第19話 魔化不思議

『何故バレた!?』


 眼前の魔族から音にならない声が伝わってくる。これだけ声が駄々漏れなら、誰だって分かるだろう。


『くっ、おい! お前ら何をやっている! 敵はここにいるぞ!』


 そう言って魔族は黒い波動を発した。


「魔族が魔物をここに呼び集めようとしています」

「そんな事まで分かるの!?」


 俺の発言に、ミアキス姫を筆頭に全員が驚く。


「ええ。もしかしたら、『魔化』の作用かも知れません。魔族がしゃべっている事が分かるんです」


『魔侵食』から『魔化』に変化した俺のスキルには、魔に通じるという一文があったが、こういう事なのか。


 魔族によってどんどんと引き寄せられてくる魔物たち。しかし来る事が分かっているから、俺たちの対処も冷静だ。熊や狼などの肉食獣系に気を付けていれば、他の魔物の攻撃力は然程高くない。


『ぐっ、おのれ! これならばどうだ!』


 事が上手く進まない事に苛立ちを覚えた魔族が、また黒い波動を出す。


「魔族が全体バフを掛けました。魔物が強くなります!」


 俺の発言を聞いて、ミアキス姫は直ぐ様隊に号令を下す。


「魔物に全体バフが掛かった。気を付けて対処にあたれ!」


 200人の騎士兵士たちは流石練度が高い。槍や剣、魔法によって強化された魔物たちとも対等に戦っている。

 しかし物量に加えて強化までされた魔物は脅威だ。死者こそ手出ていないが、そこそこの負傷者が出始めている。やはり森単位のダンジョンを、200人では無理があったかも知れない。


『フフフ。ここまでのようだな』


 不敵に笑う魔族が更に全体バフを掛ける。それによってどんどん押し込まれているミアキス隊。

 どうすれば? と皆の心が焦り始めている所に、駒場さんが俺にぼそりと語り掛ける。


「スキルキャンセルは効果が無いのか?」


 それだ! メリディエス王城での戦いでも、相手の魔族によって俺の『風林火山』は効果を失っていた。ならば、


「スキルキャンセル!」


 俺が唱えると、魔物たちは途端に弱体化していく。これでミアキス隊が息を吹き返す。と思ったのは甘かった。

 俺がスキルキャンセルを唱えた事で、思いっきり魔族の注意を引いてしまったのだ。


『貴様か……。貴様が我の邪魔をしていたのだな』


 声が聴こえなかったとしても、目だけで怒っているのが分かる。


『お前ら! その男を殺せ!』


 ミアキス隊全体に満遍なく攻撃を仕掛けてきていた魔物たちが、俺へ目標を定めて攻撃を仕掛けてきた。


「くっ!」

「ぜや!」


 マルセルやマルゴーなど、俺と駒場さんを守ってくれている騎士兵士たちが円陣を作りこれに対処してくれたが、ズバッとその足元を兎型の魔物がすり抜けて俺に迫る。


 ダンダンッ! と言う銃声。兎を撃ち落としたのは駒場さんの拳銃ピストルだった。


「はあ!? 何で内調の駒場さんが拳銃なんて持ってるんですか!?」

「俺は警察庁からの出向組だ」


 それで銃を持っている事に納得しろと? しかし駒場さんがそれ以上何も言ってこないので納得するしかない。

 それに俺たちに攻撃が向いている今、そんな詮索をしてもいられなかった。


「火よ!」


 円陣をすり抜けてやってくる小さな魔物たちを、駒場さんは拳銃で、俺は火魔法で対処していく。

 しかし駒場さんは直ぐに予備の弾薬も尽きてしまった。それはそうだろう。平和な日本にいて、こんな物量戦なんて想定している訳ない。

 駒場さんの射撃の腕自体は異世界でも有用なだけに、弾切れは痛い。


「ぐぅっ!」


 そう唸って駒場さんが空になった弾倉マガジンを握り締めると、弾倉が光出す。と光が消えた弾倉に弾薬が充填されていた。


「何それ?」

「分からん。が今は有難い」


 確かに。駒場さんは充填された弾倉を拳銃に装填すると、またまた拳銃を撃ち始めた。



 戦闘は今二ヶ所で行われている。俺への魔物たちの総攻撃と、ミアキス姫による魔族への攻撃だ。

 魔族がターゲットを俺に決めた段階で、ミアキス姫の指示により、隊は二手に別れ、姫様は魔族との直接対決を行っていた。しかしいまだに有効打を打ち出せていない。

 勇者であるミアキス姫の攻撃でも、魔族の硬い外皮に傷を付けるのがやっとのようで、致命傷は与えられていない。弱点であろう目を攻撃しようとしても、攻撃の瞬間に瞑られて防がれていた。なので他の騎士兵士たちでは傷を付ける事も出来ていないのが現状だ。そこに、


『食らうがいい!』


 魔族の黒い波動による衝撃波で、魔族と対峙している隊の騎士兵士たちはどんどんと倒れていっていた。

 このままではいずれ俺たちは全滅する。恐らく誰もが感じていただろう。カードを切るなら早い方が良いと俺は判断した。


「駒場さん」

「なんだ?」

「俺が暴走したら、構わず撃ってください」

「分かった」


 うん。何の逡巡もなく返事したな。本当に撃たれそうだから、暴走はしたくないな。などと思いながら俺は、


「『魔化』」


 と唱えた。


 すると身体中から力が沸き上がってくるのが分かる。同時に破壊衝動のようなものに支配されそうになってくる。それを必死に抑え込もうと身体の内側へ力を入れた。


「うおおおおおおおッッ!!」


 それに反発するように俺の中の野性が吼えた。


 ヤバい! と思った瞬間、ダンッと後頭部を何かに撃たれた。痛くはなかったが攻撃された事に反応して、ギンッと振り返ると、銃をこちらに向けて構える駒場さんがいた。


「冷静になったか?」

「………………ええ。ありがとうございます」


 確かに撃ってくれとは言ったが、こんなに直ぐに撃たれるとは思わなかったな。だが冷静になれたし、『魔化』の暴走も収まったようだ。


 俺は改めて魔族の方に向き直る。すると魔族は信じられないモノを見る目でこちらを見ていた。


『こ、殺せぇ!』


 魔族の号で熊の魔物が巨体を持ち上げ、その鋭い爪を俺に振り下ろしてくる。

 その攻撃を片手で受け止めた俺は、空いたもう片方の手で拳を握り、スッと熊の腹に打ち込む。それだけで熊の腹に穴が開いた。

 ふむ。どうやらかなりの身体強化が行われたようだ。黒い靄となって消えていく熊越しに、魔族が恐怖しているのが分かった。


『こ、殺せ殺せ殺せ!!』


 魔族の号令で一斉に魔物たちが俺に攻撃を仕掛けてくる。熊が爪で、狼が牙で、鹿は角で、兎や鼠は体当たりだ。しかしそれも、今の俺にはスローモーションに見える。そして俺が手を振り足を振ると魔物たちは黒い靄となって消滅していった。


『くっ、こんなにはずじゃ、こんなはずじゃなかったのに』


 魔族がどこかに自身を転移させようとしているのが分かった。しかしさせはしない。


 俺は自分でも信じられない程の速さで魔族へと近付き、その目の片手で一つを突き刺していた。


『うぎゃあ!? 痛い痛い痛い!? 何で痛いんだよ!? これはゲームのはずだろ!?』


 ゲーム? 気にはなるが今はこいつを殺す事が先決だ。


『た、助けてくれ!』


 命乞いをする魔族を無視して、俺は残り二つの目も突き刺して魔族を黒い靄に変えたのだった。


「はあ……」


 やっと長い戦いが終わった。と気を抜いた瞬間、全身を激痛が走る。『魔化』が解けて、『魔化』での無茶の反動がきたようだ。


「大丈夫か!?」


 ミアキス姫が心配して近付いて来てくれるが、今は触らないで欲しい。痛い。

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