第18話 ディッキン伯爵領
東のオリエンス聖王国はコンティネル大陸で、西のオッキデンス帝国と並ぶ大国だそうだ。
中央に王領を構え、八方に諸侯が治める領地が置かれ、そのそれぞれに勇者を配している。
ミアキス姫が現在勤めているのは、北東のディッキン伯爵領だ。
そこにはミアキス姫
「姫、お帰りなさいませ」
青緑髪のディッキン伯爵とともに、20人の騎士が、麾下の転移魔法の使い手でメリディエスから転移してきたミアキス姫を迎える。
「ええ。暫く留守にしていましたが、変わりありませんでしたか?」
ディッキン伯爵以下騎士たちの顔は重い。
「新たに三ヶ所のダンジョンの出現を許してしまいました」
「……そうですか」
どうやら本当に猫の手も借りたい状況であったらしい。
「そちらが、全体バフが使える御仁……ですか?」
ディッキン伯爵が尋ねるが、俺と駒場さん、二人いるからだろう、頭に疑問符が浮かんでいる。
「ええ。こちらが全体バフを使えるカトー コーキくん。そしてこちらは異世界は日本政府のコマバ タケゾーさんです」
姫様の紹介に頭を下げると、全員が値踏みするような視線をこちらに向けてくるのが分かる。
「あまり熱い視線を向けてあげるな」
「はっ、申し訳ありません」
それを姫様が諌めると、皆が恥ずかしそうに視線を反らした。
「だが気持ちは分かる。コーキくん。長距離移動で疲れているだろうが、一つその全体バフの能力を皆に見せてはくれないだろうか?」
姫様にこう頼まれて、「NO」と答えれば角が立つ。ここは頷くしかないだろう。
城の練兵場には大勢の人間が詰め掛けている。俗におしくらまんじゅうとか芋洗い状態である。
皆の注目が集まる中、練兵場の中央には50人の兵士が固まっている。
「彼らにバフを掛ければ良いんですね?」
俺は隣にいるミアキス姫に尋ねた。
「ええ」
と返してきたので、俺は兵士たちに向き直り、
「『風林火山』!」
スキルを発動させた。
『風林火山』を唱えた所で、何か外見的に変化が起こる訳じゃない。さて、ではどの程度ステータスが向上しているのか検証しよう。と兵士たちが等間隔に離れた所で一報がもたらされる。
一人の兵士がスススと姫に近付いてきて、
「今、西のオーギュスト侯爵領と接する森に魔族が出現しました」
声高に報告したため、野次馬含め全員の顔が険しいものに変わる。
「検証は後回しだ! 半数を城に残し、あとは魔族討伐に出るぞ!」
「「「おお!!」」」
姫様の号令に耳をつんざく程の声を発し、城の騎士兵士たちは一斉に動き出した。
「マルセルです」
「マルゴーです」
パッと見で双子と分かる若い騎士が俺と駒場さんに挨拶してくれる。
若草色の髪をした双子の第一印象は柔和だ。森に同行する俺たちの護衛をしてくれると、二人の騎士と20人の兵士を出してくれたのだが、皆柔和で俺たちに好意的な印象だ。
「宜しくお願いします」
二人の騎士と握手を交わす。
俺たちは現在城外に整列し、ミアキス姫の言葉を待っている。
「準備は整ったようだな」
そこにミアキス姫の声が響く。
「前回は魔族に苦杯を舐めさせられた。友を失った者も少なくないだろう。辛勝どころか大敗だ。と嘲笑う声も耳に入っているだろう」
これから出立だというのに、すすり泣く声が聴こえる。それほどの大事だったのだろう。
「我が同志よ! だが我々は魔族に屈したりしない! 今日を生き残り、明日に繋ぐ為、この戦、絶対に勝利をもぎ取るぞ!!」
「「「おお!!」」」
騎士兵士たちの雄叫びに、俺はしかし肝が冷える感覚を覚えるのだった。
転移魔法の使い手によって、200を超える騎士兵士が、遠い森まで一瞬で移動した。
森は既に黒い靄に覆われ、ザワザワと暗いざわめきが聴こえてくる。
「侵食が速くないですか?」
俺は思わず横のミアキス姫に愚痴をこぼしていた。メリディエスで何度かダンジョンアタックを経験しているが、この森は規模が違う。200人でも足りるかどうか。倍は必要な気がする。
「魔族もそれだけ本気なのだろう」
ミアキス姫は苦々しげだ。
「『風林火山』を唱えても」
「頼む」
俺は騎士兵士たちに振り返り、『風林火山』を二回唱える。200人の騎士兵士たちを薄い霧が覆った。
「行くぞ! 進め!」
ミアキス姫の号令で全員が森へ突入していく。
「駒場さん、大丈夫ですか?」
「? 何がだ?」
再三戦場には来ない方が良い。と駒場さんには言ったのだが、駒場さんは同行者だから、と譲らなかった。メリディエス規模の戦場なら大丈夫かな。と思っていたが、この規模では日本から来たばかりの駒場さんには厳しいと思うのだが、駒場さんは飄々としている。アイテールに来る決断といい、駒場さんは大物のようだ。
「おお!」
と先行した騎士兵士たちから歓声が沸く。
「どうやらコーキくんの全体バフはかなり有用なようだ」
ミアキス姫からお褒めの言葉を頂き、何とも恐悦至極である。
「そのまま進め!」
姫様の号で一隊は森を奥へ奥へと進んでいく。
『……馬鹿な』
?
『話が違うじゃないか』
??
脳に直接誰かの声が響いてくる。その声が聴こえてくる方向も分かる。森の奥だ。
「どうかしたのか?」
俺は戦場で少し呆けていたのかも知れない。びっくりした駒場さんに声を掛けられハッとした。
「い、いえ、何でもありません」
誤魔化してはいるが、バレバレな気がする。が、
「そうか」
と駒場さんはそれ以上尋ねてこなかった。
森の魔物は狼に蛇、鹿、兎、リス、更には熊まで出てくる。森の動物総動員と言った感じだ。
ゼイラス王子が、森がダンジョンから解放されて正常に戻っても、そこに動物は既におらず、閑散とした木々だけが残る。と話していたのを思い出した。
これでは森を取り戻しても、今後の森の恵みはあまり期待出来そうにない。
森はかなり広大で、進んでも進んでも切りが無い。自分たちがどこにいるのか分からなくなりそうだ。
「魔族の場所は掴めたか」
ミアキス姫が傍の兵士に尋ねるが、
「いえ、範囲が広範な為、魔族だけを見付ける事が難しく」
どうやら索敵スキル持ちらしい。が魔族と魔物の違いは分からないようだ。
「あのう……」
そこに俺が声を掛ける。その場の視線が俺に集中した。ギラついた目に気後れする。
「もしかしたら、あっちにいるかも知れません」
俺は森のある方向を指差す。
「その根拠は?」
ミアキス姫が尋ねてくる。
「いや、さっきからあっちの方から声が聴こえてくるんです」
「「「声!?」」」
うん。そりゃあそんな反応になるよな。
俺の発言に半信半疑な一同は互いに顔を見合わせ合う。
「どう思いますか、ミアキス姫」
騎士の一人に尋ねられたミアキス姫は数刻思案を巡らせた後、
「それが外れであろうと、ここで
ミアキス姫が号令を下し、隊は森を奥へ奥へと進む。
「本当にいた」
俺の前で俺を守ってくれている兵士の一人が呟く。
確かにそこには中空に浮かぶ魔族がいた。黒い身体は三角錐で、その一面に三つ目が付いていた。
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