第十四章 お人好し
俺には、自慢の幼馴染がいる。まぁ、本人の前では死んでも自慢の、なんてつけたりはしないがな。幼馴染はとにかく他人に対して優しい。その域はもうお人好しといっても過言ではないほどだと思っている。本人は認めていないが、あいつはいつでも人のことしか考えないで、自分のことはおろそかになりがちだ。俺はもう少し自分の方に関して頓着して欲しい。それが無理だと言うのなら、幼馴染兼親友である俺がきちんと管理…じゃない、世話をしてやらないとな。
中学入学から高校に入るまでの間、俺はどうにもあいつが別人のように思えてならなかった。あれは結局何だったのだろう。気のせいだったのか。それはさておき。今は今で深刻な問題があるのだ。
最近…というか、結構前から。あいつは俺に、何かを隠しているようだった。一度問い詰めようかと思ったことがあったが、なんだか無理に聞いてはいけない気がして。俺は心配だったが、ひとまず様子を見ることにした。それからしばらく経って、結局何も言われないまま隠し事に気づいてから、1年が経ち俺たちは高校2年になった。五月になり、今の生活リズムにも慣れてきたなと感じ始めた、そんなある日に。あいつは学校を遅刻してきたのだ。どうして遅刻したのかと聞いても、はぐらかされて終わった。もやもやした気持ちのままでいると、あいつは挙げ句の果てに用事があるので部活を休むとぬかした。彼女でもできたのかと聞けば、女子ではあるけど彼女ではないと言われた。一体、その子とはどういう風に出会って、どういう関係なのだろうか。聞きたい気持ちが強かったが、あまりしつこくすると拗ねられてしまう。我が幼馴染ながら面倒な性格だと、たまに思ってしまうのは許されるだろう。
その翌朝、いつものように教室に入ると机に突っ伏して、いささか落ち込んでいる様子のあいつを見て、俺はため息をついたあとに黙って分厚い教科書を持って近づいた。そして、その教科書の角を使って、幼馴染の頭のてっぺんを殴った。ごんっ、という鈍い音がする。
幼馴染は痛みに頭を抑え、涙目で俺を睨んだ。まぁ当然だろう。これで痛みを感じなかったらむしろ驚きである。軽い抗議の声を上げ、俺の脛を蹴ったものの、幼馴染はすぐにそっぽを向いて窓の外を眺め始めてしまった。おかしい、と。俺は思った。いつもならば、脛を蹴っただけでは済まされないのに。思わずその顔の前に手をひらつかせれば、顔をしかめられる。いつになく機嫌の悪い様子に、俺は何かあったのかと聞いたが、少し考えた様子を見せたあと、なんでもないと言われる始末。果たして、俺はそんなに信用がないのだろうか。大方、俺に心配をかけると思って話さないのだろうが、その考えはこちらとしては良い迷惑である。本当に、なんて面倒で煩わしいのだろう。いささかの苛立ちを感じながら、俺は拳を握りしめた。
放課後、俺たちは部活を終えて帰ろうとしていると、校門に目を向けた幼馴染の様子がおかしかったので、同じように校門に目を向けるとそこには隣町の高校の制服を着た男女が見えた。それを指摘すると、幼馴染の顔に焦りが浮かんだので、今朝不機嫌だったのはそいつらのせいだと考えて、俺は幼馴染を置いてそいつらに向かって走っていった。
が、走っている最中に強風が吹いたせいで、予期せぬ出来事に俺は足をもつれさせた上に、目に砂が入り反射的にこすってしまった。その間に、どういうわけか幼馴染が俺の横を通り過ぎていくのを、不明瞭な視界で捉えた。え、なんでわざわざ自分から向かっていくんだ?
疑問に思いながら、俺はいまだに地味に痛い目を瞬かせながら、幼馴染の後を追う。
それから少しして、よくわからないものの一件落着、という雰囲気になっているのに、水を差すような気がしてならないものの、俺はどういう状況なのかと、幼馴染に聞いた。どうやら完全に忘れられていたらしく、いささかの怒りを覚えたのは仕方ないだろう。
それから少しして、状況がいまいちわからないまま俺は知らない男子生徒に、幼馴染の隠し事が気にならないのか?と聞かれた。それに、俺は本人の前でいうのを一瞬ためらったが、良い機会だと思って本心を話してしまった。
本心を全て話し終えて、俺は黙ってしまっていた幼馴染に不安を覚えた。もしかしたら呆れられてしまったかもしれない。いや、呆れるどころかうざがられてしまったかもしれない。後悔しかけていると、幼馴染が俺を呼んだ。最近では、あまり呼んでくれなかった昔からの呼び名で。それに、俺は嬉しさ半分気まずさもあって、なんだかよくわからない笑みを浮かべていただろう。証拠に、幼馴染に困ったように笑われてしまった。
そして、ずっと待っていた「話したいことがあるんだ」という、幼馴染の言葉に。俺は、笑顔で頷いた。
話す前に彼女を家に送り届けるという幼馴染の言葉に、俺は早く話しを聞きたいという気持ちが強かったので、半分無理矢理ついていった。バスの中で彼女といちゃつき始めてしまったことにより、話をしてくれない幼馴染にしびれを切らして後ろから茶化してやると、危うく殴られそうになったので隣にいた高木を盾にした。高木には文句を言われたが、そこは無視してしまった。
結局話されないまま、目的のバス停に着いたらしく彼女が降りるボタンを押して、俺たちはバスを降りた。
すると、幼馴染と彼女が妙な反応をしたかと思った次の瞬間、徐々に俺たちの周囲を暗闇が覆った。そして、それから少しして幼馴染に動くなと言われて、しばらくの間大人しく動かないでいた。
その間、何かうっすらと人の形をしたものが視えていたが、それがやがて化け物の形になり、はっきりと姿が視えるようになる。俺は驚き、頰に怪我をしたらしい幼馴染に駆け寄ろうと、足を前に出したがどういうわけか動かなかった。それどころか、何か薄い膜のようなものが張られていて、軽い身動きは取れても、大きな動きをすればその膜に当たってしまうようだった。それに、俺は悔しさに唇をかんだ。なんだよ、何もできないじゃないか。
それから少しして、膜が消えた。比較的落ち着いている様子の高木たちが彼女の元へと駆け寄る。俺は幼馴染にこれが自分の仕事だ、と言われ、困惑に喚いてしまった。そんな俺に、幼馴染は深呼吸を促す。それに素直に従って、落ち着きを取り戻した。それから少しして無理矢理笑った俺に対して、幼馴染は「無理して笑わなくていい」と言った。それじゃあ遠慮なく、と。俺は幼馴染を思いっきり殴った。幼馴染を殴ったのは本日2度目である。
今までずっと心配してたんだから、このくらいは許されるだろう。本当はもっと怒ったやりたいところだったが、こいつも色々考えて俺に話さなかったんだろうし、一発で我慢した。そもそも、殴る方も痛いしな。
なんてことを考えていたら、なんだか涙が出てきた。一言でいうと、不安だったんだろう。なんだかよくわからないまま、幼馴染が化け物と戦って怪我をしている。あいつが元から霊感があるのは知っていた。けど、あんなに危険なことをしているなんて思っていなかったんだ。いつ死んでしまうかもわからないような危険なことを、大切な友人がしている。それなのに、俺は何もできない。もし、俺が知らない間に死んでしまったら、俺はどうしたらいいのだろうか。
運の悪いことに、幼馴染が胸ぐらを掴んできた。まぁ、突然殴られたんだから当たり前かもしれない。案の定、幼馴染は俺の顔を見てとても後悔したような顔をした。ああ、こんな顔をさせたくはなかったのに。
悔しくなって、唇をかんで俯くと、それまで目に溜まっていた涙がこぼれ落ちてしまった。それに、俺は焦りを感じる。いや、涙を浮かべていたのはもうすでにばれてはいるのだが、かといって泣いているのを気づかれたくはない。わがままかもしれないが、これは男として譲れないものがある。幸い、涙がこぼれ落ちたことには気づかれなかったようだ。代わりと言ってはなんだが、軽く文句を言われた。それに、俺は当然だと返して、気持ちを切り替える。
それから、俺はもうなんでも話せよ、と幼馴染に言ったが、本人は気づいていないだろう。一瞬複雑そうな顔をされたので、まだ話していないことがあるんだろう。それはきっと、彼女のことだと、俺は思った。根拠も理由もない。ただ、なんとなく。だから、俺はそれも、いつか話してくれることを願って、幼馴染といつものように拳を突き合わせた。
誰よりも優しくて、お人好しの自慢の幼馴染兼親友は、きっとこれからもおかしなことに巻き込まれることがあるんだろう。そしてそれはいわゆる「運命」とかいうやつで、俺にはどうしようもないことだと思う。だけど、その分。俺はあいつが悩んであれば話を聞いて、出来る限りの手助けをしたいと願う。それだけは、きっと誰には咎められることはないだろう。むしろ咎められたら困るし、怒る。それはあまりにも理不尽だ。そんなことを考えて、俺は眠った。
眠りについて、俺は夢を見た。あいつがいつものように屈託のない笑みを浮かべて、こちらに手を振っている夢だ。こんななんてことない日常が、いつまでも続くことを願って、俺は夢を見ないほどに深い眠りについた。
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