予定調和のどんでん返し

篠騎シオン

出版社への漫画の持ち込み

「君さぁ、絵は悪くないんだよ。でもなんかねぇ」


俺は今日、ある出版社へ漫画の持ち込みをしに来ていた。

提出したのは自信作の漫画。

しかも完成原稿。

コーヒーを出されたところまではよかったが、なにかうーんと悩んでいる目の前の彼は、俺よりだいぶん若い。


「何がいけないんでしょうか」


俺がぼそりとつぶやくと、その編集はまたうーんとうなる。


「なんていうかさ。君の漫画、これって希望がないわけよ。読者はさ、希望を求めて漫画読みに来てるわけよ。特にうちは少年誌なんだからさ」


「はあ」


俺の口から出るのは気の抜けた返事。

それにイライラしたように目の前の編集は頭をかく。


「読者はね、予定調和のどんでん返しを望んでいるわけ。ほら、なんていうの。どうしよう、こんな敵強くて主人公でも勝てっこない。でも、主人公は最終的には勝つでしょ? そういうこと」


「はあ」


「うーん、君。本当に、はあ、しか言わないね。わかってる? 君初めての持ち込みだよね。しかもその年で。漫画家になるってのはね、甘い道じゃないの。みんな君よりずっと若い頃から努力して、何作も書いてやっと新人賞とかに引っかかって読み切りがのったりするの」


「はあ」


それぐらい俺が知らないとでも思っているんだろうか、この編集は。

それでも、俺はここに漫画を持ち込む意味があって持ってきているのだ。

予定調和のどんでん返し? 確かにそれは主流だ。

でも、すべての漫画がそういった展開が必要とは思わない。


時には、予定調和ではないどんでん返し。

それこそが読者を震撼させる。

この漫画は、そういう漫画だ。

主人公の指定がない。

誰がいつ死ぬか、わからない。

ある程度の恐怖もある。

そして、世の中に伝えるべきテーマも。


どうしてそれが、この編集にはわからないんだろうか。


「とにかくね、もう一度書き直してきて。絵はいいんだから、君はもっと流行をチェックしたほうがいいよ。いい、予定調和のどんでん返しだからね」


馬鹿の一つ覚えみたいに『予定調和のどんでん返し』を繰り返す編集。

その様子と、持ち込みにきた自分への態度に俺は心の中でため息をつく。


「わかりました」


「ま、今度は完成原稿じゃなくて、ネームでいいからさ。絵の方は信頼置けるから、とりあえずストーリー練り直してきて」


まあ、ネームに切り替えられたのが唯一のプラスポイントか。

それでも俺はため息をつかずにはいられない。




うーん、今年は外れかなぁ。



この会社では入社一年目の新人編集にも持ち込みの対応をさせるのだが、これには当たり外れが大きい。


持ち込み段階で、将来有望な漫画家が切られたり芽を摘み取られてしまったら、会社にとっても、漫画界にとっても大きな損失だ。


俺は席から立ち上がって、見下ろすような目線で編集に話しかける。


「あのなぁ、新人編集さんよ」


「は?」


俺の態度の急変に驚いて、ソイツは身構える。

おいおい、会社で暴力沙汰起こさないでくれよな。ここもマイナスポイント。

あくまで穏便にだ。

ここは話し合いの場だぜ?


「この原稿な、先週会議で連載が決まった作品なんだよ。しかも上もかなりの高評価でさ」


「なっ、そんなでたらめ言って、何が目的だ」


この顔がたまらなくて毎年、編集部からのこの依頼引き受けてるんだよな。


「いや、目的っていうかそろそろネタばらししてあげようと思ってさ。これ、俺の名刺」


自分の名前の入った名刺を差し出す。

その名前を見て、目を見開く新人編集。

おうおう、いい反応だ。


「これって、うちの看板漫画を描いてる……?」


まあ、ちょっと名の知れた漫画家なんだ俺は。

顔出ししてないから、新人編集なんかは絶対知らないけどな。


いぶかしげに見つめてくるソイツの目の前で、さらっと自分の漫画キャラを名刺に描く。信じさせるにはこれが一番。

目の前のソイツの顔がみるみる青くなっていくのが爽快だ。

そしてもう一枚の名刺を目の前に。


こいつの勤める少年誌の編集長の名刺。


そして極めつけに俺は、彼の耳元で静かに囁く。


「もし俺が主人公で、この話が作品だとしたら、これこそが予定調和のどんでん返しかもしれないな」


新人編集が椅子からガタリと崩れ落ちる。


俺はくっくっと笑って、その場を後にした。

ちょっと脅しすぎたかな、と思うけれど、青い人間をただすにはこれくらいの恐怖が必要だ。


さてと、編集長に結果の電話、かけないといけないなぁ。

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