第5話 盾とダンジョン

 王子たちに連れてこられたのは、王城に併設されている、騎士や兵士たちの為の練兵場だ。


「これを持て」


 と王子にいきなり渡される身体全部を被える程大きな盾。


「重いです」


 恐らく金属製であろう大きな盾だ。10㎏は優に越える。それを俺は落とさないように両手で掲げるのがやっとだった。


「……はあ」


 嘆息されても困る。


「コーキのステータスは一般人と同等ですから、戦士としての才能は有りませんよ」


 銀髪のビッシュさんが口添えしてくれたが、王子は納得出来ていないようだ。


「しかしそれでは『謙虚』をLV100にする前に死んでしまうぞ」


 元々戦う予定でもなかったのですが。と俺の気持ちなぞ汲んでくれるはずもなく、三人は俺の訓練方針について、やいのやいのと話し合っている。


「そうだ王子! あれなんてどうでしょう?」


 と赤茶髪のガロンさん。あれ?


「あれか」


 王子にも覚えがあるらしく、しばし考え込む王子。


「あれなら重量はほぼ0ですよ」

「だがあれは魔力を消費するだろう」


 ビッシュさんは反対らしい。


「あれの一回の魔力消費量はどれくらいだったか?」

「一回10ですね」

「剣や槍が一回8ですから、然程代わらないかと」


 二人の意見を聞いて、また考え込む王子。しばしして、


「良し。あれを持ってこい」


 と王子は兵の一人に指示を出したのだった。



「あのう、これは?」


 分からない事があれば素直に聞く。の精神で尋ねる。

 俺が今持たされているのは、スイッチだ。映画なんかで身体に爆弾巻いたテロリストが持っていそうな、手で握るタイプのスイッチ。


「それはカウンターシールドと言う。王国でもまだ実戦配備されていない盾だ」

「これが盾ですか?」

「そうだ。そのスイッチを押すと、押した人間を中心に、半球状の魔力シールドを展開する」


 へぇ。それで魔力消費量を気にしていたのか。

 確か俺のMPは119だったよな。とステータス画面を確認すると、MP118に減っている。

 ? と首を傾げる。が直ぐに理由に気付く。鑑定『魔法』だもんな。MPを消費してステータスを見ていたのか。こりゃ安易にステータスを見ることも出来ないぞ。


「どうかしたのか?」


 話し半分にステータス画面に気を取られていたため、王子に訝しがられてしまった。


「いえ、何でもないです。スイッチを押せばいいんですよね?」


 俺は誤魔化すように明るく努め、カウンターシールドのスイッチを押した。

 ブォンと言う音とともに、半透明の魔力シールドが展開する。ガチャガチャのカプセルが大きくなって俺を上から覆い被さったような感じだ。


「じゃあいくぞ!」


 おおっ! と感心していると、ガロンさんに声を掛けられ、見れば剣を構えている。赤く光を発するガロンさんの剣。


「え!? ちょっ!? 待って!!」


 あれはヤバい。と俺の直感が警鐘を鳴らしているが、俺の制止なんて聞き入れてくれる訳もなく、ガロンさんの剣が俺の魔力シールド目掛け振り下ろされる。


 バリンッ! とガラスが割れるような音とともに粉々になる魔力シールド。


「ふむ。まあまあだな」


 いきなり剣でもって襲われたと言うのに、周りは平然としていた。むしろカウンターシールドの性能に感心している感じだ。


「ちょっ!? いきなり何するんですか!」


 流石に俺も命の危機だ。と抗議するが、逆にキョトンとされてしまった。


「何怒ってるんだ? 先に説明してあっただろ?」


 どうやら俺がステータス画面を見ている間に説明があったらしい。


「だ、だからって全力で向かってこなくても……」


 尻すぼみになりながらも抗議を続ける俺。


「全力でやらなきゃ意味がないだろ」


 はあ? 飄々と反論されても何だか納得いかない。


「だがこれで、ガロンレベルの魔族と遭遇しても、ある程度時間稼ぎをが出来る事が証明されたな」


 納得いっていないのが顔に出ていたのだろう。ゼイラス王子が補足で説明してくれた。俺は王子の説明を受けて渋々今の攻撃の意味を受け入れる。


「さ、それじゃ出掛けるぞ」


 何だかぽんぽんと話が進んでいくのだが、俺の頭の中は疑問符だらけだ。


「で、出掛けるって何処に?」


 嫌な予感しかしないので、王子に尋ねると、


「ダンジョンだ」


 ドヤ顔でそんな事を言われましても。いや、あの、俺、俺、


「遠慮します。俺ごときがダンジョンだなんて、1000年早いッス」


 丁重に辞退させて貰ったのに、


「まあ遠慮するな。男子足るものいつかは通る道だ。それにレベルアップにはダンジョンに潜るのが一番だからな」


 二人の騎士にがっしり腕を組まれ、俺はズルズルと引き摺られて行くのだった。



 来たくもないダンジョンに連れて来られた。

 何でも最近出来たダンジョンで、王城からも近く街道から一本入った場所に有るため、ダンジョンから這い出てきた魔物による被害なども出ており困っていたのだそうだ。


「…………町、いや、村ですよね?」


 王子一行(王子、側近二人、銃剣を持った八人に俺)はダンジョンに来たはずだ。

 だが着いたのは村らしき場所の入り口だった。柵に囲まれた村中央部への入り口。周辺は田畑が広がっており長閑のどかと言う言葉が良く似合う。

 ただし田畑には最近荒らされたかのような跡が残っており、村の中央部も閑散として人一人歩いていない。


「ダンジョンだと言っただろ?」


 俺を除く王子一行に「何言ってるんだこいつ?」と白い目で見られるが、こちらの疑問は解決していない。


「すみません。俺の世界にはダンジョンなんて存在しなかったもので」


 言葉の裏に「説明して!」とメッセージを載せて訴えると、


「ああ、そういう事か」


 とビッシュさんが気付いてくれた。


「この世界でダンジョンと言われる場所は、魔族によって制圧された場所を指すんだよ。つまりこの村は魔族の襲撃によって滅ぼされ、魔族の管理下に置かれた場所なんだ」

「……成程」


 そう言われるとゾッとするものがある。村を覆う雰囲気が一気におどろおどろしいものに変わった気がする。


「分かったな。行くぞ!」


 えっ!? ちょっ!? 分かったからって行きたくなる訳じゃないんですけど!? などと考えていると、銃剣を持った兵士の一人に肩に手を置かれ、


「大丈夫です! 我々がお守り致しますから!」


 と不安を払拭するように力強く声を掛けられた。周りの兵士たちも力強く頷いている。

 大丈夫かもしれない。と俺が少し心を落ち着かせた所に、


「おしゃべりはそこまでだ。敵の登場だぞ」


 ガロンさんの声でダンジョンと化した村の方に目を向けると、何やら黒い人型の物体がこちらへ歩いてくるのが見えた。


「……あれが、魔物」


 晴天の下に似合わない黒く淀んだものがそこにいた。


「ここにいるのはゴブリンを中心に、家畜や周辺の林野に生息していた野性動物を魔物化したものです。ダンジョンマスター以外に遅れをとる事はないと思われます」


 兵士の一人の報告に、俺以外の皆が頷く。

 家畜や周辺の野生動物を魔物化か。…………ん?


「……あの、家畜や周辺の野性動物を魔物化したのに、ゴブリンみたいな二足歩行になるんですか?」


 俺の疑問に、皆の顔が険しくなる。


「勘が良いなコーキ。ゴブリンは家畜でも野性動物でもない」


 家畜や野性動物じゃない。魔族に襲われた村。


「あの、村の人たちは逃げられたんですよね?」


 俺の質問に、返ってきたのは無言の返答。それだけで気付いてしまった。あのゴブリンは、元々この村で生活を営んでいた人たちなのだと。


「そんな……」

「気分の良いものじゃない。だが、誰かがやらなければいけないことだ。無辜むこの民草を化物のまま放置なぞ、しておけないからな」


 ゴブリンたちは黒い身体から黒い靄の様なもの出しながら、じわじわと近付いてくる。ゴブリンと化す前から着ていたのだろう服を身に付けたまま。

 その光景、そしてそれに立ち向かう王子たちの気持ちを想像し、何とも言えない感情に囚われた俺は、その場で胃の中のモノを全ての吐いてしまったのだった。

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