない。皆同じ気持ちだからだ。
アグラヴ所長の好意により、ミアキス公国は他国と比べても武器化した魔族の数は多い。それでもこちらが不利なのは変わらなかった
やはり補給物資を他国に依存しているのがキツい。もしかしたら明日にも補給を絶たれるかも知れない。との恐怖が付きまとい、冷静な判断が出来なくなって敵に突貫していって自滅する者が一定数いるのだ。
アグラヴ所長が指定した日付まであと二週間を切ったが、それまでミアキス公国は存在していないかも知れない。
ズオオオオと半魚人たちの後方から、巨大な、人の10倍はありそうなタコが姿を現し、この二週間戦いずくめで精神的に疲弊しきっていた騎士兵士たちが恐慌を起こす。
ミアキス公や部隊長の制止を振り切り、逃げ出す者、玉砕覚悟で突貫していく者、神に祈る者など、それは戦場ではなく、さながらこの世の終わり、世紀末のようだった。
「駒場さん、援護をお願いします!」
それだけ言うと俺は自分に『魔化』を掛けて阿鼻叫喚の修羅場を巨大タコ目掛けて疾走する。
そんな俺に襲い来る半魚人たちを、駒場さんが、アサルトライフル型の魔族を使って撃ち抜いていく。
それに合わせて俺は加速する。『魔化』によって強化された今の俺の速度は、弾丸とも遜色ない程だ。
そのまま駆け抜け、八本の足で攻撃してくる巨大タコの足をバラバラに切り刻み、巨大タコの頭を一閃する。
巨大タコが倒された事により、恐慌状態だった騎士兵士たちから歓声が上がるが、まだ戦闘は続いているのだ。
「皆、コーキに続け!」
その気を逃すミアキス公じゃない。自ら先頭に立ち、剣型魔族で半魚人へと斬り掛かっていく。それに続く公国の騎士兵士たち。
これでこの場は制圧出来そうだ。とホッと一息吐いた瞬間だった。
ゾッとする殺気を感じて身を翻すが、半拍遅かったようだ。服の上から肉を
幸い掠めた程度で動きに支障はない。と身体の動きを確認してから、俺へ攻撃してきた相手に向き直る。
その男は身体から黒い靄を出し、その両手は黒く鋭い鉤爪となり、手の甲には目玉が付いていた。
「アイテール解放の志士の魔人か」
ニヤリと笑う男。『魔人』。それはアイテール解放の志士と度々戦う都度、現れる者の通称だった。魔族にその身を捧げ、魔族と融合した人間。
人間時とは比べものにならない強大な能力を誇り、全てを駆逐する災害。
まあ、
『死ね!』
既にズィール語に変わっている言葉で、男は死を告げる。
そのまま手の鉤爪を伸ばすと、俺へと斬り掛かってきた。
無効化貫通攻撃だ。俺はそれをビシャールで受け止める。とピシリと相手の手にヒビが入る。
俺の『謙虚』は現在LV107だ。LV100で完全無効化ならば、残る7はどうなるのか? 反射されるのである。つまり敵の攻撃を受ける度に、その攻撃の7%が敵に返っていくのだ。『謙虚』もここにきてかなり有用なスキルへと成長したものだ。
敵魔人は、それでもお構い無しに両手の鉤爪を使って俺へと攻撃してくる。
それをビシャールで受け続けているだけで俺の勝ち。のはずだった。
ガクリと膝を付いたのは俺の方だった。身体がふらつき目の焦点が合わない。
毒か! と気付いて眼前の魔人を見れば、ニヤニヤと自身の自慢の鉤爪を舐めていた。どうやら俺は最初の攻撃で遅効性の毒を食らわされていたらしい。
ビシャールを支えに膝立ちがやっとの俺へと、魔人はニヤニヤと笑いながら近付いてくる。
『死ね!』
右手を大きく振り構え、俺の首を一閃しようかという鉤爪は、しかし俺に届く事はなかった。
ザッと素早く敵魔人の後ろを取った駒場さんのアサルトライフル型魔族の攻撃によって、ズダダダダダダッ!! と背後から撃ち貫かれたからだ。
それでも魔人を死に至らしめるまでには及ばなかったらしく、振り返り駒場さんを攻撃しようとする魔人。それは悪手だろ?
俺は最後の気力を振り絞り、ビシャールを一閃する。これによって魔人は黒い靄となって霧散したのだった。
同時に倒れ込む俺。それを駒場さんが支えてくれる。
「大丈夫か?」
「遅効性の毒みたいですけど、致死性ではないみたいなんでなんとか」
「そうか。こっちの戦闘も終了した。今は休め」
ちらりと横目に見れば、半魚人たちは全て一掃されていなくなっていた。これで一安心して気絶出来るな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます