第一章 出会い

俺は、陰陽師をしている。今の世の中、陰陽師などという厨二病染みた職業を、きっと誰も信用しないだろう。

だが、これは紛れも無い事実で、現実だ。否定されても俺にはどうしようもない。事実は事実として、受け止めてもらわねばならない。

 なぜ俺が陰陽師などという、非現実的な存在をなっているのかというと、正直言って自分でもよくわかっていない。

 俺は別に、アニメや漫画のように家族や友人の仇、はたまた復讐などというものがあるわけでも、家が代々続く陰陽師だというわけでもない。

 ただ単純に、生まれつき霊力が強く、様々な人ならざるもの、事を視て、聞いていた。そんなある日に、なんとも胡散臭い男と出会い、その男に三年ほど、軟禁された。あれよあれよと訳の分からぬまま、男に教わったことを全てやっていった結果、今に至る。

 まぁ、はっきり言って本当に俺が陰陽師なのかどうかは、よくわかっていない。ただ、俺に色々なことを教えた男が陰陽師で、一応俺は弟子という立場らしいので、陰陽師を名乗っている。

 ちなみに、三年間の軟禁中、俺の家族たちは男の作った式紙を俺だと思って過ごしていたため、俺が三年間いなかったことを知らなかったそうだ。まったく、自分の息子や兄が別人だということくらい、気づいてほしいものだ。

 それを知った時、若干の憤りを感じつつ、まぁ仕方ないよな、という諦めもあり、内心とても複雑であったのを、よく覚えている。

 さて、そんなことがあってから、もう一年も経つ。この一年間、実に平和だった。が、今、現在進行形で命の危機に瀕している。

身体中裂傷だらけ、肋骨も何本かいってるな、こりゃ。ついでに出血多量で目の前が霞んでクラクラする。立っているのもやっとの状態だ。目の前にはとびきりの美少女。ただし人間じゃない。確か、鬼と龍の合いの子だとかなんとか。まぁ聞いた時点で破茶滅茶強そうだよな、うん。俺がこんな状態に陥っているのは、つい一時間くらい前だ。

 いきなり、一年間音沙汰のなかった師匠にあたる、男から電話がかかってきた。電話の内容はこうだ。

「あ、おひさ〜。元気してる?可愛い僕の弟子。急で悪いんだけど、ちょっと面倒な妖がそっちにいるんだよね〜、ってことで祓ってくれない?ちなみに、君に拒否権はないから、頑張って〜!鬼と龍の子供だから、めっちゃ強いだろうけど。バーイバイ!」

であった。

 俺はあの男のマイペース、もとい破天荒さには慣れていたはずだが、流石に今回は開いた口が塞がらなかった。一年何にも連絡してこなかったくせに、いきなり電話が来たと思ったら面倒ごとを押し付けてきやがった。

流石の俺も本気で腹が立ったので、無視してやろうと思ったのだが、その数分後に男からそいつがいる場所の書かれた地図と軽い脅しの言葉が送られてきたので、無視できなかった。

 次にあったらまじでブン殴る、と心に決めてその場所に行って、その妖に対して喧嘩を売ったら、一瞬でボロボロにされた。ガチでなくぞ、こんにゃろう。

 あーあ、結構強い方だと思ってたんだけどなぁ。土蜘蛛くらいだったら余裕だったし。まぁ、今回は相手が悪すぎたか。しっかし、俺まだあの男に一回も勝ったことねーんだよな。それだけが心残りだ。

 なぁんてことを呑気に考えていたら、目の前に美少女様は愉しげに笑い、何かを口ずさみながら右手を俺の額に押し付けた。

 彼女から聞こえてくる呪文は、聞いたことのないものだった。きっととどめを刺されるのだろう。はぁ、俺の人生も短いもんだったよなぁ。なんかもうどーでもいいや。

 って、思うわけあるか。こうなったらなんとしてでも生き延びてやる。まだあの男に何もできていない。やり残したことがたくさんある。ここで死んでたまるかってんだ。

 きっと、この時俺はクソ生意気な眼をしていたのだろう。美少女の手がピクリと動いた。そして、妖艶に笑うのだ。

 俺は不覚にも、その笑みに見惚れてしまった。決して、見惚れていい状況などではないのだが。

 一瞬、時が止まったかのような錯覚に陥った。

 そして、瞬きを一つした後目の前に広がっていた光景は、瞬きをする前の光景と、全く異なったものになっていた。

 背中まで伸びる黒髪が、生温い風を受けてなびいている。

「は?」

 思わず、俺は尻餅をつき小さく声を漏らしてしまった。だが、仕方ないと思う。あまりにも急展開すぎて、全く理解できない。

 今の今まで、俺の前にいたのは「美しい」銀髪の少女だった。それなのに、今目の前にいるのはどちらかというと「可愛らしい」黒髪…いや、少し変わった髪色をした少女だった。それに、彼女はなんと今時珍しい大ぶりの紫のリボンがついた、セーラー服を着ているのだ。多分、隣町の高校だろう。俺と同い年あたりにみえる。

「うーん、くるのギリギリになっちゃった。ごめんなさい、大丈夫?」

 突然現れた彼女は、俺を振り返って困ったように笑う。

「あ、ああ…」

 戸惑いながら、俺は頷く。そこで、はっとした。

「あいつは!?」

「ん?ああ、あの子は…ほら」

 そう言って、彼女はついと少し離れた場所を指差した。

 彼女の指先を追っていくと、そこには吹き飛ばされた様子の美少女が膝をついていた。

「え、あれあんたがやったのか!?」

「そうだよ。逆に、他に誰がいるの?」

 笑いながら首を傾げられ、俺は言葉を詰まらせる。たしかに、どう見てもここには俺と彼女しかいない。

 それにしても、本当にあれを彼女がやったのなら、俺はなんて情けないやつなんだろうか。男のくせに女に助けられてしまった。

 俺は渋面を作ったが、彼女は丁度前を向いてしまっていたので、気づいていなかった。

やがて、俺も気を取り直して立ち上がりながら美少女を見る。美少女は、それまで蜂蜜色だったはずな瞳を、紅色あかいろに変えていた。

 あれは完全に怒っている。正直言ってめっちゃ怖い。

 だが、そんな美少女を目にしても、彼女は全く怯んだ様子もなく、小さく苦笑しただけだった。

「ありゃ、怒らせちゃった。ちょっとめんどくさいな。まぁいっか」

 呟いて、彼女は右手をおもむろに右横に出した。

「来い」

 短くいうと、それに応えるように彼女の右手に一本の日本刀が現れた。

「式神…?」

「お、よくわかったね?さすがあの人のお弟子さん」

 語尾に音符がつきそうなくらいご機嫌な声音に一瞬誤魔化されかけたが、彼女のいう「あの人」という言葉の意味に、俺は目を丸くした。

「あの人って…あんた、あの男のこと知ってんのか?」

 俺の問いかけに、彼女は面白そうに笑う。

「その話はまた後で。とりあえず、私はあの子を倒してくるから、待っててね?」

 そう言われてしまえばもう何も言えない。俺はこの状況下では、無力でしかないのだから。


 しばらくの間、俺は彼女と美少女の戦闘を見学していた。

 尤も、見学をしていることしかできなかったのだが。

 結論から言うと、彼女は勝った。圧勝だ。

 裂傷だらけで膝をつく美少女を前に、彼女は満足げ笑い、刀についた血を払った。

「すげー…」

 最早圧巻の一言しか思い浮かばない。

「何か言い残すことは?」

 凛とした声が響く。それに、美少女はあくまでも美しく、口の端を上げた。

「御前を呪います。御前は、齢18になったその日、その命を終えることになるでしょう。これは宣言、覆ることは、誰であろうができはしない」

 これは言霊だ。最も簡単で、最も強力な呪詛が、彼女にかかってしまった。

 俺は息を呑んだ。彼女は呪いを受けた。どうするのだろう。

「…ふーん、まぁ別にいいんじゃない?」

 そう、彼女はひどく他人行儀に言い放ち、楽しそうに笑った。

「よし、じゃあもういいね?さよなら、楽しかったよ」

 いうが早いか、彼女はなんの躊躇もなく、刀で美少女の首をはねた。切られた首から、鮮血が溢れ出す。

「ふぅ、終わった終わった。今回はやっぱりいつもよりも時間かかっちゃったなぁ。まぁしょうがない…師匠には、どーにかして言い訳しよう…」

 最後は若干嫌そうな声音に聞こえたが、そこはあまり気にならなかった。

「おい…あんた、呪い…」

 今俺が気になっているのは、他でもないかけられたばかりの呪詛だった。

 険しい顔をしているであろう俺とは真逆に、彼女は晴れやかに微笑んだ。

「ん?ああ、まぁ大丈夫だよ。まだ一年生きることができる」

 一年。ということは、彼女はまだ17なのか。俺と同い年だ。

これから、どうするのか。俺は、どうすればいいのか。何も、わからない。


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