第十三章 仕事


第十四章 仕事

 俺は、彼女のことを家に送り届けるために高木、三鷹、それとなぜか悠人とともにバスに乗り込んだ。

「今日は奏と春乃もいるから、別に送ってくれなくてもいいのに」

 バスの中でそう苦笑しながら言う彼女に、俺は首を振った。

「そう言うわけにはいかない。やるからには徹底的にだ」

「やっぱり、君頑固だね…」

 呆れの混じった声音に、俺は困ったように笑う。

「そう言うあんただって頑固だろうが」

「えー」

「おーい、お前俺に話してくれるんじゃなかったのかよ?いちゃつくなー」

 後ろから抗議の声とともに聞き捨てならない言葉を聞いて、俺は顔をしかめる。

「うるさい。変なことを言うな。そもそも、なんでお前まで来てるんだよ、悠人」

 それに、悠人はわざとらしく手で目元を覆い、泣き真似をし始める。

「なんてひどいやつなんだ…!俺はお前が心配で夜も眠れていないことがあると言うのに!!」

「本当かぁ?」

 疑わしげな視線を投げると、ずっと目をそらされた。嘘なのだろう。

「…一瞬でも信じた俺が馬鹿だった」

 目をすがめて、いまだに何か言っている悠人の声を黙殺し、意識を彼女に戻した。

「そういや、あんた彼氏とかいんの?」

 もしもいるのなら、俺がこうして登下校をともにしていることに対して不満を持たせてしまっている可能性がある。

「いないよ!」

 慌てたように言われて、俺は頷いた。

「そうか、なら心配はいらないな」

「うわ、やらし!」

 俺の言葉に、悠人が身を引いて大げさにそう言った。それに、俺は顔をしかめる。

「あーもう、いちいちうるせぇな。黙れないのかよ」

 体ごと後ろに向けて文句を言うと、悠人は面白そうに笑う。

「そうは言うけどよ。お前その言い方じゃ、彼女が誤解してたって文句は言えねぇぞ?」

 そう言われて、俺は今までの自分の言葉を振り返ってみる。

 そして、頰に熱が集まっていくのを感じた。

「…悪い。深い意味はないんだ」

「分かってます」

 苦笑して、彼女は頷いた。悠人が勝ち誇ったように笑っている。

「ようやく分かったか。お前本当そう言うとこ鈍いと言うか天然だよな」

「悪い、一発殴っていいか?」

 拳を握りしめて言うと、悠人はさっと高木を盾にするように前に突き出す。

「それは勘弁」

「ちょっと!」

 巻き添いを食らった高木は、不満そうな声を上げる。三鷹がにこにこと笑った。

「奏くん一発くらい殴られてもいいんじゃない〜?」

「なっ…!?」

 冗談か本気かわからない三鷹の言葉に、高木が絶句する。まぁ、たしかにそんな反応になるわな。三鷹は掴み所がない。彼女といい勝負である。

 掴み所がない女子2人を幼馴染に持って、苦労しているであろう高木に、俺は思わず同情の視線を向けた。それに気づいたのか、高木は目を眇める。

「何?その目。なんか腹立つんだけど」

「もう、なぁんでそんなに喧嘩腰になるの」

 呆れたように彼女に諭され、彼は不服そうに顔を背けた。

 それから少しして、彼女たちの降りるバス停に着いた。例の通りに料金払ってバスを降りる。

 降りた途端、うなじになにか電流が走ったような衝撃を受け、そこを抑えた。

「なんだ…?」

「…これ、ちょっと面倒くさいかも」

 いつもよりも少しだけ硬い声音で呟かれた彼女の言葉を合図に、目の前の空間がぐにゃりと歪んだ。歪んだ場所から、徐々に暗闇が広がっていく。これは、妖が自分の縄張りを作り出し、そこに餌…つまりは人間を取り込んで捕食しようとするのだ。で、今回は俺たちが運悪く取り込まれてしまったわけで。

 思わず、俺と彼女は目を半目にした。いや、どこの妖がわざわざ天敵である陰陽師を自分の餌場に取り込むのか。まぁ、一般人が取り込まれて被害が増えるのよりはましだが。

「…これ、どう思う?」

 ため息混じりに、俺は隣にいる彼女に聞いた。彼女もまた、それに嘆息した。

「そうだなぁ。この縄張りを作った妖が相当なお馬鹿さんか、自信家なんじゃない?」

「俺は相当な自信家の方に一票」

 苦笑しながら、俺は右手で刀印を結ぶ。

「私も同感」

 同じようにして、彼女はどこから取り出したのか、右手に呪符を人差し指と中指で挟んだ。

 一方で状況をいまいち理解できていない様子の高木たちが、後ろで首をかしげている。

「おーい、この状況ってもしかしてやばい?」

 一応、そう聞いてくる悠人に、俺は苦笑する。

「そこそこやばい。あー、でも、とりあえずそこから動かないでくれな?」

 そう言って、俺は三人の周りにそこそこ強い結界を張った。

「うーん、あんなもんでいいか?」

 確認のために彼女に聞くと、彼女は頷く。

「あれで十分でしょ。この縄張も、そこまで強力なものじゃないし」

 彼女が言い終えるのと同時に、俺たちから少し距離を置いた場所に1人の女が現れた。

「ふふふ…随分侮ってくれてるじゃないの。可愛らしい陰陽師さんたち」

 白い衣に、ざんばらで長い黒髪。ぎらぎらと光る赤い目は捕食者の目だ。

「あのー、一個質問いいっすか?」

 一応、相手は年上の女の人らしいので、敬語を使ってみる。それに、女はぴくりと眉を動かした。

「なにかしら?」

 質問には答えてくれるらしいので、案外優しいなと呑気に考えながら、俺は首をかしげる。

「あんた、死にたくなかったら今すぐにこの空間閉まって、もう2度と悪さしない、って誓っといたほうがいいっすよ」

「わー、すごい。思いっきり相手を愚弄したね」

 困ったように笑う彼女に、俺は肩をすくめた。

「いや、だって事実だろ。一応最初に断っておかないと可哀想だ」

 それに、彼女は苦笑する。

「君は本当にお人好しだね」

「またかよ」

 目をすがめて、不服そうに言うと、空を切る音が聞こえたので、反射的に身を引いた。目の前に、鋭い切れ味抜群っぽい風の刃が通り抜ける。

「うわ、あれ当たったら痛そうだな」

「いや、痛いどころか死ぬんじゃないかな?」

 呆れたように笑われ、俺は頷く。確かにそうだ。

「消えろ」

 俺が少し声音を変えて言うと、風の刃は一瞬で霧散する。

「おぉ、お見事」

 ぱちぱちと手を叩いて拍手をする彼女に、俺は目を眇める。

「いや、こんくらいあんただって簡単にできるだろ」

「うんまぁそうなんだけど。何気に私、君が言霊を使ったの初めてみるから、新鮮で」

 納得できるようなできないような理由を言われて、俺は首をかしげる。と、今度は足元にひびが入り始めた。なんともまぁ忙しい。

 それらをひょいひょいと避けながら、彼女は女へと徐々に距離を詰めていく。女は近づいてくる彼女に、焦りの表情を乗せている。それを眺めながら、俺はとりあえずこのひびをどうにかしようと思って、両手で刀印を組んだ。

「この空間はこれより我がものとなる。地表改善、これ早急に終止符を打つ」

 少しして、ひび割れていた地面が淡い光を放って治っていく。

 やがて、女の顔が徐々に歪んで行き、口が広がりその両脇から長く鋭い牙が生えた。その上、背中からは黒い8本の足が生えてきている。果たして痛くないのだろうか。

 結構どうでもいいことを考えながら、俺は女の正体を口に出した。

絡新婦じょろうぐもか…すごい久しぶりに見た」

 たしか、昔男の仕事に初めてついていった時の相手が絡新婦だったはずだ。

 しみじみと言うと、絡新婦はこちらをぎろりと睨んでくる。

『小童が。妾の姿を見るでない、穢れる』

「うわ、すごい言いがかりだな。少し傷つくぞ?」

 顔をしかめていると、絡新婦の後ろで彼女が刀になった蒼を手にして、構えているが見えた。うーん、なんでほぼ自己流の型であそこまで様になるんだろうか。

 素朴な疑問を頭に浮かべながら、俺は自分自身に伸びてきている蜘蛛の足をかわしていく。全部避け切ったかな、と一瞬油断したところで、地面からもう一本足が出てきて、頰を切られてしまった。そしてそのまま、俺を突き刺そうと向かってくる。が、それは瞬時に木っ端微塵になり、灰になった。

 それに、俺は目を瞬かせた。

「ありゃ、何?珍しいな、お前がこういう相手に手を出すのって」

 木っ端微塵にした張本人の気配がするあたりに、俺は首をかしげる。

「今あんたに死なれるのは面白くないんでね」

 つまらなそうな声音に、俺は肩をすくめた。

「あっそ。さすがにあんくらいだったら自分で防げるぞ?でもま、ありがとよ」

 俺がそう言い終えるのと同時に、暁の気配が消えた。本当に、気まぐれなやつである。

 自分の式神に苦笑して、ようやく後ろにいた彼女の存在に気づいた絡新婦が、せめてもの抵抗にと足を彼女に伸ばそうとしている。それに、俺は呪符を一枚取り出して、それを人差し指と中指で挟む。

「束縛」

 そう言って、俺は呪符を飛ばした。呪符は真っ直ぐに絡新婦の背中に張り付き、その瞬間絡新婦は動きを止めた。いや、動けなくなったのだ。

 やがて、彼女がもともと低かった体制をさらに低めた。高天原で見た構え方とは少し違った。あの時は刀を横向きにしていたが、今回は縦にしている。

 それから少しして、彼女は刀を抜き、そのまま下から上に刀を引き上げた。それと同時に、刀に水が纏わられる。

「ひゃー、綺麗な剣技…ってん?この場合は剣技って言うのか?」

 ふと、ものすごく今更なことを考えた。なるほど、彼女がよく水を使った術を使うのは、師匠である女性が泣沢女の神の孫だからではなく、彼女自身の体に、蛟の血が流れているからか。だから自然と、得意な術が水を使うものになっている。

 ふむふむと何度か頷いていると、彼女が刀を納めてこちらに小走りしてくるのを認めた。それに、俺はちらりと絡新婦へと目を向けた。ちょうど、縦に真っ二つに切られ、灰になりかけているところだった。作り出した本妖ほんにんが倒されたことで、徐々に縄張りが崩れていく。

 一応、俺は合掌しておいた。せめて苦しまずにあの世に行ってくれ。

 完全に灰になり、消えたのを見届けて、俺は悠人たち用に張っていた結界を解いた。

「…おーい、もう動いていいぞー」

 未だに忠実に動かないでいる悠人たちに、俺は苦笑まじりに声をかける。と、三人はこくりと頷き、緊張していたのか大きなため息をついていた。

「悠人、これが今までお前に隠してた俺の仕事だ」

 説明するよりも見た方が早かったので、ある意味ではちょうどよかったのかもしれないなどと思いながら、俺は頷いた。

「へー…って、んな簡単に納得できるかー!!」

 あー!と、頭を抱えて叫んでいる悠人をよそに、高木と三鷹が彼女に近づいた。

「お疲れ。怪我しなかった?」

「しなかったよー。2人も怖い思いさせちゃってごめんね」

 申し訳なさそうに言う彼女に2人は首を振る。

「さすがにもう慣れたから大丈夫〜」

「うん。武原は…気の毒だけど」

 ちらりと悠人を見て、高木は気の毒そうに眉を寄せた。きっと、高木たちも同じ頃があったのだろう。

「悠、一回落ち着け。はい、深呼吸」

 俺が苦笑まじりに肩を掴んで深呼吸の手本を見せると、悠人は大人しくそれに合わせた。

 比較的落ち着きを取り戻した悠人が俺の頰を見て、一瞬、苦しそうに顔を歪める。

「お前なー、ほっぺ怪我してんじゃねぇか情けない」

 すぐにいつもの調子で笑って言われ、俺はなんだか複雑な、よくわからない気持ちになってしまった。

「あー、うー…ん?お前、もう別に無理して笑ってなくていいぞ?そんなに気にしないようにするから」

「……んじゃ遠慮なく」

 目をすがめて、悠人は俺の頭を思いっきり殴った。しかも固く握り締めた拳で。

「いっ…!?」

 かなり痛い。鈍い音を聞きとめ、彼女たちがこちらに来るのが足音でわかる。

「ど、どうしたの?」

「知らん!なんで急に殴るんだよ!?冗談抜きで痛いんですけど!」

 勢いよく立ち上がり、胸ぐらを掴んだところで俺はとても後悔した。悠人の目が真っ赤になって濡れてるのに気づいたからだ。

「悪かったな!そりゃ痛いだろうよ、本気でやったんだから」

 うつむいた拍子に、何粒か光る玉がこぼれ落ちる。それには気づかないふりをして、俺は苦笑した。

「おう。ものすごい痛かったよ」

「当然だ。俺が今まで心配してたぶん全部込めて殴ったんだから」

 顔をくしゃくしゃにして笑って、悠人は「よし」と、一つ呟いた。

「もう大丈夫だ。頑張って慣れる。これからはちゃんと相談しろよ?」

 拳を突き出してくる悠人に、俺は困ったように笑って拳を付き合わせた。

「お手柔らかに頼む」

「それはお前次第だ」

 それに苦笑していると、彼女がふいに俺の頰に手を添えた。

「あちゃー、結構深く切られたね…菖蒲」

 呼ばれて、菖蒲が目の前に現れる。そして、俺は頰の傷を見て苦笑した。

「よく怪我をしますね。昔の主様のようです」

 怪我を治しながら言われた言葉に、俺は思わず彼女を見る。彼女はそっと目をそらした。

「…菖蒲、余計なこと言わないの」

「事実でしょう。まぁ、今もたまに無茶をして怪我をしますけど」

 それに、彼女は返す言葉がないのか押し黙ってしまった。

「どんまい」

「ありがと…」

 彼女の乾いた笑いを、俺は初めて見た。

「あんたも苦労するなぁ」

 苦笑する俺に、彼女は肩をすくめる。

「まぁね…たまに、どっちが上なのかわからない時があるんだよねぇ」

 そんな彼女の言葉に、菖蒲はにこりとくえない笑みを浮かべた。

「それはあなたがもう少ししっかりすれば済むことですよ。それでは、私はこれで失礼します」

 いつのまにか頰の傷が完全に消えているのに気づき、俺は一礼して姿を消した菖蒲のそれまで立っていた場所に「ありがとう」と、礼を言う。果たして聞こえただろうか。

 なんとも釈然としない顔をしていると、彼女が苦笑した。

「大丈夫、聞こえてたと思うよ」

 それに、ほっと肩をなでおろした。

「ならよかった。さて、じゃああんたを家まで送り届けるとしますか」

 それに複雑そうに笑ってから、彼女は頷いた。

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