第24話 アイテール通信

 それはある研究所の実験結果だった。

 VRやAIなどのデジタルの研究をしていたその研究所では、所長がゲームを制作して一山当てた事もあり、資金は潤沢で実験は深く進んでいた。

 VR世界での完全自立思考型AI。

 それを造り出すため、研究所は心血を注いでいた。

 研究は進みそれは一つの宇宙を創出するまでの大実験となった。

 そして実験は成功した。

 創出された宇宙では銀河が生まれ恒星が生まれ惑星が生まれた。

 その惑星に生命が生まれ、自立し動き回るようになって研究所の所員たちははたと気付いた。

 どうすればこのAIたちに言う事を聞かせられるだろうか?

 初めはAIのデータに直接介入しようとしたが駄目だった。AIたちはどんな操作も受け付けなかったのだ。

 続いて神の如くAIたちに接し、言う事を聞かせようとした。しかしそれも失敗した。

 いや、少なからず成功はしたが、神に反発する者は思いの外多かったのだ。

 研究所が造り出した宇宙は精巧にして精緻であり、ほんの少しの外的要因も拒む、閉鎖された宇宙クローズドワールドだった。

 そして研究所はこの世界の住人に言う事を聞かせる事を放棄した。

 そちらが言う事を聞かないならば、こちらも自由にやらせてもらう。とばかりに世界への蛮行が始まったのだ。

 そしてそれをゲームとして売り出したら大ヒットしたらしい。

 とは言え設備も時間も必要なゲームゆえ、総プレイヤー数は少ないようだ。

 これがパスツール砦に巣食っていた魔族ビシャールの話だ。

 俺が以前倒した魔族がどうなったかは分からないらしい。

 そもそもこの世界アイテールとビシャールたちのいる世界では時間の流れが違う。そうでなければ宇宙創出から人類誕生までを見守っている事など出来るはずがないからだ。

 その為、今向こうの世界に戻った所で、どのような対策がなされているのか、いまだ決定されていないだろう。との話だった。



「疲れた」


 俺はディッキン城に用意された部屋のベッドに倒れ込む。


「お疲れ」


 そう言って駒場さんは冷たい水の入ったコップを差し出してくれた。それを一気に呷る。


「何が『疲れた』、何が『お疲れ』だ。一番疲れたのは私だぞ」


 そう言って不満を漏らすのはビシャールだ。

 ビシャールは今俺の右手に寄生している。

 寄生と言うか共生と言うか、右手の甲に目玉があり、それが普通に会話していると言うのは、何とも不思議な話である。

 だがまあビシャールが不満を漏らすのも仕方ない。ビシャールが俺に寄生した事でこの世界の住人との意思疎通が出来るようになったので、俺たちはまたもミアキス姫やバウン伯爵に事の次第の説明をし、更に八勇者会議に出向き、更に四国会談に出向き、今のような説明をしたからだ。

 何だかデジャヴだがそこを気にしていけないのだろうか? だろうなあ。


「しかし、気になる事がある」


 と対面のベッドに腰掛けた駒場さんが口を開く。


「何でしょう?」


 こちらには特に気になる部分はないのだが、と首を傾げて問い返す。


「俺たちの存在の事だ」

「『俺たちの存在』ですか?」


 首肯する駒場さんは話を続ける。


「このアイテールは外界からの侵入を拒むような世界なんだろ?」

「ああそうだ。まあ私がコーキに対して行ったように直接接触すれば支配権を奪う事も可能だが」


 と駒場さんに説明するビシャールだが、


「いや、失敗したじゃん」


 との俺の突っ込みに、


「いやそれはコーキがスキルキャンセルを持っていたからで、パスツール子爵の時には上手くいったのだ」


 過去の栄光にすがるビシャールを駒場さんが宥めて話を先に進める。


「それは分かったが、そう言う事を聞きたいのではなく、異世界からやって来た俺たちはの立ち位置についてだ」

「成程そっちか」

「異世界からの侵入を拒むのであれば、俺たちはそもそも召喚されなかったんじゃないのか?」


 成程。頭良いなあ駒場さん。


「だが、それについては既に答えは出ているのではないか?」


 と駒場さんは逆にビシャールに尋ねられてしまった。

 それに対して首肯し、「推測ではあるが」と前置きしてから話し始めた。


「もしかして俺たちの地球と、このアイテールは同じ宇宙にあるんじゃないのか?」


 え? マジで!? 一人驚く俺をよそに、


「恐らくそれが正解だろう」


 とビシャールは平然と答えたのだった。


「え? でもそれだとおかしくないですか?」


 そこに異を唱えたのは俺だ。


「何がだ?」


 二人の視線が俺に注がれる。


「駒場さんのJOBですよ。確か『異界と情報を繋ぐ使者』ですよね? 同一の宇宙ならば、そんなJOBにはならないと思うんですけど?」


 俺の発言に、それもそうか。と二人は黙ってしまった。



 30分後。


「タケゾー、このアドレスに連絡してみてくれないか?」


 ビシャールが中空に映し出したのはかなり長い記号の羅列だった。しかも見た事もない記号だ。それがアドレスだとして、どうやって連絡を取れと言うのだろう。

 そう思っていたのは俺だけだったようで、駒場さんは「分かった」と応えるとその記号の羅列をスマホで撮るとパソコンに落とし込んだ。

 そして何かを始める駒場さん。


「何やってるんですか?」

「暗号解析だ」


 そんな当然のスキルのように言われても困る。


 更に30分後。


「解析結果が出た。確かにアドレスのようだ」


 凄いな駒場さん。


「で、このアドレスに何と送れば良いんだ?」


 尋ねる駒場さんに、ビシャールが今から話す事を録音して送って欲しいと提案する。

 駒場さんは了承するとスマホの録音機能をオンにした。


『私はプレイヤー名ビシャールと申します。私は今、現地人と行動を共にし、現地人の協力の元、この音声を貴所に送っています。…………』


 こんな話から始まり、ビシャールはこうなった経緯を恐らく発端となった研究所に丁寧に話していた。


「良し、では送るぞ」


 駒場さんがパソコンのエンターキーを押すと、ビシャールの音声データは当たり前のように研究所へと送信される。


「成程。『異界と情報を繋ぐ使者』か」


 独りごちて自身のスキルに感心する駒場さんだった。

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