第12話 王城襲撃
その日、王城に黒い雷が落ちた。
耳を突ん裂くその轟音に王城が揺れる。直後、けたたましく鳴らされる警鐘。何か嫌な事態が起こった事を肌で感じた。
「何事ですか!?」
勇気くんとの昼食後、軽く雑談をしていた時だ。非常事態と思い部屋から出ると、王子たちと出会した。
「魔族が攻めてきた」
簡潔な説明の後、付いてくるように促され、勇気くんと二人付いていく。
思えば敵の本拠地を攻めるのは戦術の基本だ。王城にはガロンさん、ビッシュさん以外にも騎士はいる。だがダンジョンに攻勢に出たのは兵士も含め少人数だった。こういう事態に備えていたのだろう。
「いました!」
王城の西、中空にぬめっとした黒い球体が浮かんでいた。魔族が黒いのは経験で理解していたが、今度の奴は一味、いや、二味違った。
まず、目が二つあるのだ。前? に一つ。そして後ろにもう一つ。360度見回せると言う事なのだろう。
そしてもう一つ今までの魔族との違いは、下部に口が付いている事だ。刃物で切り裂かれたような切れ目から、真っ赤な口腔を覗かせている。
「ギャギャギャギャギャギャキャギャ!!」
そこからこの世のものとは思えない奇声が発せられている。
既に戦闘は始まっており、球体の魔族はぬめっとした表面から無数の触手を伸ばして、王城の騎士兵士たちと戦っている。そして何人かが犠牲になっていた。
魔族の触手に貫かれた兵士が地に伏していたが、暫くして動き出す。黒い靄をその身から発しながら、その身体はどんどん黒化していく。
「兵士たちが……!」
「くっ、魔物化してしまったか!」
魔物化の過程を見るのはこれが初めてだが、魔族にやられると魔物化する。と言う事なのだろう。
魔物化すると能力が数倍から数十倍になるという。脅威だ。
「コーキ! 『風林火山』だ!」
王子の号にハッとして、俺は直ぐに『風林火山』と唱える。これによって押されぎみだった形勢をこちらが押し返す。
が、敵もさるもの。
「ギャギャギャギャギャギャキャギャ!!」
魔族が一声
「ぐっ!」
顔をしかめながら剣を抜くガロンさんとビッシュさん。
「『風林火山』!」
そこに俺は『風林火山』を重ね掛けする。すると薄い霧が辺りに立ち込め、魔物化した兵士たちは、まるで俺たちが見えなくなったかのように攻撃が空を切り始める。
「どうなっている?」
俺に説明を求めてくる王子たち。
「『風林火山』のレベルが上がって、新たな能力が発現したんです」
「新たな能力?」
「徐かなること林の如し。まるで林に身を隠したかのように敵は俺たちを見失います」
今までは風林火山の『風』、疾きこと風の如し。によって全員のAGI(素早さ)を上げていた。そこに『林』の隠匿性が加われば!
「敵は我々の姿を捉えられていない。今が好機だ!」
ゼイラス王子の号令で、騎士兵士たちが魔物化した兵士たちの掃討を行う。少し前まで起居をともにしていた仲間を葬るのだから、騎士兵士たちの心中は重いだろうが、このままにしておく事は出来ない。
魔物化した兵士たちを全て葬った所で、
「ギャギャギャギャギャギャキャギャ!!」
また魔族が奇声を上げる。すると魔族の声に呼応するように霧が晴れていった。
「どうなっている?」
「いや、俺に聞かれても?」
しどろもどろの俺に向け、魔族の触手が襲い掛かってきた。
ギィン! とガロンさんとビッシュさんが弾いて凌いでくれたが、相手は完全にこちらが見えているようだ。
「『風林火山』のバフも切れているようです。もしかしたらあの魔族のスキルキャンセルかもしれません」
ビッシュさんが冷静に分析する。
「そんな……! 『風林火山』! 『風林火山』!」
俺はそれを聞いて直ぐ様『風林火山』を唱え直す。が、
「ギャギャギャギャギャギャキャギャ!!」
魔族の嘶きによって打ち消される『風林火山』。それでも俺は『風林火山』を唱え続けた。持続時間が短いとしても、無いより有った方がましだからだ。
膠着状態が続く中、
「ユーキ様ぁ!」
セルルカ姫が勇気くんを見付けて駆け寄ってきた。
「遅いぞセルルカ!」
「申し訳ありませんお兄様。ユーキ様の部屋に行ったら藻抜けの殻だったもので探してしまって」
兄に詫びを入れたセルルカ姫は直ぐ様持っていた勇気くんの槍を勇気くんに手渡す。
「ユーキ、さっさとこの事態を終わらせろ」
ゼイラス王子にそう言われて、泣きそうな顔になる勇気くん。とは言え勇気くんの能力の高さは俺も目の当たりにしている。
俺が勇気くんの肩に手を置き力強く頷くと、勇気くんは震える手で槍を構え、その引き金を引く。
ダァン! と言う銃声とともに光弾が魔族の目を襲う。
「ゲキャア!?」
魔族の片目にヒットした光弾。汚い悲鳴を上げる魔族。が、
「ギャギャギャギャギャギャキャギャ!!」
魔族がまた奇声を上げると、その潰れた目が復活する。
「マジか!?」
思わず声を上げてしまった。
「ど、どうしよう」
勇気くんに服の袖を掴まれ相談されるが、俺に聞かれたって答えは無い。
「両目を同時に攻撃しないと無理かも知れないな」
ビッシュさんの冷静な分析。成程。
「いや、二ヶ所同時になんてどうやるんでする?」
尋ねる俺に答えられる人はいない。いや、この場の誰かを犠牲にすれば成し得るかも知れない。
例えば騎士兵士たちに囮になってもらい、その隙にガロンさん、ビッシュさんが反対側に回る事で、左右から挟み撃ちを仕掛けられるかも知れないが、それでは騎士兵士に多大な被害が出るだろう。
例えば今魔族から攻撃対象になっている俺が囮になれば、あるいは被害が一番少ないかも知れない。
だが俺がそれを提案する前に、王子に首を左右に振られてしまった。
「ありますよ、一度に二ヶ所を同時に攻撃する方法」
そう口にしたのはセルルカ姫だった。
「要はユーキ様が二人いれば問題解決なんですよね?」
何を言っているのだこの姫様は。勇気くんは一人しかおらず、あとの犠牲をどれだけ少なくするかが今の問題なのだ。が、
「分身魔法を使えばよろしいのですわ」
姫様の一言に希望を見出だしたのか、王子たちは一斉に勇気くんの方を向く。
「使えるのか? 分身魔法が?」
ゼイラス王子の問いに、しかし勇気くんは苦笑いで首を傾げるのみだ。
「使えるはずです。ユーキ様は全属性の魔法スキルをお持ちですから」
代わりにセルルカ姫が応える。
「で、でもそんな魔法使った事ないし……」
「取り敢えず唱えてみろ!」
ふるふる震える勇気くんを、ゼイラス王子が一喝する。
王子に言われるままに分身魔法を唱える勇気くん。
「ぶ、分身」
すると勇気くんの身体が光だし、その光が収まった頃には、二人に分裂した勇気くんがいた。
まさか分身出来るなんて、勇気くん流石勇者様だ。
「では私はこちらのユーキ様と向かいに回ります」
セルルカ姫は近場の方の勇気くんの腕を掴み、引き摺って連れて行こうとする。
「ガロン」
「分かりました。姫様、私もお供します」
こうしてこちら側に俺、王子、ビッシュさんと勇気くんA。反対側に姫様、ガロンさん、勇気くんBによる挟撃作戦が開始された。
「すみません、もう魔力切れです」
と開始直後に俺は『風林火山』の唱え過ぎで魔力切れを起こしてリタイアしてしまったが。俺だけでなく、騎士兵士たちも満身創痍だ。
直ぐに作戦を実行するため、王子が姫様に手で合図を送る。
反応が返ってきた所で、
『5、4、3、2、1……』
が、そこに襲い来る魔族の触手。それを剣でビッシュさんが弾き、その隙に二発の銃声が王城に響いた。
見事に両目を撃ち抜かれた魔族が、黒い霧となって崩れ去っていく。それを意識が朦朧となりながら俺は見つめていた。
「コーキ!?」
王子が耳元で叫んでいるが、ひどく遠く聴こえた。挟撃の瞬間、腹に魔族の触手を食らった俺は、『謙虚』による無効化も奏功せず、腹を貫かれそのまま意識を失った。
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