第八章 理由
「あ、奏。今日私用事があるから部活休むね」
私は奏と一緒に
「それはいいけど。用事って?」
首を傾げられ、私は少し困ったように笑ってしまった。
「ちょっとね。あ、危ないことじゃないから大丈夫だよ?」
「…怪しい。なんか隠してるでしょ」
鋭い指摘に、私は思わず目をそらしてしまう。それに、奏は腕を組んでにっこりと笑った。
「それじゃあ、今日は俺も一緒に帰るよ。いいよね?」
「え、えっと…」
それは困る。奏は過保護なところがあるから、あの子にひどいことを言っちゃうかもしれない。それはいくらなんでもあの子が可哀想な気がする。
「できれば、今日は一人で帰りたいなぁ、なんて…」
「本当に、一人?」
「う…」
奏の粘り強い質問に、私は諦めたように肩を落とした。
学校を出て隣町までのバスに乗って、俺はとても恥ずかしい思いをした。なぜなら、腹の虫がさっきからずっと鳴り止まないのだ。お陰でバスの運転手や乗客から笑われる始末である。
気恥ずかしさにより顔を赤くしていると、次が目的地であることに気づき、俺は慌てて降りるボタンを押した。
危うく乗り過ごすところだった。運転手に笑われながらも料金を払い、そそくさとバスを降りる。
そして、気を取り直して俺は彼女の通っている高校へと足を向けた。
バス停から少し歩いていくと、やがて彼女の通う高校の校舎が見えた。どうやら道はあっていたようなので、ほっとする。そこで、ふと、大事な事を思い出した。そういえば、俺は彼女に待ち合わせ場所を言っていなかった気がする。これではどこに向かえばいいのかわからない。
「しくじったな…」
詰めの甘い自分の行為に苛立ちを覚え、俺は頭をガシガシとかいた。
とりあえず校門までは行ってみよう。話はそれからだ。
校門に着くと、ちょうど学校名の書かれた看板のすぐ横に、彼女が立っていた。その隣には彼女と同じようにして立っている、同い年くらいの男子生徒が立っている。彼もまた誰かを待っているのだろう、もしかしたら他校に彼女がいるのかもしれない。だとしたら羨ましい限りだ。
などというくだらない事を考えながら、俺は彼女の元へと駆け寄った。そこでようやく、心なしか彼女の表情が暗いことに気づいた。もしかしたら彼女も昼飯を食べ損ね、腹が減っているのかもしれない。だとしたら、俺の腹ごしらえに彼女を付き合わせるという罪悪感が減るので嬉しいが。
「悪い、待たせたか?」
申し訳なさそうに眉を寄せて言うと、彼女は笑いながら緩く首を振った。
「ううん、そんなことないから大丈夫だよ。それよりも…その、先に謝っておくね?ごめん…!」
突然頭を下げられ、困惑していると、いきなり誰かに肩を掴まれた。
「君がこの子の仕事仲間?」
肩を掴んできたのは、先ほどまで俺が勝手に他校にいる彼女を待っていると思っていた男子生徒だった。
「えっと…?」
さすがにこの状況についていけずに、助けを求めるように彼女を見たが、彼女は困ったように微笑むだけだった。いや、どうしろと。
とりあえず、この男子生徒が言った言葉の意味を理解するために、もう一度頭の中で繰り返してみた。
この子、と言うのは彼女のことだろう。仕事仲間…ってことは、こいつは彼女の仕事…基、彼女が陰陽師だということを知っているのだろうか。
「…一つ質問、いいか?」
俺が目を瞬かせながら言うと、相手は警戒しながらも頷いた。
「あんたは、彼女が[お]から始まって[じ]で終わる仕事をしている事を知ってるのか?」
その問いかけに、男子生徒は一拍置いてから頷いた。
「ふむ、なるほど。さっきのあんたの質問に答えると、そうだ」
俺が頷くと、彼は険しい顔をさらに深めた。
「ふーん?」
と、低く呟いて、彼は俺を頭から足のつま先まで舐めるように見つめた。そして、目を閉じ考え込むように腕を組んで押し黙ってしまう。はて、これはどうすればいいのだうか。
流石に痺れを切らして、俺は思わず目の前にいる男子生徒を指差す。
「その…こいつ誰?」
失礼だとは思っている。だが、多分今回ばかりはこの男子生徒の方がよっぽど失礼だと思うので、許されると思う。
俺の問いかけに、彼女は苦笑した。
「私の幼馴染の一人。名前は高木奏だよ。ちょっと過保護なの。ごめんね?「俺がそいつが変なやつじゃないか見極めてあげるよ」とかなんとか言って、勝手についてきちゃって」
「まぁ、そりゃ自分の大切な幼馴染に変な輩が付きまとわれたら嫌だよな」
複雑な想いで渋面を作り、俺は何度も頷いた。それに、彼女が目を瞬かせる。
「怒らないの?」
「いや、別に?あんたが大切にされてるんだったらいいんじゃないか?」
俺は虚をつかれたような顔をして、当然のようにいえば、彼女は再び苦笑した。
「君はお人好しだなぁ。出会った時から思ってたけど、改めてそう感じるよ」
しみじみと言われ、俺は眉を寄せる。というか、それ割と最初の頃に言われた気がする。
「それは褒めてんのか?」
「褒めてる褒めてる」
なんだか前にも同じようなやり取りをしたような気が…。
目をすがめていると、再び男子生徒…高木が俺の肩を掴んできた。
「君はどうやら、特段変な男ではないことはわかった」
「え、今ちょっと見ただけで?」
驚きに目を瞬かせると、彼は大きく頷く。
「当然。俺は人を見る目だけは誰にも負けないからね」
なんとためらいもなく言い切った高木の言葉に、俺は信じていいのかわからず彼女をちらりと盗み見る。と、彼女もそれに気づいたのか、かすかに頷いた。
「そうか。んじゃ、俺は合格?」
「まぁ、仮合格ってところだね。この子はものすごくいろんな意味で鈍いし危ういから、しっかり見定めないと」
ものすごい過保護っぷりだが、高木の言うことは合っていると俺も思うので、そこは反論しなかった。かわりに大きく頷く。
「ああ、今はそれで十分だ。ありがとな」
俺がそう言うと、高木は愕然とした顔をする。
「…なんてお人好しなんだ」
「はぁ…?」
ついさっき言われたことと同じ言葉を言われ、俺は思わず顔をしかめた。その一方で、彼女は高木の言葉に何度も頷いている。
「そんなにお人好しか?俺」
あって間もない目の前の同級生に、俺はすがるような思いで聞いた。が、彼は非常だった。
「胸を張って言える」
即答されてしまい、俺は言葉を詰まらせた。これは果たして、褒め言葉として受け取った方がいいのだろうか。
1人悶々と考え込んでいると、高木が時計をちらりと一瞥する。そして、悔しそうに眉根を寄せた。
「あー、そろそろ部活に行かなきゃ部長にどやされる…」
「もう、だから早く行きなよってさっき言ったのに。ほら、もう満足したんだったらさっさと行きなよ」
彼女の言葉に、高木はひどく不満げに顔をしかめている。
「いや、まだ満足はしてないんだけどね?でも、本当にそろそろまずいから今日は大人しく部活に行くよ」
渋々といったように肩をすくめる高木を見て、彼女は心なしか嬉しそうに見える。
「それじゃあ、また明日」
そう言い残して、高木は後ろ髪を引かれるようにしながら背を向けた。ほっとしたのも束の間で、彼は勢いよく振り返り、俺を指差す。
「変な色目を使わないこと!あと、絶対に嫌がることをさせたり、泣かせたりしたら殴るからね?」
高らかに宣言する高木に俺は一瞬呆気にとられたが、すぐに我に帰り親指を立てた。
「任せとけ!」
そんな俺の返答に満足したのか、今度こそ高木は振り返ることもなく悠然と歩いていった。
高木の姿が見えなくなったあと、まるでタイミングを見計らったかのように、再び俺の腹が鳴った。
「あー、忘れてた」
腹の音を聞いて笑った彼女に、俺は顔を赤くする。
「あはは、もしかして君何も食べてないの?」
「ああ…なんか、食う機会を逃してな。あんたのお師匠さんに学校まで送ってもらったあと、教室に行く途中で最悪にも担任に見つかっちまって…そのせいで教室に着いたのが昼休みの終わる直前だったんだよ。その上なんと5、6時間目が移動教室だったがために、あれよあれよと時間が過ぎ去っていき、あっという間に放課後になり今に至る」
ぐっと拳を握りしめ、力説してみせた俺に、彼女はおかしそうに笑った。
「それは災難だったね。それじゃあ、まずは腹ごしらえかな?」
首をかしげる彼女に、俺は大きく頷いた。
「そうしてもらえるととてもありがたい。さすがにそろそろ限界だ」
苦笑する俺に、彼女はおもむろに頷き右手の人差し指を立てる。
「よし、ではそんな君にとっておきのお店を教えてしんぜよう」
どこか芝居掛かった言い回しに、俺は首をかしげた。
「とっておき?」
「うん!知り合いの妖が営んでる古風な感じな喫茶店なんだけどね?お値段も学生のお財布に優しい上に、料理も美味しいときた。これはもう、行くしかないと思わない?」
それはなんとも魅力的な話だ。実は言うと今の俺はあまり持ち合わせがあるわけではなかったので、とても喜ばしい知らせである。
俺は当然、彼女の言葉に大きく頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます