第二章 決意

ひとまず、あれから俺たちはあの場を後にし、俺の家に移動した。ちょうど今は家族が町内の旅行に行っているため、誰もいなかったのが不幸中の幸いだった。

 彼女を部屋に入れてから、俺は彼女と向き合う。

「えーと、まずはさっきはありがとう。助かった」

「どういたしまして。結構ギリギリになっちゃって、申し訳ないけど」

 困ったように微笑んだ彼女に、俺は緩く首を振った。とんでもない。死ななかっただけだいぶマシである。

「にしても、あんた強いな。俺もそこそこ強い方だとか思ってたけど、足元にも及ばねぇ」

 それに、彼女はおかしそうに笑う。

「それはありがとう。でも、私は普通の人間ではないから、当たり前といえば当たり前なんだ」

 放たれた衝撃的な事実に、俺は「は?」と情けない声を上げてしまった。なんだか、今日1日で色々なことが立て続きになっていてもう、頭がパンクしそうだ。

 頭を抱える俺をみて、彼女は苦笑した。

「ごめんね、今日は色々大変だったのに、また変なこと聞かせちゃって」

「…いや、構わない。こーいうのは本人の口から聞いたほうがいいだろうからな」

 ため息混じりに言った俺に、彼女はおかしそうに笑う。

「あはは、なんか、君があの人のお弟子さんだっていうの、納得できるよ」

「はぁ?どーいう意味だよ、それ…。あ、ていうか、結局なんであんたはあの男のこと知ってるんだ?」

 自慢じゃないが、俺はあの男のことを何にも知らない。三年ほど一緒に移住食を共にしていたというのに、だ。知っていることといえば、奴が陰陽師だということと、未婚者であること、人間とは思えないくらい強いことだ。だから、正直なんでこんな可愛らしい少女とあの胡散臭い男が顔見知りなのか、皆目見当がつかない。

 俺の問いかけに、彼女は頷く。

「えっとね、簡単に言うと、あの人と私の師匠が友人?みたいな関係で、私は師匠を通じてあの人と知り合ったの」

「へぇ…あの男にも友人なんていたんだな」

「はは…、ひどい言いようだね?」

 苦笑する彼女に、俺は肩をすくめた。

「いいんだよ、それで。なんたって俺はあの男にさらわれたあげく、三年も軟禁されたんだからな。恨みたくもなるわ」

 深く嘆息する俺の言葉に、彼女は初めて「笑う」以外の顔をした。彼女は、驚いたように目を丸くしたのだ。

「…それは、ちょっとひどいかもね。私からみたらあの人は存外、優しそうに見えたけど」

「ん?まぁ、優しくなくはなかったさ。けどな!あいつはとにかく、破天荒が過ぎるんだよ!振り回されるこっちの身にもなれ、って毎回思っている。今回のこともそうだし!」

 拳をぐっ、と力強く握りしめる俺に、彼女は大きく頷く。

「それは私も同じだったな。私の師匠も、すっごく破天荒で、私と兄弟子さんは何度も死にかけたから」

「ふぅ…お互い師匠には苦労するよな、うん」

「ほんと、なぁんであんな人たちの弟子になったのか…自分でも謎だ」

 高校生二人がなんとも年寄り臭い会話をしていると、部屋の窓が叩かれた。

 目を向けると、そこにはちょうど会話に出てきていたあの男の鳥の形をした式紙だった。それに、俺は目をすがめる。嗚呼、忌々しい男からの手紙だ。正直言って触りたくもないが、仕方ない。

 ため息混じりに立ち上がり、俺は窓を開けてそれを鷲掴みにした。

 すると、式紙から「ブフッ…!」というなんとも情けない声が聞こえてきた。

 それに、俺は顔をしかめ、パッと手を離す。

 少ししてから、鳥はよろよろと頼りない飛び方で俺の机に飛び降りた。

「ふぅ…全く、扱いが雑だなぁ、僕の弟子は」

 不貞腐れたような声音に、俺は不機嫌そうに顔を歪める。

「うるせぇな、こちとら疲れてんだよ。んなことに構ってられるか」

「はーあ、嫌だ嫌だ。どうしてこう野蛮に育ったのかなぁ?」

「確実に、あんたのせいだって言い切れるぜ。俺は」

憤然と言い切ると、男はため息をついた。

「はぁ…可愛くないなぁ。そんなこと言うのなら、そこの彼女に君の黒歴史を暴露しちゃうぞ?」

 さらっと恐ろしいことを吐かしてきやがった男、もとい鳥を再び鷲掴みにしてやった。

「グエッ」

 そんな俺たちのやり取りを静観していた彼女は、小さく苦笑した。

「仲がいいね」

「はぁ!?」

 どこが!?と、俺は全力で否定する。男は「いやぁ、照れるなぁ…」なんて言ってるが、無視だ無視。

「…ふふ、君のお師匠さんから連絡が来てね。君と僕の弟子が出会ったって、教えてくれたんだ。どんなことになってるのか気になって、来ちゃった」

 茶目っ気たっぷりに言われてが、俺は冷めた目線を投げる。

「大の大人、しかも野郎がやったって可愛くもなんともないね」

 俺の言葉に苦笑して、彼女は小さく頷いた。

「そうでしたか。やっぱり、師匠には視えていたんでしょうね。ほんと、人が悪い…」

「視えてる、ってなにが?」

 一人話についていけてない俺に、彼女が目を瞬かせる。

「うーん…それは、まだ内緒」

 高い霊力を持つものには、稀に未来を見通す力がある、というのは、この男から教わっていた。もしかしたら、彼女の師匠はそれなのかもしれない。にしても。

「へぇ…ほんと、なんか今日は色々起こりすぎててわけわかんねーな」

 ため息混じりに苦笑して、俺は天井を仰いだ。それに、男はおかしそうな笑い声をあげる。

「これくらいで驚いてちゃ、まだまだだね」

「腹立つなぁ…」

 嫌そうな顔をしかめてやると、男は肩をすくめたようだ。

「あーあ、可愛くないなぁ…?」

「うるせぇな」

「あはは、やっぱり、仲が良い」

 面白そうに笑う彼女に、俺はため息をつき、男は満足げに胸を反らした。

 そして、男はそれまで纏っていた空気を変える。これは、修行中や仕事中、なにか真剣なことをする時、話す時の男なりのけじめというやつだと、俺は考えている。まぁ、実際のところは定かではないが。ただのカッコつけかもしれない。

「さて…冗談は少しここで終わりにして。本題に入ろうか。君は、奴の呪いを受けたね?」

 男が少し低い声音で、確認するように彼女に首を傾げた。それに、彼女は苦笑まじりに頷く。

「はい。最も簡素で強いものを。でも、あいにく呪いをかけた張本人は私が殺してしまいました。きっと、簡単にはこれは解けません。なので、甘んじて受け入れようかと」

「はぁ!?そんな簡単に諦めていいのかよ?」

 俺が驚いたように声を上げると、彼女は小さく微笑む。

「うん。元からこの仕事をしている以上、いつ死んでもおかしくはないしね。覚悟はしてた」

 それは、もちろんわかっている。俺だって同業者なのだ。覚悟だってしてる。だが、それとこれとはなんだか、話が違うような気がするのだ。だって、彼女が呪いを受けたのは、俺の責任も多少なりともきっとある。俺はあの場に居合わせていた。それなのに、何もできなかった。なんて情けないんだろうか。男のくせに同い年の少女に助けられ、挙げ句の果てに彼女のきっと長かったであろう寿命、というか未来をを失わせてしまう結果にさせてしまった。何かできたはずなんだ。俺は、彼女には遠く及ぶことのないとはいえ、きっとそれなりに強いはずだ。あそこであの美少女の口、又は喉を封じることができていたら、結果はもう少し変わっていたのかもしれない。

「…あんたが大人しく死ぬ気持ちしかないのなら、俺はあんたを生かすという気持ちしかない」

 自分で、ああ、俺は今何を言ったんだろう?と不明瞭な頭で考えた。だが、一度放った言葉は取り消せない。言葉は言霊だ。陰陽師のそれは、常人よりもずっと強い。

 突然言い切った俺に、彼女は驚いたように目を瞬かせている。男は、なにやらニヤニヤと笑っているような気がしてならない。

「だから、俺がどうにかしてあんたを生かしてみせる。もしくは、あんたを生きようとする気持ちにしてみせる」

 特に深く考えずに、俺はそれを宣言してしまった。少しして、あれ、俺から大分無茶なこと言った?と、眉を寄せる。

 そうしている間にも、彼女は苦笑し、男は不愉快に喉の奥でくっくっと笑っている。ああ、なんて腹立たしいのだろう。特に男。

「なんだよ、笑わなくてもいいじゃねーか。こっちは真剣だってのに」

 不服そうに口を尖らせれば、二人はさらに笑みを深める。

「いやぁ、可愛いな?と思ってね」

 と、男が胡散臭い笑みを浮かべる。本当にこいつはこういう風にしか笑えないのだろうか。なんと不愉快極まりないのだろう。

 内心で随分と失礼なことを考えていると、彼女が小さく微笑んだ。

「…そうだなぁ。君がそう言ってくれるのはとても嬉しいことだけど、はっきり言って今回のこと…というか、私のことは君には関係ないよね?」

 少し、不思議そうな声音に、俺は困惑する。彼女の言っていることはもちろん正しいと思う。けど、俺はそれじゃ納得できない何かがあって、それをどうにかしたいと思っているから、俺はこの宣言をしたんだ。

 つまり、これは俺の勝手な自己満足であるから、彼女には理解できないのかもしれない。そもそも、俺は彼女がどんな子なのか、なぜ陰陽師になったのかもわからない。さっき言っていた「普通の人間ではないから」というのも気になる。

 とにかく、今言えることは。

「まぁ、とりあえず俺はこれからできる限りあんたと行動を共にするからな。ストーカーだと思ってくれて結構。むしろそっちの方が気を使わんで済むからありがたいね」

 満足げに笑う俺に、彼女は目を丸くし、男は普段の何倍もの胡散臭さでふふふ、と笑った。

 少しして、彼女が諦めたように微笑んだ。

「わかった。そこまで言うなら私に生きさせて…ううん、生きたいと願わせて?」

 どこか挑発にも感じられるその言葉に、俺は大きくうなづいた。

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