第2話 感情と呟き

昨日は初対面の人にあんな恥ずかしいところを見られてしまった。そのことが頭に残っていてよく寝付けなかった。失恋をしたというのに何故か私の心はウキウキしていた。その理由を考えていると気付けばそこは見慣れた校舎、私が通う私立友里野学園(しりつゆりのがくえん)だ。ふと上を見上げると屋上が目に映った。昨日のことを思い出しては、胸が窮屈になるのが分かった。教室につくと真っ先に私は神本さんの机を見る。まだHRから三十分以上早いからか神本さんだけでなく大体の席が空いていた。私は残念のようなでも少しホッとしたような悩ましい気持ちになった。

「未来ー、おはよ」

夏南の声がした。まだ完全に割り切ってはいないが、妬ましく思う自分はいなかった気がする。挨拶は簡単に済ませ、自分の席についた。それから五分、今度は圭くんが席につく。なんだか楽しそうに夏南と話している。

また五分と時間がたち、どんどん席が埋まっていくが神本さんの席だけは相変わらず空席のままだ。

そして、結局神本さんがその日姿を現すことは無かった。


 次の日私は目覚ましが鳴ったことに気づかず寝坊してしまった。「朝ご飯はいるの?」と言う母からの問いに対して「なんで起こしてくれなかったの!」と言い走って家を後にした。遅刻した時のテンプレート的な返しであったのは間違いない。

 私は二時間目から授業に加わることにした。一時間目の終わりに席に着くと友達からは「寝坊なんて珍しいね」とか、「ホントはサボり?」とか色んな憶測を披露していたが、「残念ながらただの寝坊です」と言い続けた。そんな中、学級委員である雫ちゃん(しずくちゃん)に「神本さんと何かあったの?」と少し興奮したように聞かれ。思わず動揺してしまったが話を聞いてみると。朝のHRで雫ちゃんに桃子先生が神本さんの校舎の案内をお願いしたところ、神本さんがそれならと私を指名したらしい。「まぁちょっとね」と適当にはぐらかし二時間目を迎えたが、二時間目はなぜ私を指名したのかで頭がいっぱいだった。

 お昼指名された任務を遂行するためお昼に誘いつつ案内ができるように学食に出かけた。途中で小吹ちゃんと合流し、せっかくだから一緒に案内をすることになった。内心三人になったことが寂しいような、ほっとしたような複雑な気持ちになった。

 お昼時ということもあり、沢山の生徒や教師の姿がそこにはあった。「一緒に食べない?」と雫ちゃんに誘われたが、「この後、そのまま案内しちゃうからごめんね」と断った時、雫ちゃんは一瞬険しい顔つきになった。普段は優しいのだが、学級委員という性分なのか時々大事な仕事を取られるとするあの険しい顔だった。食券の買い方から私たちが座っていい一年生ゾーンの事まで細かく説明し、適当な机に座り食べ始めた。

「それにしても、いろんなものがあるんだね~小吹迷っちゃうなぁ」

そういいつつ、今日は弁当だったらしく桜色の可愛らしい弁当を机に広げ、待ってましたと言わんばかりに頬張り食べ始めた。朝からしっかり弁当作っていてえらいなぁと冷凍食品の詰まった私の弁当を見ながらしみじみと思い、神本さんの弁当にもどんなものなのか期待を寄せていたところに、神本さんは手のひらサイズの弁当箱を取り出し蓋を開けたところ、おむすびが二つほど入っているだけだった。いや、わざわざ学職来たのに三人揃って弁当かい。

「まぁ華憐は料理苦手だからねぇ、未来ちゃんそんな顔しないでー」と笑いながらおどけていた。

なんだか完璧で隙のない印象を持つ華憐も苦手なこともあるのかと思い少し、微笑ましい気持ちになった。「そんなこといいでしょ、小吹」と少し恥ずかしそうにおにぎりを頬張る姿がとても愛らしかった。


三人とも食べ終わると食堂を後にし、すぐ使うであろう特別教室から説明を再開させた。昼休みも終わりにかかった時体育館の説明を始めたが、神本さんの顔が少し引きつっていたから運動が苦手なんだなぁと思いまた、苦手なことが知れたと嬉しくなった。話の途中でチャイムが鳴ったからそろそろ帰りましょうと神本さんが言い、三人は教室に戻った。

五限は数学だった。先生に神本さんは難しい問題を当てられていたが、スラスラ解いていた。私は勉強が特別不得意な訳じゃないけど今日のところは難しかったと思う。「なんでそんなに頭いいの?」と神本さんに聞いてみると「特別得意という訳じゃないけど、良い反面教師が近くにいるからかな」と不敵に笑っていた。その笑いの意味はすぐに分かった。放課後になり、皆が帰り始めたころ教室のドアが勢いよく開き「華憐ー教えてー!」と小吹ちゃんが入ってきた。「もうしょうがないですねー」と、少しあきれながらも優しく丁寧に教えていた。反面教師って、やっぱりね。そういうことか。

それにしても少しだけほんの少しだけ・・・羨ましい。


「それはそうと未来さん、今日お時間ありますか?」

勉強も一段落したところで唐突に神本さんは聞いてきた。特に用事もないし「大丈夫だよ」と返事をした。なんでも一緒に行きたい所があるらしい。そこはこの町に来たときお散歩中に見つけたお店らしい。神本さんから誘われた事がとても嬉しい。

「じゃあ小吹、鞄取ってくるね」

「待ってますね」

数分後小吹ちゃんが戻ってきてから三人はお目当てのお店に向かった。

 帰り道、「ここなんですよ」と神本さんが止まったのはなんと夏休み初日のパン屋だった。少し顔の曇る私に「来た事ありますか?」と少し心配そうに顔を覗き込んできた。私はすぐに初めて来たよと笑った。なんで私嘘ついたんだろう。なににしましょうかねーと無邪気に楽しむ神本さんの姿を見てなんだか少し心配な気持ちになった。私はクロワッサンとベーグル。神本さんはアンパンとフレンチトースト。小吹ちゃんはチョコパンとクリームパンとメロンパンを頼んだ。

 小吹ちゃんは急にバイトに入るように頼まれたらしく、自分の分を急いで食べて先に帰ってしまった。帰り際に神本さんに何か耳打ちをして笑顔で去っていった。二人残って会話もそこそこに自分のパンを食べ終わり、そろそろ帰ろうかという時に「公園に寄っていきませんか?」と静かに言ったので一瞬身構えたが「うん、いいよ」と返事を返した。

 パン屋を出て数分歩いたところにその公園はあった。最近近くに大きな公園が出来たためか、放課後の時間だというのにそこに私たち以外の人は居なかった。神本さんは公園に着くと真っ先にブランコに座り、前に後ろにと小さく揺れた。なぜ公園に行こうと言ったのか聞きたい気分だったが、ブランコの向かいにある前後に倒れるパンダの遊具に座り少し待っていた。なんの会話もなくただ風の音と遊具の音がひびいた。

少ししてから静寂に混ざり込むように神本さんは呟いた。

「未来さん、、未来さんは私の名前呼んでくれませんよね」

それは静かな口調ながらもどこか力強さを持っていた。でもどういうことだろうか私はちゃんと”神本さん”と呼んでいるはずだ。

「下の・・・」

え?今何と言ったのか聞き取れなかった。

「ちゃんと名前で呼んでるよ神本さん」

「私の下の名前は華憐です!!」

びっくりした。初めて神本さんが声を張るところを見た気がする。それにしても名前ってそういうことか。

「小吹の事も雫さんの事だって名前なのに」

そう言った神本さんはなんだか今にも溶けていってしまいそうな悲しそうな顔をしていた。ついに口が開けずそのまま帰ってしまった。本当は追いかけるべきなのだろう。しかし、私はただその背中を見ることしかかなわなかった。神本さんの後ろ姿はどんどん小さくなっていき終いには見えなくなっていた。

「私だって本当は」

なんとも言葉で言い表しにくい感情が私を静かに、包み込んだ。


 その夜、私は明日なんて言おうか迷っている内につい寝落ちしてしまった。朝起きてシャワーを浴びながらまだなんて言えばいいのか分からずこのモヤモヤもシャワーで一緒に洗い流したいくらいだった。いや本当は分かっているのだろう。ただ何か足りない気がする。モヤモヤしながら私は席に着いた。

 その日、神本さんは学校を休んでしまった。

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