第25話 聖王国の裏舞台

『起きろコーキ!!』


 頭の中に怒鳴り声が鳴り響いて飛び起きた。

 部屋はまだ暗く、夜が明けていないと分かる。


「何だよビシャール。まだ夜じゃないか」


 ぼんやりする頭でビシャールに文句を言っていると、床でもぞもぞと何かが動いている事にドキッとした。

 かなりデカい! と目を凝らすと、黒い何かを駒場さんが床に押さえ付けていた。


「駒場さん……?」


 俺が尋ねると、


「侵入者……いや、暗殺者だな」


 との返事。

 暗殺者という不穏なワードに更に目を凝らす。

 最初俺はそれを魔族だと思っていたが違った。黒衣を纏った人間の暗殺者であった。

 手に鋭いナイフを握ったその暗殺者は、俺を睨み付けている。どうやら暗殺対象は俺だったようだ。


「何者なんですか?」

「さあな。とにかく、加藤くんは不寝番ねずばんの見回りにこいつの事を報告してきてくれ」

「分かりました」


 と俺は直ぐに部屋を出ていき、見回りの兵士に事の次第を説明したのだった



「教会が送り込んできた刺客……ですか?」


 翌朝、暗殺者の尋問を終えた兵士からの報告を、ミアキス姫の執務室で聞く。

 しかし清廉なイメージのある教会が暗殺とは、穏やかではない。


「ああ。コーキくんの『魔化』のスキルについても、教会からは文句を言われていたのだがな、今回、君が魔族と同化した事に加え、魔族の話、特に神を語っていた事が問題になったようだ」


 とのミアキス姫の弁。

 何でもこのオリエンス聖王国は、魔族の侵攻が始まる以前、神の名の元に他国を侵略していた歴史があるらしい。

 聖王国には神のお告げを聴ける巫女が存在し、政治にかなり食い込んでいるのだとか。

 それが、魔族が以前は神を語っていたと発言した事で足元が揺らいだようだ。

 神の名の元に正当化されていた侵略行為が、実は魔族の手引きでした。となると国内外から避難の嵐が巻き起こるのは必至で、下手をすれば国自体の存続も危ぶまれる。その為に送り込まれた暗殺者だったらしい。


「それで、どうしましょう?」


 俺の質問に執務室にいる誰からも返答はなかった。

 俺の存在自体が神を否定するものであり、その存在を抹消する以外手立てが無い気しかしない。

 それともまた地球に送り返されるのだろうか?



 それから5日の後、俺たちはオリエンス聖王国王都オリエスタにやって来ていた。

 転移魔法でミアキス姫の別宮に転移したメンバーは俺に駒場さん、ミアキス姫にディッキン伯爵、マルセルさんにマルゴーさんら数名の騎士だ。

 姫に用意された別宮は何とも華美な装いで、流石大陸で西のオッキデンス帝国と二分する大国の姫なのだと改めて思わされた。


「用意は良いな」


 俺たちを振り返るミアキス姫に、全員が首肯する。


 ミアキス姫を先頭に、そのまま別宮から王宮へと進んでいく。まさかこの場にいるとは思っていない王宮の兵士や侍従たちが驚いていた。

 そのまま王の執務室にたどり着くと扉を開けた。中には執務に追われるオリエンス王と、それをサポートする高官たち、そして巫女であろう女性の姿が見受けられた。王も巫女らしき女性も髪色が紫であった。


「何をしに来た」


 執務机からこちらを窺うオリエンス王は、不満な様子を隠そうともしていない。きっと俺とビシャールの事でやるべき事がかなり増えたのだろう。その不満顔が俺を一瞥して物語っていた。


「コーキくんが暗殺者に命を狙われました」

「だからどうした?」


 オリエンス王は自分には関係無いと言わんばかりに、視線をこちらから机に戻し、執務を再開する。


「だって魔族ですもの。命を狙われて当然だわ」


 そう口添えしたのは巫女らしき女性だ。


「姉上、コーキくんは私が召喚した私の客人です。それを敵のように呼ぶのは止めて頂きたい」


 どうやら巫女らしき女性は、ミアキス姫の姉であったらしい。


「本当の事でしょう。穢らわしい魔に通じ、事もあろうに神を名乗るなど、断罪されてもおかしくありません!」


 ミアキス姫と同じ紫に瞳が、キッと俺を睨む。


『おいおい、神を名乗ったのは私たちであってコーキじゃないだろ』


 そこに口を挟んできたのはビシャールだ。


「そうでしたね。あなたがあのような発言をしなければ、我々が他国からも民からもそしられる事はなかったわ!」


 ミアキス姫の姉から嫌みな文句を言われたと言うのに、俺の右手のビシャールがにやりとしたのが分かった。

 姫の姉もそれを感じ取ったのだろう。怪訝な顔付きになる。


『お姫さん、あんた今墓穴を掘ったな』

「何ですって?」

『私は今コーキにしか分からない言葉で、あんたら的には魔族語でお姫さんに話掛けたんだ。この言葉が理解出来たと言う事は……』

「嘘よ!!」


 ビシャールが話し終わるより先に、ミアキス姫の反論がそれを遮る。


「姉上、ビシャールが話していた事が理解出来たのですね?」


 そこにミアキス姫が食い下がる。


「ミアキス……! あなた、私をハメたのね!」


 姉妹に向けるものとは思えない憎しみの瞳を、ミアキス姫に向ける姫の姉。


「もう良い、アスィカ」


 更に何か言い返そうとしたミアキス姫の姉を、オリエンス王が口頭で諌める。ふむ。ミアキス姫の姉はアスィカ姫と言うようだ。


「ミアキス。お前の望みを言え」


 改めてオリエンス王はミアキス姫と向き合い、ミアキス姫の発言を待つ。


「父上、いえ、オリエンス王。確かにビシャールやコーキくんの存在は、聖王国にとって好ましくないかも知れません。しかしそれでも二人がこの大陸に住まう人類にとって、希望になり得ると私は確信しています」


 そこで一度区切り、ミアキス姫はこちらを振り返った。ディッキン伯爵が力強く頷く。他の騎士たちも同様だ。そしてミアキス姫はまたオリエンス王に向き直し、話を続ける。


「オリエンス王。ディッキン伯爵とも何度となく協議を重ね出した結論です。ディッキン伯爵領をオリエンス聖王国から割譲し、一つの国として独立させて下さい」


 まさかそんな話になるとは思ってもみなかったのだろう。オリエンス王もアスィカ姫も場にいた高官もいきを飲んで言葉が出てこない。



 姫の独立国建国の話はその場で結論の出せるものではなく、王宮にて合議は一ヶ月続いた。

 しかしその間も国内外からの突き上げは厳しいものがあったらしく、オリエンス聖王国は、その矛先を反らす意味も含め、なし崩し的にディッキン伯爵領を独立国として認める運びとなったのだった。


 新国家の名前は『ミアキス公国』。

 ミアキス姫がミアキス公となり国家元首となった、コンティネンス大陸五番目の国家の誕生だった。

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