第11話 勇者の実力

「火よ!」


 手を突き出し呪文を唱えると、その手がじんわり温かくなる。火魔法LV1だ。

 成程。これは使い物にならない。と思うのも納得だ。


 練兵場で兵士たちに散々『風林火山』を唱えまくった翌日。俺はゼイラス王子の呼び出しで、王子の私室へやって来た。

 執務机の上に置かれていたのは4冊の魔導書。地水火風の四大自然魔法の魔導書だった。


「風と火の魔導書は在ったが、流石に林魔法や山魔法の魔導書は無かった。代わりに地の魔導書。そして、そうくれば水の魔導書も欲しい所、と言う訳で用意させた」

「わざわざ俺の為にですか? 何だかすみません。恐縮です」


 俺の為に4冊もの魔導書を都合してくれたのか。有難い。


「それだけコーキのユニークスキルを買っているのだ」

「『風林火山』をですか?」


 こくりと頷くゼイラス王子。


「我々は王国軍だ。一人二人で活動する事は滅多に無く、大抵は集団で行動する。だから集団の能力を上昇させるスキルがあれば、その集団全員の生存率が上がるんだ」


 言いたいことは分かる。


「そしてその為にはコーキの生存率を上げる事が重要になってくる」


 頷く俺。


「幸いな事にコーキのスキルには『謙虚』がある。あれを上げる事でコーキの死亡リスクを限り無く0に近付ける事は可能だ」


 まあ、そうかも知れない。レベル%相手の攻撃を無効化するスキルなのだから、レベルが100になれば、実質100%攻撃を無効化出来る。


「実際には毒や麻痺などの状態異常系や、無効化貫通攻撃などがあるから100%無効化とはいかないがな」


 ああ、やっぱりそういうのがあるんだ。


「そう言ったことを見越しての先行投資だ。スキル『謙虚』のレベル上げもそうだが、それだけで対応出来ない相手と相対した時を想定し、攻撃魔法を覚えてもらう」


 成程。と言う訳で、早速4冊の魔導書に目を通した訳だ。


「魔導書って、LV2とか3とか無いんですか?」


 どれもLV1だったので尋ねてみた。


「存在しない。魔導書はどれもLV1を覚えられるものだ」


 そう都合良くLV100の魔導書なんてものは存在しないらしい。



 LV1の火魔法が手をじんわり温かくする程度なら、風魔法はさわさわと手に息を吹き掛けた程度の風を生み、水魔法は汗をかいた程度の湿り気。地魔法は手から粉がパラパラと出てくる程度だった。


「まあ、最初はその程度だ。魔法系のスキルはLV10からでないと実戦では使い物にならない。まずは四魔法のLVを10にする所からだな」


 そうアドバイスを受け、その日から俺は練兵場の片隅で四魔法の練習を始めたのだが……。



「助けて下さい!」


 その翌日に勇気くんから泣き付かれてしまった。


「どうしたんだ?」


 いきなりの事で訳が分からず、事情を尋ねようとした所に、セルルカ姫がやって来る。


「ユーキ様、ここにお出でだったのですね! さ、行きますわよ!」


 嫌がる勇気くんの腕を取り、強引にどこかへ連れて行こうとするセルルカ姫。しかし勇気くんが俺にすがり付いている為に、俺まで引き摺られていく。姫様なのに凄い膂力だ。STR値が高いのだろう。


「ちょ、ちょ、ちょ、どこに連れていくんですか?」


 思わず口を挟むと、セルルカ姫はあなたいたの? と今気付いたような顔をする。


「どこも何もダンジョンに決まっていますわ」


 決まってるんだ。勇気くんを見ると、全力で首を左右に振り、絶対拒否の姿勢である。


「凄い行きたくなさそうにしてるんですけど?」

「何を言っていますの? ダンジョンの数を少しでも減らしていくことは、勇者の使命なのよ?」


 俺に突っ掛かられても困る。そして勇気くん、俺を離してくれ。


「こ、ここで高貴さんを離したら、転移魔法であっという間にダンジョンなんですよ!」


 成程。それは怖いな。


「セルルカ。ダンジョンと言うのは今朝話題に上がった、新たなダンジョンの事か?」


 ゼイラス王子が見るに見兼ねて話し掛けてきてくれた。


「そうですわ」


 鼻息荒く返事をするセルルカ姫。


「ふむ。ガロンと何人か兵を貸そう。支度が整うまで待て」


 どうやら助け船ではなかったようだ。勇気くんが絶望の顔をしている。


「コーキ、他人事じゃないぞ。お前も行くんだ」


 え!?



 と言う訳でダンジョンにやって来た。今度のダンジョンは村ではなく鬱蒼とした森だ。森は冷気を帯び、俺たちの眼前には大きな洞穴がぽっかり口を開けている。


「ここが、ダンジョンですか?」

「ええ、そうよ」


 辺りに人気は全く無く、よくここにダンジョンがあると分かったものだ。感心する。


「さあ、行きますわよ」


 と一番に乗り込もうとするセルルカ姫を、ガロンさんが制する。そして俺、勇気くん、セルルカ姫、ガロンさんを中央に、十人の兵士が、前五人、後ろ五人に別れ、隊列を崩さないようにダンジョンへと進入していく。

 装備は勇気くんは槍を、俺はカウンターシールドを持っている。姫様は何も持っていない。大丈夫なのか? と事前に尋ねると、姫様より先にガロンさんや兵士たちに笑われてしまった。

 何でもセルルカ姫は大賢者の一番弟子だったらしく、相当な魔法の使い手だとか。



「コーキ、『風林火山』を頼む」


 ガロンさんに言われて『風林火山』を唱える俺。


 兵士が一歩ダンジョンに踏み込んだ所で、巨大なコウモリが襲い掛かってきた。


「うわあ!?」


 それに驚いた勇気くんが奇声を上げて槍を撃ちまくる。しかも目を瞑って矢鱈目鱈に撃ちまくるのだ。

 だと言うのに、勇気くんの光弾は見事にコウモリたちに命中していく。


「……すげ」

「当然ですわ。勇者様ですもの」


 俺の独り言に、姫様が我が事のように胸を張った。


 その後は勇気くんの独壇場だった。現れるコウモリに巨大アリ、巨大ネズミに狼までも、現れるそばから勇気くんが槍で撃ち仕留めていくのだ。さながら俺たちは勇者ショーの観客のようだった。


「うわああ!!?」


 驚声を上げながら今、勇気くんが一発で撃ち仕留めたのは、ダンジョンマスターである。黒いキューブ状の物体で、やはり一つ眼だった。それが瓦解し霧散していく。


「さ、終わりましたわね。帰りましょう」


 セルルカ姫はこの結果が至極当然と言うように、転移魔法で俺たちを王城まで帰還させたのだった。

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