第六章 普通の朝

私は夢の世界から体に戻り、起き上がって大きな伸びをした。そして、苦笑する。

「あーあ、やっぱり今日行くのはやめといた方がよかったかな?」

 彼も疲れているはずだから。本当は彼を夢の中に引きずり込むつもりなんて最初はなかったのだけど、やっぱり一度きちんと話をしたいと思ったんだ。

 私はきっと、他の人とは色々ずれているところがあると思うし、色々物事の順序や後先を考えずに行動してしまうことがあると思っているから。というか、それでよく師匠とか式神達に怒られてるし。

 それにしても。

「あの子、意外に大雑把に見えて結構繊細で鋭いなぁ」

 うんうん、やっぱり人は見かけで判断してはいけないものなんだ。肝に銘じておこう。

改めて再確認していると、そこに一つの神気が降り立った。菖蒲だ。

「どうしたの?」

 私が首をかしげると、彼女は困ったように笑う。

「いえ、そろそろおやすみになられたらどうかと思いまして。あなたも人の子なのですから、睡眠は取らねば」

「わかってるよ。今から寝るところだった〜」

 そう答えると、菖蒲はじっと私の目を見てきた。

「本当に?ならばなぜ、今大きく伸びをしたのでしょう?」

 鋭い指摘に、私は思わず「うっ…」というよくわからない声を出してしまった。当然、私の反応に菖蒲は目尻を釣り上げる。

「全く、いきなり何も告げずに勝手に離魂術を使って…気配が弱くなったと思ってこちらにきてみれば、案の定体に魂がないではないですか。肝を冷やしました」

 声音がどんどん冷たいものになっていく。あー、これはまずい。結構本気で怒ってらっしゃる。

 冷や汗をかきながら、私は正座して頭を下げた。

「ごめんなさい。もうしないので許してください」

「……はぁ」

 頭を下げてから少しして、重々しい、けれどもどこか諦めたようなため息が響いた。

 ちらりと菖蒲を見上げると、彼女はきゆっと唇を結んでいた。これは、彼女がなにかを我慢している時の癖だ。

 ああ、また我慢をさせてしまったな。と、大きな罪悪感を感じた。でも、やっぱり。

「私がこうやってわがままを言ったり、無茶をできるのは、君たち相手だからだよ?」

 にこにこと笑ってそう言えば、菖蒲は仕方なさそうに微笑む。それが私には一番嬉しい。

 もちろん、この言葉には嘘はないけど、どうしてもこれを言うときは叱られているときに、弁解する際に使うことが多くなってしまう。まぁ、仕方ないって事で。多分まだ気づかれてないだろうし。

 けど、それも時間の問題だというのはわかってるから、どうにかしなきゃなぁ。

 一人うなづいてとりあえず話を変えてみる。

「そういえば、さっきの子あの人のお弟子さんなんだって」

 そう言えば、菖蒲は軽く目を見張った。

「そうですか…確かに言われてみれば、あの方に術の使い方などが似ていましたね」

「だよねぇ。多分本人に言ったら不服そうな顔をするだろうから言わなかったけど、やっぱり似てると思ったんだよ」

 思っていたことが自分だけではなかったと知り、ほっと肩をなでおろしていると、彼女はおかしそうに笑った。

「それにしても、やはりあなたと得意な系統が真逆でしたね」

「あ、あはは…」

 その言葉の通り、彼の使っていた術はどちらかというと細かい術を紡いだり、戦略的な術が多かった。きっと、彼の師匠であるあの人がそういった術が得意だから、それを受け継いだんだろう。

 私はというと、彼の使ってたような細かい術は苦手だ。もちろん、師匠はどんな術でも完璧にやりこなすけど。なんでか?ってか、って聞かれたら、こっちが聞きたいって答えるね。たぶん、生まれながらの性質だと思うけど。

「まぁ、否定はしない」

 少しふて腐れたような声音になってしまったのは、許してほしい。だって、私自身その苦手を克服したいと思っているのに、なかなかそれができずにいるんだから。

「そんな顔をしないでください。いつまでも子供ではないのですから」

 苦笑され、私は自分の顔を両手でほぐしてみる。声音には気づいていたけど、まさか顔までふて腐れているとは。

 それから少し他愛もない話をして、流石に眠気が襲ってあくびを漏らしたら、「本当にそろそろ寝ましょうね」と笑われてしまったので。

「うん、おやすみ」

 布団に潜り込んで、今度こそ私は深い眠りについた。



 こちらの世界での朝方に、俺は物音を聞いて目を覚ました。そこまで耳障りな音ではなかったものの、なんだか気になって目が冴えてしまったのだ。

 あくびを噛み殺しながら、物音を立てないように部屋を出る。

 音を頼りに廊下を歩いていると、やがて一際大きな音のする部屋の前に来た。

 それまでどんな音だったのかよくわからなかったが、ようやくその音が何か重く長いものを振り回しているようなものだとわかった。

 少し警戒しながらも、俺はその部屋の中をのぞいてみる。すると、そこにあった光景はなんというか…一言で言うとすごいものだった。

 きっと俺が来る数分前には立派にそびえ立っていたであろう、竹でできた人形のようなものが切り刻まれた状態で、そこら辺のあちこちに転がっていたのだ。

 そして、まだ数本生き残って(?)いる竹の人形から、少し離れた場所に彼女が立っていた。

 彼女の腰には、昨夜あの美少女を倒した時に使っていた刀が携わっている。そして、彼女は閉じていた目を静かに開けて、少し変わった構え方をした。

 通常、刀の構え方の王道として「正眼の構え」というものがある。他にも「八相の構え」や「霞の構え」などもあるが、彼女の構え方は見たことがなかった。自己流だろうか。

 彼女は右足を下げ、体制を極限まで低くし、まるで人形に頭を下げるような体制になった。

 そして、静かに腰に携わる刀に手をかけた。少しの間を開けて、彼女は音を立てて刀を抜き、そのままそれを大きく横に薙ぎ払った。

 すると、刀から大ぶりの水の刃が放たれ、それがそのまま残っていた人形たちを綺麗に真っ二つに切ったのだ。

「はぁ!?」

 思わず驚きの声を上げてしまえば、彼女が同じく驚いたように目を丸くしてこちらに目を向けてきた。

「え、いつからいたの?」

 流石にこれ以上は誤魔化すことはできないと思い、俺はそぉっと襖を開けて恐る恐るといったように部屋の中に足を踏み入れた。

「いや…、竹の人形を一気に切り倒すのに使った水の刃を放つ時の、構えに入る少し前から」

「なるほど。あちゃー、全然気づかなかった。こればれたら、師匠に殺され…怒られるから、内緒ね?」

 苦笑する彼女に俺は頷く。なんだか今一瞬とても不穏な言葉を聞いたような気がするが、聞かなかったことにしたほうがいいだろう。

 自分に暗示をかけるように、もう一つ小さく頷いてから、俺は気持ちを切り替え首を傾げた。

「ところで、その刀も式神なんだろ?すごい威力だな」

 感心したように言った俺に、彼女は頷いから刀を軽く横に払った。

 すると、刀が陽炎のようにぼやけ消えたかと思った次の瞬間、目の前に少年が現れた。

「この子がさっきまで刀だった子だよ」

 そう、なんのこともなしにいってのけた彼女に、俺は思わずその少年をまじまじと目つめる。

 襟元まで伸びる癖のない黒髪に、その髪色と同色の瞳。袖のなく、足の付け根からくるぶしまで切れ込みが入った、青緑色の薄い衣を身に纏っている。腰のあたりで太めの白い帯で引き締めてあり、それは床につくほど長い。もちろん生足なままではなく、なにか金の装飾のようなもので覆われていた。

 その少年は、抑揚の乏しい表情のまま、俺を見上げる。

「…お前が、菖蒲の言っていた小僧か」

 見た目は小学生くらいのやつに、小僧呼ばわれされるのは少し傷つくが、きっと…というか絶対にこいつは俺よりも遥かに年上なんだろう。

「ああ、そうだよ」

 俺がうなづくのを見て、少年は俺の目をじっと見つめてくる。なぜだか凄い威圧感を感じて、危うく目をそらしそうになってしまう。

 しばらくそれに耐えていると、少年はふと目を伏せた。

あるじよ、この小僧なかなか度胸があるな」

 表情は相変わらず抑揚がないが、声はどことなく満足げだ。

 どうやら目をそらさなかったのは正解だったようなので、よかった。

「それはよかった。あおいがそういうのは珍しいから、本当に度胸があるんだね」

なるほど、この少年は蒼というのか。

「よろしくな」

  つい、なんとなくぽんと頭に手を置いた俺に、蒼は驚いたように目を丸くした。その反応に、俺は慌てて手を離した。

「わ、悪い。嫌だったか?」

 なんだか目を瞬かせたあと、蒼は緩く首を振った。

「いや、良い。むしろ心地よかった」

 心なしか目を輝かせる蒼に、俺はほっと肩をなでおろした。と、そんな俺たちのやりとりに、彼女がそれはもう面白そうに、肩を震わせて笑う。

「あははっ、初対面で蒼の頭を撫でる人なんて初めて見た!」

「はぁ!?」

 果たして、それは本当にそこまで笑うほど面白いことなんだろうか。なんだか、こう…つくづく思ってしまうのが。

「あんたって、変わりもんだよなぁ…」

 しみじみと、割と失礼なことを言ってしまった。が、彼女はそれに意味深な笑みを浮かべて首を傾げた。

「ふふ、よく言われる。やっぱり君もそう思うんだ?」

 なんだか、試されているような気がして。俺は居心地の悪さを感じ、頰を指先でかいた。

「まぁ、もちろん思うけど。それ以前に、俺もたぶん変わってると思うから別にいいんじゃないか?そもそも、この仕事をやってる人でまともな人なんてそうそういないだろ」

 と、自分がそれを言ってもいいのかわからないが、正論を言った。

 それにも、彼女は堪え切れないかのように笑い始める。一体、先ほどまでの意味深な笑みはどこに行ったのか。

 なんだかつられて俺もだんだん面白くなってきて、彼女と一緒に腹を抱えて笑い合った。なんだか、こういう普通の朝が、とても懐かしく感じた。

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