君がそこにいるのなら
RinG
第1話 感情と涙
ジリリ、、、と響く目覚まし時計。
「まだ、八時半かぁ、、、」そんな府抜けた言葉とともに枕にふと三滴の汗がこぼれ、しみになる。どうやら夏休み初日は猛暑日になるらしい。
「あーもう暑いなー」
あまりの喉の渇きに飛び起き二階の部屋から勢いよく駆け降りる。こんな猛暑でも廊下のフローリングは少し冷たくてでもそれはほんの一瞬だった。足を付けたところから温まり人肌ほどになってしまう。
「あら、未来(みく)もう起きたんだ、用事のない休みの日なんていつも社長出勤なのにー」
目玉焼きを皿に盛りつけながら皮肉まじりに冗談をいっているのは私の母の霧江(きりえ)だ。まぁ冗談ではないのだが。
「もうめっちゃ暑くてさー可愛い娘さんに飲み物入れて下さる?」
「はいはい、麦茶でいいかしら?」
「うむー苦しゅうない」
苦笑いの母から麦茶を受け取ると私はそそくさと自分の部屋に戻っていく。自分で言うのも可笑しいのだろうが、私と母は結構仲がいいと思う。というより家族で仲良しだと思う。中学に上がるころ周りの友達は良くお父さんと一緒に洗濯したくないとか言っていたが、私はずっと一緒に洗っていた。その頃は良く話を合わせていたことを覚えている。高校生の今となっては一緒にお風呂に入ることは流石に気が引けるが。
スマホをいじりながら夏休みどうしようかと悩んでいると、コップの麦茶が残り一口になったころ小学校からの友達である夏南(かな)から電話が掛かってきた。そのまますぐに応答ボタンを押した。
「あ!!未来ー!」
「そうだけどー?」
「ねぇねぇ、今暇ー?今からこの前言ってたメロンパン食べに行かない?」
私は特にメロンパンが好きなわけじゃないしこんな暑い日に外に出るなんて信じられない。よし、断ろうか。
「あー、それなんだけどさぁ」
「言い忘れてたけど、圭ちゃんくるんよ~」
「え、なんで!?」
どようやら私はその一言だけで気分が変わるみたいなんだ。なんとも情けない。残り一口の麦茶を口に流し込み、タンスに向かった。
「どこ集合!?」
「ふふっ、じゃあ十時に未来の家に行くよ」
夏南は少し笑いながらそう答えた。
「なにー!」
「いや別にー、待ってるね」
「いや来るのは夏南じゃん!!」
二人で笑ってまたねと言い合い、私は電話を切った。ふと時計を見ると丁度九時を示していた。朝はせわしなく時間を知らせる時計も今はチクタクと幸せな時間を刻んでいた。
十時を少し回ったころ夏南が家にやってきた。遅れてごめんと苦笑いする夏南に、ごめんもう少し待っててと苦笑いで返す。結局家を出るのは、十時半を回ったところだった。
十一時、ちょっと前夏南が集合場所だと言っている駅前の公園についた。だがそこに圭君の姿はなかった。どうしたんだろうと疑問に思いつつ夏南のほうを向いた。
「大丈夫だよ、集合十一時だから」
なんと夏南は私が家でもたつくだろうと読んでいて早めに集合していたのだった。
もう、嫌に信頼されたものだ。
でも、、ナイス。
「悪い、待ったか?」
圭君が十一時少し過ぎに姿を現した。
「ううん、待ってないよ」
「うん、大丈夫だよ、圭ちゃん、いこっ!」
それから三人で駅前のパン屋に入っていった。
夏休み初日、朝と目覚ましに起こされ死ぬほどに暑い日、それでも全然苦ではなく反対にとても楽しい最高の一日となった。
それから二か月たった。あの後も数日圭君と遊ぶこともあった。今日は夏休みが終わり久しぶりの登校日だ。また久しぶりに圭君と会えるということに胸の高鳴りを抑えることが難しい。私が教室についたときまだ朝早いこともあってか席には空きが多くみられた。
「圭君もまだ来てないかぁ」
私はここ数日で考えていることがある。それは圭君に告白をしようということだった。だがなかなか意思が固まらず決めあぐねているのだった。
「おっはよー、未来」
いつの間にか時間が過ぎていて今はもう空席のほうが目立っている。
「あぁ、おはよう夏南」
「そういえばさぁ転校生が来るみたいだよ」
なんと、そのことは初耳だった。考え事のせいで席が一つ増えていることに全く気付かなかった。ふと周りを見渡すとどこのグループもその話題で持ち切りだった。男子たちはめっちゃ可愛かったらどうするかとか、まず女かどうかも分からないのに。仮に女子だとしてもとてつもない競争率だなと思ったら一人でなんだか可笑しく思えてきた。
数分後桃子(とうこ)先生が入ってきた。桃子先生は優しくて面倒見もよくて大好きな先生だ。桃子先生が挨拶を済ませると一回廊下に半身乗り出し入っていいよと言うとそのドアから黒で長く綺麗な髪が特徴の女子が入ってきた。その子は桃子先生に自己紹介を促された。
「神本華憐(かみもと かれん)と申します」といいその綺麗な顔にふと笑みを浮かべた。この時私と目があったような気がした。まぁ気のせいだろうと思い私はチラッと時計を見た。その時長い休みに終止符を打つチャイムが学校に鳴り響く。
HRが終わると神本さんの周りには男女問わず多くの人が集まり質問攻めにされていた。一種の拷問かと思うくらいに。しかし聞いてることといえば趣味はなんだとか彼氏はいるのかとかシャンプーは何を使っているのかとかそのような他愛もないことだ。その事に関してはどうでもいいのだけどそこに圭君がいることが気になってしょうがない。告白どうしようかな。
それからの時間は長く感じられた夏休み明けということもあり授業はなく楽であるが気を抜くと圭君を見てしまう自分がいてそれが何より恥ずかしかった。六時間目が終わり、告白するなら部活も休みである今日しかないと思い圭君に声をかけようと席に目を向ける、しかし圭君の姿はそこには無かった。周りの友達に圭君がどこに行ったのか聞いてみるが誰も知らないと言っている。
なんでこんな時に限って、、ほんとついてないなぁ。
「ちょっといいかしら?」
神本さんからだったこんなときに、何か用かと聞いてみる。
「なんか、圭さんを探してるようだったものだから、さっき青っぽい髪の女の子に呼ばれてどこかに行ってしまったわ。まぁどこかは分からないんだけどね」
青っぽい髪、間違いない夏南だ。二人は家も近いし先に帰ったのかな。まだ走れば間に合うかもしれない。
私は神本さんに礼を言うと探しに出かけた。階段を降りて二階、一階に降りようとしたとき踊り場に二人の姿はあった。
「圭ちゃん私と付き合って下さい」
・・え?二人は何の話をしているの?全然状況が理解できない私は声をかけられずその手は力強く手すりを握りしめていた。
圭君の答えは聞こえなかった。いや、聞かなかったのかもしれない。
やがて二人は私に気づき恥ずかしそうに俯いた。その二人の反応が全く同じだったのを見て何も言えずにその場を後にした。
なんで、なんで夏南が、夏南は私の気持ちを知っている数少ない友達だったのに。私は逃げて走って屋上に向かった。夏休み明けの初登校ということもあり部活も休みだから早々に帰ってもう屋上には誰もいないよね。とりあえず一人で整理がしたい。
悔しい悔しい、私の恋を応援してくれていると思っていたのに。決心したその日に目の前で持っていかれてしまった。思わず目に雫が溜まってくる。泣きたくない、泣かないぞ、泣くもんか。
「泣かないの?」
見られた!?恐る恐る私は振り向くとそこには見知らぬ女子と神本さんだった。
「なんだ、もう泣いてんじゃんっ!」
「なに!全然泣いてないよ!」
「小吹(こぶき)、そのくらいにしなさい。」
小吹というのは、神本さんの友達だろうか。それにしても小吹さんも神本さんに似て綺麗な髪をしている。
「えーと、|倉田(くらた)さんだったかしらごめんなさいね私の妹が失礼を。でも泣きたい時もあると私は思いますよ。もしよろしければ肩をお貸しします。」
その優しい言い回しについ心を許してしまう。私の顔が神本さんの肩についた途端に目からは大粒の涙が零れ落ちた。神本さんの肩は小さくて柔らかく、それでいてしっかりとしていた。
神本さんていい匂いだなぁ。とても落ち着くというか安心する。
「もっとこうしていいですか?」
「いつまででもどうぞ」
それからどれくらい時間がたったのだろうか。校内放送がありそれは最終下校を知らすものであった。
「神本さん、ごめんこんなに遅くまで」
「そんなに気負わないで下さい、悲しい時は泣いていいんですよ」
そんな何気ない一言についまた目頭が熱くなる。でも、もう帰らなくてはいけない時間だ。これ以上二人に迷惑はかけられない。
「って、神本さん妹さんいたんですか!?」
「紹介がまだでしたね。ほら、自己紹介」
「えへへ、神本華憐の妹、神本小吹です。よろしくね。クラスは隣だよー」
「倉田未来です。よろしく」
同じ学年ということは、双子なのだろうか。しかし、顔の印象は大きく変わって見える。華憐さんの方は長く艶やかな黒髪で切れ長の目、いかにも美人という感じだ。一方小吹さんは髪質は同じながらショートで大きな目をしていてとてもかわいい印象を受ける。しかし、そろそろ見回りの人が来る頃だ。
「神本さんそろそろ帰ろうか」
「はい、そうですねそれと華憐で良いですよ。未来さん」
み、未来さん?な、何でだろうなんかすごい恥ずかしい。でもこの気持ちには覚えがあるような気がした。
「大丈夫ですか?疲れているみたいですね。顔も赤いですし」
そう言って私の頬に手を伸ばす。私はその手を振り払って走り始めた。
何で、神本さんの事考えるだけでこんなに、体が熱くなって。顔から火が出そう。
「この気持ちは、このなんとも言い難いこの気持ちはなんなのか?」
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