第6話

 ある時期からヒューマノロジーの案山子ビルディングを一手に担っていたのが、後のボノボである。ボノボは一二・七事件の被害者の一人だった。ぼくはボノボの話を聞いて、はじめて一二・七事件が当初「集団ヒステリー」と報道されていた背景がわかった。

 きっかけはある女子生徒が「体が熱い。なにかに取り憑かれた」と泣き出したことだったという。すると別の女子生徒数人がそれに反応するかのように、「何かがいる」「コンクリートの壁に女性の姿が見える」と言い出し、走って案山子の群れから逃げだそうとした。ボノボ自身も逃げようとしたが、急に足に力が入らなくなり、転んでしまった。周りの児童も普段とは違う声で叫んだり、唸ったりしていた。耳元で「こっちへ来い」という声が聞こえた。ボノボはかなり長い時間アスファルトに転んだまま這いずって移動していたが、救急隊に助け起こされたという。

 ボノボは、テレビなどの報道と自分自身の体験にギャップを感じていた。たしかに通常、光誘発性発作では幻覚や幻聴が現れるという話はあまり聞かない。次第に、ボノボは「ヒューマノロジーの超能力はほとんどがインチキだけど、案山子の力だけは本物だ」と考えるようになる。

 中学生になってから、ボノボは両親に黙ってヒューマノロジーに入信した。

「そういえば、夜中にガチャガチャ音がしていた」と同居していた父母はのちに語っている。彼女は、両親が眠っている隣の部屋で釘やフォークを加工して、小さい案山子を作っていた。にぶいというか無関心といおうか、両親はボノボの案山子ビルディングに対してなにを咎めることもしなかったようだし、ヒューマノロジーへの入信へも気づいていなかったようだ。

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