第6話 後悔先に立たず
「おい!? 大丈夫か!?」
兵士の一人に肩を揺すられるが、今は止めて欲しい。更に吐きそうになる。そこへ、
「捨て置け。今は戦闘中だぞ」
ゼイラス王子の声が冷たく響く。その声でハッとした兵士たちは、厳しい表情に戻り、銃剣を持ち直した。
「くるぞ! 槍隊前へ!」
王子の号令に従うようにして、銃剣を持った兵士たちが王子の前方に展開する。
その銃口を眼前のゴブリンに向ける兵士たち。
(あれ、槍だったんだ)
などと場違いな感想を思い浮かべている内に、ゴブリンたちとの距離がどんどん詰まってくる。
あっという間に家二軒程に迫ったところで、王子から指示が下る。
「撃てェ!」
号令とともに鳴り響く発砲音。光弾がゴブリンたちにダメージを与えていく。
(光の弾……。そういえば槍にも剣にも魔力が必要とか、練兵場で言ってたな)
ゴブリンはAGI(素早さ)はいまいちなのか、どんどん銃弾を撃ち込まれるが、VIT(耐久力)がそれなりにあるらしく、1発2発でやられる事はない。
5発から10発の光弾を受けて倒れたゴブリンは、砂の城のように脆く瓦解し、最期は黒い靄となって消えてしまった。遺されたのは村人だった頃に着ていた衣服だけだ。
「ガルルルゥ!」
何とも言えないやるせなさを感じている暇なんて、戦場にはなかった。
俺たちを左右から挟み込むようにして、黒い犬が襲い掛かってきたからだ。
「ガロン! ビッシュ!」
しかしそれも想定内だったのだろう。ゼイラス王子は冷静に二人の側近に指示を出し、黒犬を撃退せしめた。
黒犬はゴブリンとは逆でAGIが高く、VITが低かったのだろう。二人の一撃で脆く崩れ去る。
その内に前方から来るゴブリンたちを兵士たちが撃退したことで、戦場であるダンジョンに静寂が戻る。
だが俺の頭の中では、何かの鐘が鳴りっぱなしだった。その
「まだ気分が悪いか?」
王子が心配そうに声を掛けてくれた。王子だけじゃなくガロンさんやビッシュさん、兵士たちも心配そうにこちらを見ていた。
「い、いえ、この世界に来てから頭の中で何だか鐘が鳴りっぱなしで、今も鐘が鳴ってるんです」
俺が説明すると、何故か皆一瞬キョトンとした後、一行に笑いが起こった。
「ああ、それはレベルアップを告げる鐘だな」
「レベルアップ、ですか? 俺、今の戦闘で何もしてないんですけど?」
本当に何もしていない。怯え、傍観していただけだ。
「それでも、隊内にいた者には経験値が入るんだよ」
とはガロンさん。
「何だか、申し訳ないですね」
俺が恐縮していると、兵士の一人が、
「レベリングと言って、初めは今みたいに新兵をレベルの高い者がガードしながら戦い、新兵が実際に戦うようになるのは、ある程度レベルが上がってからだよ」
と説明してくれた。
「もしかして、いきなり実戦で魔物と戦わされると思っていたのか?」
とビッシュさん。
「ええ、はい」
俺は素直に首肯する。
「そんな訳ないだろ。だったら武器ぐらい持たす」
確かに。言われてみれば俺が持たされているのは、カウンターシールド1個だけで、剣はおろかナイフ一本持たされていなかった。
何だか恥ずかしさで顔が火照っているのが分かる。
「おしゃべりはここまでだ。先に進むぞ」
頃合いをみて口を挟んできて王子に従い、俺たちは村の奥へと歩を進める。
「ステータス」
村を奥へ奥へと進んでいく中、やっと頭の中の鐘が鳴り止んだので、自分のステータスを確認した。
ステータス
NAME 加藤 高貴
LV 22
HP 425
MP 372
STR 45
VIT 57
AGI 29
DEX 38
INT 50
スキル
謙虚LV25
鑑定魔法LV3
(おお! 結構上がっているな。さすが経験値2倍!)
などと自分のステータスの上昇具合ににんまりしてしまうが、これが魔物化した村人たちからの経験であることを思い出し、心の中で猛省する。
その後も襲い来る魔物たち。
家で飼われていただろう黒犬はまだかわいい方で、家畜であっただろう山羊や羊、牛などは攻撃力が高いのか、一行に緊張感が走る。
しかし、やはり精神的に堪えるのはゴブリンだ。
小さな子供からヨボヨボの老人まで。半端に村人だった頃の面影が透けて見える為に、兵士たちが槍で撃ち抜き、騎士が剣で斬り裂く度に目を背けてしまう。
「……そういえば王子は戦わないんですか?」
ゼイラス王子は指示を出すばかりで、帯剣はしていても剣を抜くことすらない。しかし我ながら要らんことを口走ったものだ。
だがこれで場の空気が悪くなるかというとそうでもなかった。
王子はゆっくりと俺の方を振り向き、
「私は回復要員だ」
と返事をしてくれる。いや、やっぱり何か怒っている気がするのは気のせいだろうか?
「それより、全員気合いを入れ直せ! 前方にダンジョンマスターらしき影を確認した!」
俺の発言で少し弛緩していた場の空気が、ゼイラス王子の号令でピシリと引き締まる。
前方に目を凝らすと、空中1m程の所に黒い靄がかかり、その中にデカい目玉が浮かんでいる。
「あれが、ダンジョンマスター……?」
ごくりと自分の唾を飲む音が聞こえる。
「そうだ。そしてあれが邪悪の元凶、魔族だ」
そう言われても、そうなのか。としか思えない。この世界からしたら俺も異物であり、俺はこの世界についてまだ幼子よりも知識が無いからだ。
とそこに、俺たちを覆うような影が空を翳す。
何事か!? と上を見上げると、建物の屋根に乗った10人程の人影。黒い靄が出ていることから、魔物化した者だと分かるが、その風貌が少し違う。
皆、革鎧や胸鎧を着込み、手に剣や槍を持っている。これまでのゴブリンは布の服を身に付け、武器などは持っていたとしても包丁や農具程度だった。しかし奴らが持っているのは明確な武器だ。
「チッ、ホブゴブリンまでいやがったのか」
ガロンさんが吐き捨てるように口にする。
「ホブゴブリン……。ゴブリンとは違うんですか?」
俺の疑問に兵士の一人が答えてくれた。
「魔物化する前の職業が違うんだよ。ゴブリンは農民や町民など、一般人がなるもので、ホブゴブリンは、傭兵や兵士などがなるんだ」
兵士、には見えない。と言うことは傭兵か。街道から一本外れたこの村に何故傭兵の成れの果てがいるのだろう?
「商隊の護衛で傭兵がやられたとの報告は上がってきていないぞ」
冷静な王子の声に苛立ちが孕む。
「傭兵ギルドにもまだこのダンジョン討伐の依頼は出していません。恐らくですが、『荒らし』の傭兵ではないかと」
ビッシュさんの発言に、ガロンさんが露骨に嫌な顔をする。
「『荒らし』って何ですか?」
訳が分からない俺は、兵士の一人に尋ねる。
「どこそこが魔族にやられてダンジョンになると、普通は近寄りたくない」
「ですね」
「が、人がそこからいなくなったと言うことは、その土地の物の所有権が放棄されたとみなされるんだ」
「はあ」
「つまりは墓荒らしや火事場泥棒のような輩がその土地に現れるのさ。上手くいけば暫く食うに困らない金を稼げるからね」
成程。つまり実力的にも精神的にも傭兵として底辺ってことか。
「『荒らし』だからと言って侮れない。元々傭兵は一般人の数倍から十数倍のレベルがある上に、魔物化するとそれが更に数倍になるからね」
ホブゴブリン恐るべしか。
「これならコーキは置いてくるんだったな」
王子が失敗したって顔をしながら、腰から剣を抜いた。王子も参戦しなければならない強敵ということか。
一行に緊張感が走る。
「来るぞ!」
王子の掛け声に合わせるかのように、ホブゴブリンたちが屋根から襲い掛かってきた。
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