第12話

 パレードからしばらくたったころ、ぼくはQmodにインタビューを行うことができた。ぼくはQmodのおだやかで理知的な喋り方に驚いた。自分自身メディアを通じて作り上げられたQmodのキャラクターを強く内面化していたことに気付かされた。


 Qmodさんはある時期から積極的にビルディング・カルチャーをオーバーグラウンドに引っ張り出そうとしているように見えました。それは意図的なものだったんでしょうか。


Qmod「意図的といえば意図的です。セルアウトだっていう批判があったのも知ってるけど、言っちゃえばコマーシャルに乗らずにビルディングをつづけるなんて、幻想だと思います。どんな文化でも、パンクロックでもプログレでも、っていうかそれこそパーソナル・コンピューターでもアマチュア無線でもいいんですけど、最初はマーケットとは対立するものにみえる。でも文化が成熟すると、それは金儲けとして成立するようになる。特にビルディングは非合法な活動ですから、市場に乗らないってことは誰かしらに迷惑をかける活動になってしまう。最初のうちは、小さな迷惑は許そうよっていうのはあるんですけど、ビルディングの根底はエンターテイメントですから、最終的には人を楽しませるものじゃなきゃいけないんです」


 あえてアンダーグラウンドにこだわっているようにみえるビルダーもいるよね。例えばチンパンジー君は、Qmodさんはどう評価してるんですか。


Qmod「チンパンジーは作品はやばかったけど、いまのアンダーグラウンドでの活動は支持してないです。ボノボとチンパンジーはヒューマノロジーのパレードに便乗する形で案山子をドロップしたけど、結局ああいう活動はそうやって、テロリズム的になるしかないものだと思います」


 なるしかないっていうのは、どういうことだろう、ぼく的にはチンパンジー君はかなり感覚派というか、本能のままに行動しているように見えて、チンパンジー君からしたらあれは単に空いてる床を利用したっていう感じじゃないかって思えるんだけど。


Qmod「そう、チンパンジーは床って言葉が好きでしょう。目に見えない世界があってそれが結界を作り出すっていう、もともとカルトに利用されやすい発想だった。だからヒューマノロジーを根っこから批判することができなくて、ある意味で共犯関係みたいな感じでパレードを利用するしかなかったんだと思います」


 チンパンジー君はそういうオカルティックな発想とは無縁にみえたんだけど、少なくともぼくには、チンパンジー君は「案山子はなわばりを主張するものだ」って言ってたけど、それはもっと即物的な、不良に対して自分の居場所を誇示するみたいな意味に思えたんだけど。


Qmod「そうですね。でもある面では共通してるところがあって、ビルディングっていうのは街並みを違った景色に見せてしまうものなんです。都市の風景には普段目に見えない時空があって、チンパンジーにはそれが見えてる。だからチンパンジーはカリスマになれるんです。スピリチュアルな人の超能力と構造は変わらないと思います。目に見えない世界を否定してしまうとチンパンジーは能力を失うから、チンパンジーはオカルトを根本から否定することができないんです」


 それは、おもしろい意見ですね。Qmodさんはオカルトを否定できるんですか。


Qmod「否定っていうのは言葉が悪かったかもしれないけど、距離を置いて分析することは必要だと思いますよ」


 Qmodさんはヒューマノロジーを分析してるんですか。


Qmod「分析っていうは大げさですけど、これはおれの個人的な意見だけど、ヒューマノロジーがテロっぽい行動をした背景にあるのは終末思想だと思っています」


 それは偶然というか、ぼくも同じ意見です。


Qmod「おれはあなたみたいに頭よくないから、個人的な意見ですけど、終末思想は面倒な現実をスキップして『とっととはやく終わらせたい』という誰もが持つ感情です。冷戦は終わって、核戦争の恐怖は現実的じゃなくなった。原発事故はすでに日常になりました。環境問題は深刻かもしれないけど、わかりやすく目に見える公害病は減りつつあります。破滅は起こるのか起こらないのかわからず、ダラダラ引き伸ばされるものになりました。原因のよくわからない不景気があって、育ったときの景気で生活水準が決まってしまって、自分の努力じゃコントロールできない。生きてる間には破滅は起こらないかもしれないけど、とにかく見通しが悪い。生きてる間には破滅を見ることができなくて、生きてる間はとにかく生きなきゃいけない。だから、要するに言いたいのは、目に見えるものだけじゃ世界を十分に理解することができないっていう気分が、都市化とか近代化によって生まれるっていうことです。だから目に見えないものによって世界を統一したいというニーズは、都会には絶対にあると思います」


 それがヒューマノロジーみたいなカルトの産まれる背景だというわけですね。わかりました。でもぼくはチンパンジー君は世界を統一的に理解させることには関心がないと思いますよ。伝統的な価値観の失われた都市の世界を遊び場にしてるだけで、組織とか目標には興味がない。ヒューマノロジーとはそこがぜんぜん違うんじゃなかな。


Qmod「そうですけど、個人的にはチンパンジーは、ボノボとは手を切って欲しいです。チンパンジーはわからないけど、ボノボは危険だと思います。ボノボは意識的に人をコントロールするカリスマになろうとしていると思うし、ヒューマノロジーとの関係も精算されてないと思います」


 Qmodの談話は以上だ。

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