第27話 アイテールの解放

 ではいったいどれくらいの期間我々は持ちこたえれば良いのだろうか?

 研究所と人権派の政治家の働き掛けによって、ズィールにてアイテール人の人権が保護される。だが問題はその法律が施行される時期だ。

 ズィールとアイテールでは流れている時間が違う。向こうズィールで一ヶ月でも、こちらアイテールでは一年と言う事も考えられるのだ。

 これから侵攻してくる魔族の増加が決まっているのに、一年以上の防衛戦は辛い。


『それに関しても安心して下さい。時間経過をズィールとアイテールで同期させました。法律が議会を通り施行されるまで、アイテール時間で一ヶ月です。一ヶ月持ちこたえて下さい』


 アグラヴ所長の言葉に沸く謁見の間。

 あと一ヶ月踏ん張れば、この悪夢から解放されるのかと思えば、喜びも一入ひとしおだろう。


「静まれ!」


 沸き立つ騎士兵士たちをミアキス公が一喝する。その声に全員がピシッと整列し直す。


「まだ戦いが終わった訳ではないんだ。今後一ヶ月、これまで以上に苛烈な戦いになるだろう。気を引き締めてかかれ」


 誰もが息を飲み、ミアキス公の言葉に、今後の戦いに思いを馳せている中、拍手が聴こえてくる。

 誰だ!? と拍手の相手に全員の視線が注がれた。

 その男は謁見の間の入り口の扉に背を預け立っていた、山高帽を被った紳士だった。その手には目玉の付いたステッキを持っている。


「いやぁ、見事な人心掌握術ですな」


 帽子を取って深々と一礼する紳士。


「何者だ?」


 誰何すいかするミアキス公。今まで存在していなかった不審者に、全員の緊張が高まる。


「私はマゾーレット。アイテール解放の志士の一人です」

「アイテール解放の志士だと?」


 皆初めて聞くのだろう。皆が顔を見合わせている。


「おや? お聞き及びではなかったようですね。これでもオッキデンス帝国ではそれなりに名が通っているのですが。まあ、このような田舎ではそれも仕方ない話ですか」


 オッキデンス帝国と聞いて、ミアキス公の側に控えていたディッキン宰相が声を上げる。


「もしや近頃オッキデンス帝国を騒がせているテロリストか!?」


 テロリスト。そう聞いて謁見の間に不穏な空気が流れる。


「テロリストとは言葉が悪い。解放の志士と呼んでください」


 対するマゾーレットは飄々としたものだ。


「それで? テロリストが堂々と公城に乗り込んで何用だ?」


 ミアキス公は玉座を立つと、剣を抜いてマゾーレットへ突き付ける。


「宣戦布告ですよ。ミアキス公」

「宣戦布告だと?」


 ミアキス公の聞き返しに、マゾーレットは両手を広げた。


「そうです! このコンティネンス大陸全土への宣戦布告です!!」


 何を言ってるんだこの男は? 全員が狂人の戯言だと思ってはいても、俺の心の奥で何かが警鐘を鳴らしていた。


「戯言を……! 貴様ら世界征服でもするつもりか?」

「世界征服ぅ?」


 ミアキス公の反論に首を傾げ、ケタケタケタと笑いだすマゾーレット。


「こんな穢れた世界、要りませんよぅ」

「ならば何故世界に対して宣戦布告などするのだ!」

「穢れた世界だからですよぅ。浄化です! 解放です! 我々はこの穢れたアイテールから解放され、神の世界へ行くのです!」


 ケタケタ笑うマゾーレットとは対照的に、こちらはシンと静まり返っていた。狂人の言葉は要領を得ないから解読に困る。


「それで、その浄化だか解放だかの為に魔族に助力を乞うたのか?」


 そう尋ねたのは駒場さんだった。

 魔族と聞いて全員が一斉に戦闘態勢に移行した。

 俺も『風林火山』で全体にバフを掛け、『魔化』で自分の底上げ、手には魔剣と化したビシャールが握られる。


「魔族とは失礼な! 彼らは我々を生み出した天上界に住まう天上人ですぞ!」


 先程まで飄々としていたマゾーレットが、激昂した。

 それにしても魔族がこの世界アイテールを生み出した世界ズィールの住人だと知っていると言う事は、解放の志士の中に魔族の言葉を理解出来る者がいると言う事か。


「まあ良いでしょう。ここで悲しくも散る皆様です。これ以上の問答は時間の無駄ですね」


 たった一人(と魔族一体)だと言うのに、この場の人間全てを相手に勝てると言うのだろうか? それとも伏兵が隠れているのか?


「随分な自信家なようだな」


 ミアキス公を初め、騎士兵士たちは何かあるかも知れない、とじりじりとマゾーレットと距離を詰めていくが、それは悪手だった。


「自信ではなく確信ですよぅ」


 とマゾーレットが握っていたステッキを振ると、騎士兵士たちとマゾーレットとの間に、黒い光を放つ魔方陣が現れる。


「何かあるぞ! させるな!」


 ミアキス公の号令をきっかけに、槍を持った者が一斉に光弾を放つ。が一足遅かったようだ。

 五つの魔方陣から現れたのは、黒いドラゴンだった。


「くっ、召喚術師か!」


 ミアキス公初め一同は武器を構え直すが、ブンッと黒いドラゴンが尾を一振りしただけで、その半数が壁へと吹き飛ばされた。

 強い。だがマゾーレットとしても誤算があったようだ。その顔が驚いているのが分かる。壁に打ち付けられた騎士兵士たちが、ゆっくりと立ち上がったからだ。

 俺のレベルアップに伴って、『風林火山』のレベルもアップした。そして『風林火山』は『火』の攻撃力強化と『山』の防御力強化が解放された。今のミアキス公国の騎士兵士たちに、ちょっとやそっとでやられる者はいない。


「己ぇ! やってしまえ!」


 マゾーレットの号で黒いドラゴンが謁見の間に口から炎を振り撒く。


「「氷よ!」」


 それをマルゴーさんマルセルさんが氷魔法で相殺する。

 その隙に槍隊が光弾を撃ち込み、剣隊がドラゴンに突貫していく。

 ブンッと尾の一撃で剣隊の攻撃は弾かれてしまったが、何本かの剣が尾に突き刺さっていた。


「バカな!? 私が召喚しドンブー様が強化したドラゴンが、たかが田舎騎士に傷付けられるなど、あってたまるか!」


 どうやらステッキの魔族はドンブーと言うらしい。

 マゾーレットがそのドンブーを振り回すと、黒いドラゴンが更におぞましく凶悪な容貌へと変貌していく。

 そしてブンッと言う強化されたドラゴンの尾の一撃。だがそれが騎士兵士たちに届く事はなかった。

 ドスン! 俺とビシャールによる斬擊によって、ドラゴンの尾が根元から切り離されたからだ。


「バカな!? バカな!? バカな!!?」


 大誤算に動揺しまくるマゾーレットを他所に、騎士兵士たちによる黒いドラゴンへの攻撃は続けられ、


「はあっ!!」


 俺とビシャールによるトドメの一撃によって、ドラゴンは黒い靄となって掻き消えたのだった。

 そしてマゾーレットはすでに謁見の間から消え去った後だった。

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