第11話
日本社会にとって、パレードはヒューマノロジーによるテロ行為とみなされ、パレードの構成員は多くが逮捕され、以降ヒューマノロジーは公安の観察対象となった。
一方、ヒューマノロジーにとってパレードはどのような意味を持つものだったのだろうか。ヒューマノロジーの世界像は要約すると善悪二元論と終末思想である。「光の子」と「闇の子」が対立しており、近い将来「光の子」と「闇の子」の最終戦争が行われる。「光の子」の勝利はあらかじめ約束されている。世間のバッシングを受け信者たちも多くが退会していく状況は、彼らにとっては、「光の子」の勢力である自分たちと、「闇の子」の勢力である日本社会との「戦争」に見えていた。彼らにとって最終戦争はすでにはじまっていた。場当たり的で突発的な行動に出なければならないほど、彼らはこの「戦争」ですでに消耗し、追い詰められていたと見るべきだろう。
では、ボノボとチンパンジーにとって、パレードはなんだったのだろう。彼らにとって人のいないS区の繁華街はただのプレイグラウンドでしかなかった。特にボノボはあらかじめヒューマノロジーのパレードの計画をなんらかのつてから聞いて知っていたとしか思えない。S区ではいたるところにチンパンジーの金属製のタコの脚がうねり、ボンネットに、個室ビデオ店に至る狭い階段に、レコードショップの看板に、ボノボの案山子が腰掛けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます